この本は、マーガレット・デイビス女史の説教“私はどうすれば永遠の生命を受けられるか?”を原稿にしたものです。勝利あるクリスチャン生活を願うすべての人のための、わかりやすい手引き書です。
1 勝利あるクリスチャン生活を送るには? ①
私たちが牧会生活を始めてから二十年たって、ようやくイエス様と生きた関係を結ぶということの本当の意味を発見することができました。私は今日、その問題について皆様に話したいと思います。
まず、ルカによる福音書18章18節を読みます。
“また、ある役人がイエスに尋ねた、「よき師よ、何をしたら永遠の生命が受けられましょうか」。イエスは言われた、「・・・・いましめはあなたの知っているとおりである、『姦淫するな、殺すな、盗むな、偽証を立てるな、父と母を敬え』」”。イエス様は、永遠の生命に入るためには、神の戒めを守る必要があると言われました。
“すると彼は言った、「それらのことはみな、小さい時から守っております。”「では、わたしに足りないものは何でしょうか?」彼はこのように言い返したのでした。その時イエス様は、彼に何が不足しているかを、ルカによる福音書18章22節の言葉でお答えになりました。
彼は当時の人々の律法観からすれば、欠点のない理想的な生活を送っていましたが、実際には利己的な青年でした。うわべは罪悪感が見られないほどの、清い生活に見えましたが、彼が理解していた津法というのは、かなり表面的なものでした。神様の津法は、心の奥底から、完全に利己心を捨てた人になることを要求しているものでした。しかし、彼はそれを理解していませんでした。
新生への道 9 人生と活動 ⑧
使徒は「各自は、その召されたままの状態で、神のみまえにいるべきである」(Ⅰコリント7:24)と言っています。たとえば実業家であれば、誠実に仕事をして主に栄光を帰すことができます。もしその人が真のクリスチャンであるならば、すべて自分の信じている宗教に従って行動し、キリストの精神を人々にあらわします。また、職人であれば勤勉に忠実に働いて、ガリラヤの丘で貧しい手仕事に励まれたイエスを代表することができます。キリストのみ名を名乗る者は誰でも、他の人がその良い行いを見て、彼らの創造主、あがない主をあがめるように導かなければなりません。
他の人々の方が、自分よりもすぐれた才能や機会に恵まれているからと言い訳をして、自分の賜物をキリストの奉仕に用いない人が多くいます。ただ特別な才能を持っている人だけが、神のために才能を捧げて奉仕するよう要求されていると一般に考えられています。また才能は、一部の特別な人々にだけ与えられているので、それ以外の人々は働きをするよう召されてもいなければ、報いを共に受けることもないと思っている人がいます。しかし、たとえには、そのようにあらわされてはいません。この家の主人はしもべたちを呼んで、それぞれに仕事を与えました。