福音の力を体験せよ 54
ところで皆さん、イエス様の脇腹から出たのは血だけではありませんでした。同時に、水も出ました。それでは、この水が何を象徴するのかを読みたいと思います。
“十字架上のイエスの脇腹を兵卒が突き刺したときに、二つのはっきりしたものが流れ出た。その一つは血であり、もう一つは水であった。血は彼の名を信じる者の罪を洗い去るためであり、水は、信じる者が生命を得るためにイエスから受ける生ける水を代表していたのである。”(EW209)
私たちは、「キリストの血は、私たちのもろもろの罪を洗ってくれる」と言います。それでは、水は何をしてくれますか?水は、私たちに新しい生命と新しく生まれる経験を与えてくれます。私たちはしばしば、これらの過程を飛び越してしまいます。皆さん、聖所の制度を見てみると、水は、聖所の外庭にある洗盤を表します。もちろん、血は祭壇に注がれますが、水は洗盤の中にあります。祭司が祭壇でいけにえを捧げた後、洗盤で洗わずに聖所の中に入ると、どんな事が起こりましたか?そのような祭司には、死が待っていました。
新生への道 13 主にある喜び ⑨
天使たちは、あなたが世の人々に、天の神についてどんなあかしをするのか耳を傾けて聞いています。ですから、人と話すときには、今生きて父の前で執り成しをしておられるキリストについて語りましょう。友の手を握るときも、くちびると心をもって神をほめたたえましょう。そうすれば友人の思いをイエスに引きつけることができます。
誰でも、試練、耐えがたい悲しみ、抵抗しがたい誘惑を持っています。自分の悩みを友に語るのではなく、何事も祈りによって神に訴えなければなりません。疑いや失望の言葉はひとことも言わないようにしましょう。希望と清い喜びに満ちた言葉を語ることによって、他の人をさらに明るく強く生きるように導くことができます。