日本の心・さいき

日本の文化を通じて、世界平和を実現させましょう。

為になるかも知れない本(その89)

2007-05-17 07:30:45 | Weblog
○専門4年、12月9日(火)曇。
 二外科のポリクリの学生(前週と今週は、二外科のポリクリであった)による発表があった。術後の「Low output syndrome」についてで、主として、「Fallot四徴」についてだった。○○が延々と25分間位話し、○○が10分以上話し、自分は3分で切り上げたら、先生方から拍手が起こった。思わず成功したって感じがした。自分は人を教えることが出来る、そう思った。
○専門4年、12月10日(木)曇。
 MS(僧帽弁狭窄)のオペを、○子先生の後ろにピッタリとくっついて見た。初めから終わりまでバッチリ見た。オペ中、冗談を飛ばしながらしている。絶対に失敗してはいけないと思って過度に緊張した状態では、3時間ももたないと思われる。外科医が身に付けた知恵であろう。朝の9時から始めて、夜の9時になってもまだ終わらないオペもある。外科医って大変だ。
 ○子先生は、学生の講義の時に、次の様に言われたことがあった。「患者さんが手術で亡くなった時は、どうしようもない気持ちになる。五分五分では、したくない。青い顔をして入院した子どもが術後しばらくして病棟を飛び回っているのを見る糸、嬉しくて生き甲斐を感じる。気の小さい人ほど、外科医になって欲しい・・・」と。
○専門4年、12月15日(月)曇。
 鶴丸高校(60年度、東大19名、京大9名、阪大12名、九大47名、お茶の水7名など)の大学進学の為の資料を、高校三年の時に数学を教わった渡辺○一郎先生(母校佐伯鶴代高校の進路指導の先生)にコピ一をして送った。お金が掛かったし、時間も掛かった。何で今でも自分がこんなことをしているのか、分からない。しかし、自分が逆の立場だったら、とても嬉しいと思う(大学に受かった時も、修猷学館の数学の問題集を差し上げた)。渡辺先生が最後の授業の時に残した言葉は、「今の時代は、同じ様なタイプの人間ばかりだ。何でも大量生産の時代で、人間も、その通りで、コピ一された様に同じ様な人間がどんどん出来ている。どんな時にも個性をなくすな。個性ある人間になれ!」であった。渡辺先生の教育の成果が、自分に関してやっと芽が出たって感じだ。渡辺先生は、ただひたすらに生徒の為に頑張っておられた。自分も、ただひたすら患者さんの為に頑張らなければならない。
 (渡辺先生は、既に、今は、他界されている。亡くなられた時、自宅に行って合掌させて頂いた。その時、先生の奥さんが言われた。主人は、地位には、全く関心のない人でした。とにかく、数学が好きで好きでたまらなくて、教えることも好きで、それで最後まで行った人でした。」と。


  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする