日本の心・さいき

日本の文化を通じて、世界平和を実現させましょう。

私なりの年末年始の小児救急医療・・・

2010-12-29 15:50:55 | Weblog
 今年も、年末・年始がやって来た(って感じかな?)。
 今の職場に来て、12月29日~1月3日までの統計をずっと執っている。上天草市では、病院は、この病院しかないし、病院のある(人口5000人の)龍ケ岳町には、開業医もいない。ここでの年末・年始の統計、もう6回目にもなる。年末・年始の小児救急の統計、かれこれ、飽きもせず、30年以上も執っているのだ。辞めようと思ったこと、あるけど、ここまで来たからには、体の続く限りしたい気持ちも少しあるかな?!今までの経過を見ると(次第に少なくなっているけど)、何か、その時の自分の姿が思い出されて、懐かしく感じる。今は、ホント、楽だなあ・・・。
 人間、最後の3日間をバチっと頑張ると、今年もよく頑張ったなあって感じになる。そして、年が明けて、元旦から初めの3日間もバチっと頑張ると、今年も頑張っているなあって感じにもなるかな?!(家族は、とても寂しい思いをしてきたと言うよりも、初めから、もう諦めてきていたみたいだが・・・?!)
 院内の小児科の外来にも、病院に張り出されたものにも、何処にも、自分の名前はない。まあ、バイト医だし、沢山患者さんが来ても、スタッフも少ないので困るし(そんな感じでいいと思っている。)、・・・。
 小児科医が全くいないと思って、朝から悪いのに我慢していて、夕方ひどくなって待てない感じになって(嘔吐や喘息が多いが)来院するケースもあって、・・・その時には、前もって電話して早めに来院してもらいたいと思うのだが・・・(こんな場合、外来で深夜近くまで点滴して、様子を見ることが多いが、どうしてもの時は、やむなく、入院させているが)。

http://blog.m3.com/syumi-syounikai/20100104/2

http://www.youtube.com/watch?v=E-surjQ5Qh4


  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

限 界・・・

2010-12-29 12:06:07 | Weblog
 以下は、今日(平成22年12月29日(水))の「熊本日日新聞」に、最後から2枚目のページの初めに大きく取り上げられている内容。(原文のまま)

 「熊本方式」ピンチ
 地域医療の先駆的な取り組みで「熊本方式」と呼ばれる熊本市の夜間・休日小児救急医療が、30年目を迎え存続の危機に直面している。患者家族の理不尽な要求や暴言に、医療現場が「耐えられない」と悲鳴を上げているからだ。医師らは「医師の精神的なダメージは深刻。使命感で支えてきた熊本方式に理解と協力を」と訴えている。
 熊本方式は、同市本荘の熊本地域医療センターで対応。開業医39人に同センター、熊本大病院の医師を加えた総計70人の小児科医が交代で夜間、休日にも途切れることなく、患者を受け入れている。
 患者家族の理不尽な振舞いは以前からあったが、「モラル低下が指摘される社会的な風潮を反映してか、今年に入って深刻さが増した」と同センターで小児科部長も務める後藤善隆副院長(60)。同科の男性医師(40)は「受診までのわずかな時間が待てず、怒鳴り散らす親がいる」といった現状に、「もう限界」と本音を吐露する。
 救急車をタクシー代わりに使ったり、酒に酔った親が受診の順番にクレームをつけるといったケースのほか、技術的に難しい乳児の注射に文句をつけ、暴言を吐いたり、暴力を働いたりした例もあるという。
 医師への非難が繰り返される状況に、「やりがいが感じられず、やめたいと言う声が複数の医師から上がり始めた」と、開業医でつくる小児科出勤協力医調整協議委員会の緒方健一医院長(54)。現場の忍耐に頼る「綱渡り」に、「このままでは熊本方式の存続は難しい」と危機感を募らせる。
 後藤副院長は、熊本方式も、高度医療にも対応できる抜本的な見直し時期に来ているという。しかし、「ほぼ全ての小児科医で支えている熊本方式がいったん崩れれば再構築は困難」と指摘。「医師1人1人の使命感で成り立つ仕組みであることを市民にも理解して欲しい」と訴えている。

 ・・・ムーッ。無理が重なると、いつかは、それなりの方向に行かざるを得ないと思いますが・・・。今の時代の反映もあるかと思いますが、・・・コンビニ受診を排除し、余分に時間外にも働く医療側に対しても、もっと敬意が払われていいと思っています。

 

  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

将来の医療アラカルト(終着駅:10/10)

2010-12-29 09:48:31 | Weblog
 将来、日本の医療は、どうなって行くのか?
 その方向に大きなカギを握っているのは、国の財源である。今から、日本経済が上を向くのか、下を向くのか・・・今でも、下を向きつつあるなら、よほど気を引き締めて今後の対策を早急に練って実行して行かないと、子孫に負の遺産を残すことになりかねない。
 個人で考えてみても・・・収入が増えなくて、生活が苦しい時、どうするか?・・・→無駄を省き、節約して、我慢するしかない。まあ、人からお金を恵んでもらうって方法もあるけど、頼める人もそんな状態だとそれも不可能で→事態は益々深刻になる。
 国の動きとしては、消費税を上げたり、個人の所得税や住民税を上げたり、保険料を上げたり、公共事業を削ったりして、それを医療の方に持って行かざるを得なくなるだろう。
 基本的には、イギリス型にするのか、アメリカ型にするのか、(医師が足りている)北欧型(フランス・ドイツ型を含む)にするのか、それとも、日本独特の型を取るのか・・・?
 今日、○○さん、医院(病院)に来てないけど、よほど悪いに違いない。医院(病院)からの帰りに、寄ってみよう・・・。何て、会話がある?家に行くと、飲まない薬が山ほどあった何て話もある。1人の医者の言うことでは、信用できないので、3件ぐらい掛かって、決める必要があるって思っている人もいる。
 そうかと思うと、兎に角、近くに医療機関がない、病院はあっても医者がいない、医者がいても、延々と待たされる。・・・医療に対する不満、不安が多い所も。
 どうしたらいいのか?
 いろんな人がいろんな事を言っている。が、流れとしては・・・医療機関が、益々機能別にきれいに分かれて行くだろう(1次、2次、3次)。2次や3次は、医師の紹介状ないと受け付けない感じになるだろう。それも、2次は、一般医の紹介状でもいいが、3次は、専門医の紹介状が必要などにも?!
 医療機関に対しての改善が、行政のありかたの問題になり、その後、受診側の医療への掛かり方、更には、普段の健康維持の方法などが問われる時代になるだろう。それがどんどん進めば、医療訴訟も、少なくなるはず。
 そして、自分の体は自分で守るのが原則と言うことに気が付くはず(西洋医学では、急性期疾患の治療としては、その多くは対症療法であり、慢性疾患では、予防医学が大切となる?!)。
 生活習慣病は、自分の生活習慣の改善が一番大切!(←当たり前!)。医療側の資源は限られている。患者数が多くなれば、待ち時間が長くなるのは、当たり前。診察時間が少なくなれば、いい医療が出来なくなり、医師と患者とのコミュニケーションが取りにくくなるのは、当たり前。・・・→それを今以上にはっきりと理解して、医療機関に掛からざるを得なくなるだろう。
 ちょっと悪いと、直ぐに医療機関と言うのは、抵抗がある様になるだろう・・・←現在、テレビで、あるドクターが、インフルエンザと思ったら、早めの受診を何て言っているけど、これって、どうなのかなあ?!最悪の事ばかり考えたら、医療費、いくらあっても足りませんネ・・・!
 教育では、生徒が先生に対して、「尊敬」と言う二字がなければ、いい教育が出来ないのと同じ様に、医療では、医療側と患者側との間に、「信頼」と言う二字がないと、いい医療が出来ない。もちろん、医療は、医師の為でなく、患者さんの為にあるもの。医師は、患者さんの為に働くのは当然だが、しかし、医師にも最低限の人間らしい生活がなければ、それは出来ないこと(睡眠時間も休養も人並みに取れず、いつも、フラフラの状態では、多くの医師が、いつかは、行きついてしまう・・・)。
 患者さんは、医療とはどういうものであるのか(医療では、100%の答えがなことの方が多いし、個人差があり、先が不透明なことも多く、治療としても、医師が直接できることには、対症療法が多い・・・)、更には、医療体制や医療資源には、限界があることなどを熟知して、受診せざるを得なくなるだろう(救急車、時間外受診、社会的入院などの自粛・・・)。

 ここまで読んで頂きまして、誠に、ありがとうございました。医療機関に今から掛かる上で、何か役に立つ様になれば、幸いに存じます。
 料理人が食べてもらった人から美味しいと言われることが最も嬉しいそうです。芸人が、それを見ている人から、面白いと言われることが一番嬉しいそうです。スポーツ選手も、観衆から大きな拍手をもらうと、とても嬉しいそうです。我々医療従事者も、自分が関わった患者さんから、感謝されると、とても嬉しいです。

*参考図書:「医師不足が招く医療崩壊」 永田宏 集英社新書 2007年10月出版 660円

  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする