「神々の頂への道のり」より
映画「エヴェレスト」の予告編に、雑踏のなかを歩く羽生丈二の姿があるが、その雑踏の町が、ネパールの首都カトマンドゥだと思われる。
そもそも本書は、深町がマロリーのものと思しきカメラを闇市で購入したことに始まるが、事を複雑にしたのは、このカメラをめぐり窃盗と強盗が繰り返されるからだ。山岳史を覆しかねないカメラに価値があるのは確かだが、それが闇市で売買されたり、ホテルから容易に盗まれたりするのはネパールの特別な事情もある。
「神々の山嶺」(夢枕獏)は、エヴェレストの入り口の一つネパールについて、こう書いている。『 』「神々の山嶺」より引用
『現在、ネパールは、多くの問題を抱えている。
貧困。
人口増加。
森林破壊。
これらの問題は、つきつめてゆくと、結局、経済という一つのものに突き当たる』
森林破壊
ネパールの人口増加にともない生活燃料として木材が伐採されたという問題もあるが、それと同様かそれ以上に破壊の原因となったのが、海外からのエヴェレスト登山隊の存在である。
一つの登山隊がエヴェレストに入るためには、総重量30トンの荷物と、それを運ぶポーターなど2000人近くの人員を必要とし、一月近くかけてカトマンドゥの外れから荷を運ぶ最中には、ポーターも隊員も食事を摂る。
『外国人が、大量にヒマラヤに入るようになり、その登山コースにあたる山域から、たちまち、樹木が激減していった。地元住民の生活燃料までが、それによって脅かされるようになったのである』
伝説のシェルパと云われるダワ・ザンプが樹がない山を見ながら、語る言葉は心に痛い。
『地元の人間でも、樹を燃料として使用しにくくなりました。かといって牛の糞だけでは、十分ではありません。ならばどうするかというと、ガスや石油を使う。しかし、ガスや石油は金がかかる。それを外国から買う金がネパールにはないのです。その金を得るために、観光客をこの国へ呼ばねばならない。この国の観光は、ヒマラヤと森林、つまり、この自然です。その自然が、観光客が来れば来るほどなくなってゆく・・・この悪循環を誰も止められません。薪のことだけではありません。ネパールが抱えている多くの問題について考えてゆくと、結局は、どれもこの国の貧しさに突き当たることになるのです』
そして、森林が破壊されれば、洪水が起こる。
ユーラシア大陸を流れ下ってきた大河がデルタ地帯(バングラディッシュ)に集中し、雨季に氾濫を繰り返すのは例年のことだったが、国土の62%を水没させた1988年夏の『洪水の一因となっているのが、ヒマラヤ山岳部における、森林破壊である』
環境を破壊すると分かってはいても、それでも貧しさゆえに、観光資源を利用するしかない、国。
人口が激増し、環境が破壊され、災害が増えれば、貧しさに拍車がかかる。
マロリーのものと思しきカメラをめぐり、何度も窃盗や強盗や誘拐が行われる理由について、英国からヴィクトリア十字勲章までもらった元グルカ兵は、『この国が貧しかったからさ』という。
1815年東インド会社と戦ったグルカの勇猛さに感嘆した英国が、植民地軍の一員として英国部隊に迎え入れたのがグルカ兵の始まりで、『白兵戦において無敵、地上最強の部隊と言われている』 イギリスの歴史において、グルカ兵は常に最前線に一番過酷な場所で戦ってきた。1857年のポセイの反乱然り、第一次世界大戦には20万人のグルカ兵が投入され4万人が亡くなっている。第二次世界大戦で、サハラ砂漠でドイツ将軍を撃破したのも、日本軍のインパール作戦を紛糾したのもグルカ兵である。戦後はジャングルで共産党と戦い、1982年のフォークランド紛争で最前線に送られたのも、グルカ兵であった。
『1925年以来、イギリスが戦ったあらゆる戦場に、グルカ兵がいたといっていい。
グルカ兵は、その歴史において、祖国ネパールのためではなく、常々、他国であるイギリスのために、生命を賭して戦ってきたのである』
『グルカ兵が、一年間にネパールに送金する外貨は、トータルでおよそ1700万ドルにも及ぶ。ネパールという国が外貨を獲得する手段として、グルカというのは、ヒマラヤの観光資源と並ぶ、大きな財源なのである。』
伝説のシェルパは、森林破壊をしてまでヒマラヤに登山隊や観光客をを受け入れるのは、貧しい国が外貨を稼ぐためだと言う。
英国から十字勲章までもらった英雄である元グルカ兵は、「この国は貧しい」と繰り返し繰り返しつぶやく。
貧しさゆえに、祖国のために戦うのでなく、外貨を稼ぐために他国のために血を流さなければならない、という言葉にならない慟哭が聞えてくる。
政治が間違っているので貧しいのか、貧しいから政治が混乱するのか。
ネパールは物価高騰を機に、共産党の活動が活発になり、デモが連日カトマンドゥでも行われるようになる。
1991年の総選挙の結果、政治勢力は様変わりし、ネパールの最高権力者は王室ではなくなってしまった。これに危機感を抱いた王政国家のブータンは、昔からブータンに住んでいたネパール系の住民に国外退去を命じたのである。
『これによって、大量の難民を、ネパールは抱えることになった。ただでさえ、増加してゆくネパールの人口がいっきに膨れ上がり、物資の不足、エネルギーの不足、食糧の不足がさらに深刻な問題となったのである』
そして、本書が出版されて数年後の2001年、ネパール王室は血で血を洗う争いのすえに、廃止されてしまうのだ。
貧しさゆえに、国内の環境を破壊してまで観光資源にたより、
貧しさゆえに、自国のためではなく他国のために血を流さねばならない、国
本書が書かれた1994~'97年から20年たった現在、ネパールが抱えていた問題に変化があったのか、私には分からない。
しかし、人口問題・エネルギー問題・環境問題の解決が一朝一夕にはいかないことは、我が国を見ていても分かるので、今もまだ難しい問題を多く抱えていることだと思われる。
そんなネパールを昨年大地震が襲ったのだ。「ビンディ 祈り」
映画「エヴェレスト 神々の山嶺」は、その大地震の直前に現地撮影を終えていたそうだが、12日の公開に先駆けて、ネパール大地震復興支援チャリティ試写会が8日行われた。
会場には、皇太子御一家もお出ましになられたが、それは皇太子様のご趣味が登山だからという理由だけではないと思う。
ネパールは皇太子様が研究の幅を拡げられる大きな転機となった国でもあるのだ。
それまで''水''運を中心に研究されていた皇太子様は、ネパールで''水''を運ぶために多くの時間を費やす女性と子供を御覧になり、女性の権利と子供の教育へと思いを致し研究を深められ、水をめぐるさまざまな問題についての権威となられたのだ。
皇太子御一家は、皇太子様が愛される山の映像を楽しまれると同時に、その偉大な山をいだく国の抱える問題をお考えになられ、そして、日本と同じく大地震で苦しむ人々の復興を祈るお気持ちも有しておられたことと拝察している。
ビンディ ネパールの力強い復興を
ブラボー エヴェレスト神々の山嶺
つづく
映画「エヴェレスト」の予告編に、雑踏のなかを歩く羽生丈二の姿があるが、その雑踏の町が、ネパールの首都カトマンドゥだと思われる。
そもそも本書は、深町がマロリーのものと思しきカメラを闇市で購入したことに始まるが、事を複雑にしたのは、このカメラをめぐり窃盗と強盗が繰り返されるからだ。山岳史を覆しかねないカメラに価値があるのは確かだが、それが闇市で売買されたり、ホテルから容易に盗まれたりするのはネパールの特別な事情もある。
「神々の山嶺」(夢枕獏)は、エヴェレストの入り口の一つネパールについて、こう書いている。『 』「神々の山嶺」より引用
『現在、ネパールは、多くの問題を抱えている。
貧困。
人口増加。
森林破壊。
これらの問題は、つきつめてゆくと、結局、経済という一つのものに突き当たる』
森林破壊
ネパールの人口増加にともない生活燃料として木材が伐採されたという問題もあるが、それと同様かそれ以上に破壊の原因となったのが、海外からのエヴェレスト登山隊の存在である。
一つの登山隊がエヴェレストに入るためには、総重量30トンの荷物と、それを運ぶポーターなど2000人近くの人員を必要とし、一月近くかけてカトマンドゥの外れから荷を運ぶ最中には、ポーターも隊員も食事を摂る。
『外国人が、大量にヒマラヤに入るようになり、その登山コースにあたる山域から、たちまち、樹木が激減していった。地元住民の生活燃料までが、それによって脅かされるようになったのである』
伝説のシェルパと云われるダワ・ザンプが樹がない山を見ながら、語る言葉は心に痛い。
『地元の人間でも、樹を燃料として使用しにくくなりました。かといって牛の糞だけでは、十分ではありません。ならばどうするかというと、ガスや石油を使う。しかし、ガスや石油は金がかかる。それを外国から買う金がネパールにはないのです。その金を得るために、観光客をこの国へ呼ばねばならない。この国の観光は、ヒマラヤと森林、つまり、この自然です。その自然が、観光客が来れば来るほどなくなってゆく・・・この悪循環を誰も止められません。薪のことだけではありません。ネパールが抱えている多くの問題について考えてゆくと、結局は、どれもこの国の貧しさに突き当たることになるのです』
そして、森林が破壊されれば、洪水が起こる。
ユーラシア大陸を流れ下ってきた大河がデルタ地帯(バングラディッシュ)に集中し、雨季に氾濫を繰り返すのは例年のことだったが、国土の62%を水没させた1988年夏の『洪水の一因となっているのが、ヒマラヤ山岳部における、森林破壊である』
環境を破壊すると分かってはいても、それでも貧しさゆえに、観光資源を利用するしかない、国。
人口が激増し、環境が破壊され、災害が増えれば、貧しさに拍車がかかる。
マロリーのものと思しきカメラをめぐり、何度も窃盗や強盗や誘拐が行われる理由について、英国からヴィクトリア十字勲章までもらった元グルカ兵は、『この国が貧しかったからさ』という。
1815年東インド会社と戦ったグルカの勇猛さに感嘆した英国が、植民地軍の一員として英国部隊に迎え入れたのがグルカ兵の始まりで、『白兵戦において無敵、地上最強の部隊と言われている』 イギリスの歴史において、グルカ兵は常に最前線に一番過酷な場所で戦ってきた。1857年のポセイの反乱然り、第一次世界大戦には20万人のグルカ兵が投入され4万人が亡くなっている。第二次世界大戦で、サハラ砂漠でドイツ将軍を撃破したのも、日本軍のインパール作戦を紛糾したのもグルカ兵である。戦後はジャングルで共産党と戦い、1982年のフォークランド紛争で最前線に送られたのも、グルカ兵であった。
『1925年以来、イギリスが戦ったあらゆる戦場に、グルカ兵がいたといっていい。
グルカ兵は、その歴史において、祖国ネパールのためではなく、常々、他国であるイギリスのために、生命を賭して戦ってきたのである』
『グルカ兵が、一年間にネパールに送金する外貨は、トータルでおよそ1700万ドルにも及ぶ。ネパールという国が外貨を獲得する手段として、グルカというのは、ヒマラヤの観光資源と並ぶ、大きな財源なのである。』
伝説のシェルパは、森林破壊をしてまでヒマラヤに登山隊や観光客をを受け入れるのは、貧しい国が外貨を稼ぐためだと言う。
英国から十字勲章までもらった英雄である元グルカ兵は、「この国は貧しい」と繰り返し繰り返しつぶやく。
貧しさゆえに、祖国のために戦うのでなく、外貨を稼ぐために他国のために血を流さなければならない、という言葉にならない慟哭が聞えてくる。
政治が間違っているので貧しいのか、貧しいから政治が混乱するのか。
ネパールは物価高騰を機に、共産党の活動が活発になり、デモが連日カトマンドゥでも行われるようになる。
1991年の総選挙の結果、政治勢力は様変わりし、ネパールの最高権力者は王室ではなくなってしまった。これに危機感を抱いた王政国家のブータンは、昔からブータンに住んでいたネパール系の住民に国外退去を命じたのである。
『これによって、大量の難民を、ネパールは抱えることになった。ただでさえ、増加してゆくネパールの人口がいっきに膨れ上がり、物資の不足、エネルギーの不足、食糧の不足がさらに深刻な問題となったのである』
そして、本書が出版されて数年後の2001年、ネパール王室は血で血を洗う争いのすえに、廃止されてしまうのだ。
貧しさゆえに、国内の環境を破壊してまで観光資源にたより、
貧しさゆえに、自国のためではなく他国のために血を流さねばならない、国
本書が書かれた1994~'97年から20年たった現在、ネパールが抱えていた問題に変化があったのか、私には分からない。
しかし、人口問題・エネルギー問題・環境問題の解決が一朝一夕にはいかないことは、我が国を見ていても分かるので、今もまだ難しい問題を多く抱えていることだと思われる。
そんなネパールを昨年大地震が襲ったのだ。「ビンディ 祈り」
映画「エヴェレスト 神々の山嶺」は、その大地震の直前に現地撮影を終えていたそうだが、12日の公開に先駆けて、ネパール大地震復興支援チャリティ試写会が8日行われた。
会場には、皇太子御一家もお出ましになられたが、それは皇太子様のご趣味が登山だからという理由だけではないと思う。
ネパールは皇太子様が研究の幅を拡げられる大きな転機となった国でもあるのだ。
それまで''水''運を中心に研究されていた皇太子様は、ネパールで''水''を運ぶために多くの時間を費やす女性と子供を御覧になり、女性の権利と子供の教育へと思いを致し研究を深められ、水をめぐるさまざまな問題についての権威となられたのだ。
皇太子御一家は、皇太子様が愛される山の映像を楽しまれると同時に、その偉大な山をいだく国の抱える問題をお考えになられ、そして、日本と同じく大地震で苦しむ人々の復興を祈るお気持ちも有しておられたことと拝察している。
ビンディ ネパールの力強い復興を
ブラボー エヴェレスト神々の山嶺
つづく