何を見ても何かを思い出す

He who laughs last laughs best

夕暮れ時に誓う、 蒼い時 

2018-01-01 16:45:00 | ひとりごと
2013年 8月12日 18:00
槍ケ岳直下の槍ヶ岳山荘より夕日に映える槍ケ岳を仰いで

これは、5年前に初めて槍ケ岳に登った日の、黄昏時の写真だ。
新年最初の写真に黄昏時のものを選んだだけでなく、2018年最初は、神降りる地の日の入りの時刻(16:45分)に投稿することにした。

こう書いたからと云え、新年早々捻くれているわけでは、ない。
最近立て続けに、夕陽や黄昏時の美しさ良さを語るものを読み、ある単語の語源を思い出したからだ。
evening
夕方とも黄昏時とも訳される evening は、Even(偶数、二つに割れるもの)に、状態を表す ing がついたものであり、昼と夜 二つに分ける時間帯なのだという。

その夕暮れ時・黄昏時の美しさ、又それを人生に例えた妙を書いて素晴らしいものを、最近立て続けに読んだ。
「街と山のあいだ」(若菜晃子)
本書は、山と渓谷社に勤務した経験をもつ著者のエッセイ集だが、そこで紹介されている串田孫一氏の詩と、それに寄せる若菜氏の文が、いい。

「今日の夕陽」(串田孫一)
僕の額の上で
夕陽が遊んでゐる
他に誰もゐないから
僕の額の上だけで
夕陽は黙って
おとなしく遊んでゐる
こんな顔をしてゐては
ほんたうに悪いと思ふ


串田氏の詩に、若菜氏はこんな文を寄せている。
『夕方になって、日中の強い光もずいぶん陰ってきた。けれども待っていると、夕陽というのはなかなか始まらないものである。ゆっくりと太陽は傾き、午後の光は色を変えている。まだかと思ってぼんやり座っていて、はっと気が付くと、目の前の草の葉に差し込んでいる光がわずかにオレンジ色を帯びている。逆光になった光は、あたりの木々の葉にも枝にも当たって、時折まばゆく光り輝く。風景全体が夕陽の色に包まれるのは、夕方といわれる時刻になって二時間近く経ってからだった』

この『こんな顔をしてゐては ほんたうに悪いと思ふ』という想いと、『夕陽というのはなかなか始まらないものである』という実感が、私には、今年のノーベル文学賞受賞者 カズオ・イシグロの作品の一節につながるように思えた。

「日の名残り」(カズオ・イシグロ)
「日の名残り」は、ひたすら実直に主人に仕えてきた英国の執事が、人生も後半になったとき、自らを支えてきた職業的誇りや 淡い恋心の喪失感を抱えながら旅に出る話なのだが、物語の最後に、涙を流す執事にかけられる言葉が、胸に迫ってくる。
『夕方が 一日で一番いい時間なんだ』

これだけ読めば、どこか諦めともつかない慰めに思えるかもしれないが、そうではない(と思う)のは、この言葉を受けた執事が、思いを新たにする場面が、私には印象的だったからだ。
『人生が思いどおりにいかなかったからと言って、後ろばかり向き、自分を責めてみても、それは詮無いことです。 ~略~あの時ああすれば人生の方向が変わっていたかもしれない-そう思うことはありましょう。しかし、それをいつまでも思い悩んでいても意味のないことです。私どものような人間は何か真に価値あるもののために微力を尽くそうと願い、それを試みるだけで十分であるような気がいたします。そのような試みに人生の多くを犠牲にする覚悟があり、その覚悟を実践したとすれば、結果はどうであれ、そのこと自体がみずからに誇りと満足を覚えてよい十分な理由となりましょう』


夕方、それは残り少ない暗く寂しい時間の始まりではなく、人生を二つに分ける後半戦の、ほんの入り口でしかないのかもしれない。
しかも、それは美しく、一番いい時間なのかもしれない。
そんな夕刻を、いつ迎え どのような時間にするのかを決めるのは自分自身なのだと思う時、平均寿命だけを取ってみれば後半戦に入っている私にとって、今年はまた新たなスタートの年に思え、期待も湧いてくる。
そして、それを更に確信させてくれる言葉を知った。

ブルーモーメント
歌姫・百恵さんをリアルに知るものではないのだが、山口百恵さんが著書「蒼い時」で、’’蒼い時’’とは「夜明け前の一瞬空が蒼くなる時のことだ」と記しているのを読んで以来、朝の’’蒼い時’’は私にとって、「物事の始まり」を意味するものであった。
だが、それが夕暮れ時にもあることを最近初めて知った。
日の入り後わずかな時間だけ現れる、空が蒼い特別の時間を云う「ブルーモーメント」は、朝のそれと同様に、私には’’始まり’’の時の思える。

新年最初の今日は、初めて槍ケ岳に登った感動の日の、夕暮れ時の青い空を心に思い浮かべ、『真に価値あるもののために微力を尽くそうと』決意を新たにしている。

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