何を見ても何かを思い出す

He who laughs last laughs best

性懲りもなく、本

2018-01-25 12:00:00 | ニュース
「’’想定外’’の誤解を詫びる」より連作

私には フィクションである物語の世界を安易に現実に持ち込む癖がある、と分かっていながら、性懲りもなく、あるニュースからある本を思い出している。

<京大iPS研で論文不正 図を捏造、山中所長は辞職も検討> 1月22日(月)17時43分 共同通信配信より
京都大は22日、京大iPS細胞研究所の山水康平特定拠点助教の論文に捏造と改ざんがあったと発表した。人工多能性幹細胞(iPS細胞)を使って脳の構造体を作ったとの内容で、主要な図6点全てに不正があったと認定した。同研究所の山中伸弥所長は京大で記者会見し「非常に強い後悔、反省をしている。心よりおわび申し上げる」と謝罪した。
今後、山水氏ら関係者を処分する。山中所長は所長を辞職するかに関し「その可能性も含め、どういう形が一番良いのか検討したい」と話した。


研究費捻出に奔走される姿を見るたび嘆息し、募金という形で僅かながらでも応援できないかと家人と話していた矢先の出来事であったため、深く頭を垂れる山中教授の姿にショックを受けている。
この道で日本はすでに、一つの知性を喪っている、しかも同様の事例で。
では何故 同じ過ちを繰り返すのかと問うたとき、ただ当該科学者の倫理観の欠如のみを問題視しているのでは解決できないと思われる。
勿論、第一義的には科学者のモラルが問われなければならないが、「衣食足りて礼節を知る」「恒産なくして恒心なし」は紛れもない事実だ。
そして、現在多くの日本の科学者が、「(iPS細胞研究所の9割が有期雇用であることについて)民間企業ならすごいブラック企業」(山中教授 弁)という過酷な環境で研究しているのも、また確かな事実だ。

今回の件、「見栄えある論文にしたかった」というのが、渦中の助教の論文ねつ造の理由らしいが、その弁で思い出した本がある。

「虚栄」(久坂部羊)
本書は、政府の肝いりで設立された「がん撲滅プロジェクト4G」が、内科・外科・放射線科・免疫療法科の本筋を外れた主導権争いの挙句の果て頓挫する過程を、医療界の内幕を暴露しながら描くもので、さすがは財前五郎ナニワ大学教授の後輩(阪大医学部卒の著者は、財前もとい神前五郎教授の薫陶を受けてもおられる)が書いているだけのことはある、と思わせる。
そんな「虚栄」にある、功を焦った助教が論文を捏造してしまう場面は、タイトルが「虚栄」だけに、傲慢と虚飾に満ちたミットモナイものとして描かれている。

本書の著者は、先にも書いている通り現役の医師なので、その医師が書く医療モノは一面の真実を描き出しているに違いないと思いがちだが、今回は本の世界をそのままに受け留める危険性について反省したばかりなので、著者の生の意見を知ることができないかと検索していると、次の記事を見つけた。

「カドナビ」「著書インタビュー久坂部羊 虚栄」
https://store.kadokawa.co.jp/shop/pages/interview_002.aspx

この記事の中で久坂部氏は、『(データーの改竄について)すでにたくさん起こっていますよ。研究者は結果が出るまでにものすごい努力を積み重ねているんです。しかも世界レベルで競争が行われていて二着では意味がない。実験でいい結果が出たとして、論文を書いて発表するまでの間にほかの誰かが発表したらアウトなんですよ。そういう状況にいる研究者たちが、ついつい実験結果の確認を十分せずに見切り発車したり、データの誇張みたいなズルをしてしまう。マスメディアから見ると、医学者が論文を捏造したり、盗作したりするのはけしからん、と単純に割り切りますが、研究している側からすればそんな単純な話ではないということもわかってほしいですね』と述べている。

久坂部氏ご自身が研究の世界に精通されていることを考えれば、研究者の過酷な状況が、ただ世界レベルで争われていることのみに起因するものではないことはご存知だろう。傍から見れば、傲慢とも云えるプライドを頼りに、不安定な有期契約で寝食を削って研究していることを十分に知ったうえで、『そんな単純な話ではない』と訴えたいのだと思う。
そして、そのような思いを知り、再度「虚栄」を手に取ると、自分の見立てが正しいと盲信し それを証明(強調)したいがためにデーターを見栄え良いものに揃えてしまう場面に、悲哀さえ感じてしまった。

私はもともと物語の世界に引きずられ過ぎるという癖があるのは承知していたが、今回の件で、作者が言外に秘めている思いを汲み取る能力にも問題があると分かってしまった。
おそらく、これからも性懲りもなく、ニュースを見ては関連本を思い出すだろうとは思うが、その時々に再考する習慣を身に着けたいと、反省し考えている。

ところで、久坂部氏の記事には、今の自分的には非常に気になる文がある。
『優れていて性格のいい人なんてほとんどいないですよ。優れている人はだいたい性格が悪いし、性格がいい人は得てして無能だったりする。それはどこの業界でも同じじゃないですか? 性格が悪くて無能な人はいっぱいいますけど(笑)。』

この年になれば、自分が「優れている」や「性格がいい」と云われるだけの人間でないことは十分に分かっている。
だが、せめて『性格が悪くて無能な人』とまでは云われないよう精一杯努力しようと、悲しい覚悟を 少し 持っている。(この年になれば、ふてぶてしくも開き直ってしまおうかとも思っている)

追記
日本はすでに、同じ分野で、優れた知性を喪っていている。
勿論、科学者のモラルは、特にそれが命に関わる分野においては厳しく問われる必要があるが、そうだとしても、あの時のように下衆の勘繰りとしか思えない 何とか砲的な魔女狩りで、あたら有為な人材を失ってならない。
山中教授や関係者の方々が、適切な対応をとられた後には、日本で更なる研究をしてくださるよう願っている。


参照
<iPS細胞研究所の9割有期雇用 山中教授「民間企業ならすごいブラック企業。何とかしないと」奈良で講演>http://www.sankei.com/west/news/150524/wst1505240031-n1.html
<非正規雇用多く組織基盤脆弱 背景に根深い研究者事情>
http://www.sankei.com/west/news/180123/wst1801230009-n1.html

愚見
「本当のことを乗り越えさせる希望」 「’’虚栄’’が打ち砕く希望」

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