レヴィナスのいう<他者>には<他なるもの>という位置付けがなされている。前回引用した。
「レトリックがともなう洗脳を、煽動を、教育を放棄することは、他者の正面から、真の語りをかいして近づこうとすることである。他者の存在はその場合、いかなる度合いでも対象ではなく、その存在はいっさいの支配の外部にある」(レヴィナス「全体性と無限・上・第1部・P.127」岩波文庫 二〇〇五年)
この「外部」。それはどんな支配からも「はみ出す」だけでなくどこまでも「はみ出していく」ものだ。プルーストの言葉に変換すると「未知の女」になる。
「そうこうするうち、ふたたび始まっていた七重奏曲も終わりに近づいた。ソナタのあれこれのフレーズが何度もくり返しあらわれ、そのたびに以前とは違うリズムと伴奏をともなって様変わりし、同一でありながら異なるのは、人生にさまざまなものごとが再来するさまを想わせる。この手のフレーズは、いかなる親近性ゆえにその唯一の必然的な住まいとしてある音楽家の過去を指定するのかは理解できないものの、その音楽家の作品にしか見出せず、その作品には始終あらわれて、その作品の妖精となり、森の精となり、馴染みの神々となるのだ。まず私は、七重奏曲のなかで、ソナタを想起させるそうした二、三のフレーズに気づいた。やがて私が認めたのはソナタのべつのフレーズでーーーそれはヴァントゥイユの最晩年の作品から立ちのぼる紫色をおびた霧につつまれていたので、ヴァントゥイユがそのどこかに踊りのリズムをさし挟んでも、踊りまでが乳白色のなかに閉じこめられていたーーー、まだ遠くにとどまって、はっきりとは見分けられない。それはためらいがちに近づくと、おびえたようにすがたを消し、やおら戻ってきては私があとで知ったところによるとべつの作品から到来したとおぼしいべつのフレーズとからみ合い、さらにまたべつのフレーズを呼ぶと、そのフレーズもそこへ馴染んですぐさま今度はみずから牽引力と説得力を身につけ、輪舞(ロンド)のなかへはいってゆく。その輪舞(ロンド)は神々しくはあったが、たいていの聴衆の目には見えず、茫漠としたベールが目の前にかかるだけなので、その向こうになにひとつ認めることのできない聴衆は、死ぬほどやりきれない退屈が連綿とつづく合間に、ときどきいい加減な賞賛の歓声をあげた。やがてそれらのフレーズは遠ざかったが、なかにひとつだけ、私にはその顔が見えないのに五回も六回も戻ってくる、やさしく愛撫するような、それでいてーーースワンにとってはきっとソナタの小楽節がそうであったようにーーーどんな女性にかき立てられたものともまるで異なるフレーズがあった。じつに優しい声で真に手に入れる価値のあるものだと私に幸福を差しだしてくれるそのフレーズは、もしかするとーーーこの目に見えない女性は、私がそのことばを解さないのに心底から理解できるのだからーーー私が出会うことを許されたただひとりの『未知の女』だったのかもしれない」(プルースト「失われた時を求めて11・第五篇・二・P.157~159」岩波文庫 二〇一七年)
にもかかわらず<私>はアルベルチーヌを<幽閉・監視・監禁>することでアルベルチーヌのすべてを「認識」することができると思い込んだ。しかし「囚われの女」の後半、はたと<私>は次の事態に気づく。
「ときに私は、アルベルチーヌの目のなかや、いきなり紅潮する顔色のなかtろいう、私にとっては空よりも近づきがたい地帯に、つまり私の知るよしもないアルベルチーヌの回想がめぐりゆく地帯に、遠い稲妻のようなものがよぎるのを感じた。そんなとき、バルベックの浜辺にせよパリにせよアルベルチーヌを順々に知ってきたこの数年を想いかえし、しばらく前から私がアルベルチーヌに見出していた美しさは、すなわちわが恋人がさまざまな面で成長し、すぎ去った多くの日々を含んでいることに由来する美しさは、胸がはり裂けるほどの悲嘆をさそった。そんなときには、このバラ色に染まる顔の下に、いまだアルベルチーヌを知らなかったころの幾多の夜のつくる汲み尽くせぬ空間が、まるで深淵のように保存されているのを感じたからである。もちろん私はアルベルチーヌを愛撫し、その身体に長いこと私の両手を這わせることもできたが、それはまるで太古の大海原の塩分や星の光を含んだ石を撫でているにも等しく、自分が触れているのは、その内部が無限へと通じる存在の閉ざされた外皮にすぎない気がした。そもそも自然が人間の肉体と肉体を分離すると決めたとき、心と心の相互浸透を可能にすることに想い至らなかったせいで人間が追いやられた今の立場に、私はどれほど苦しんだことだろう!それゆえ私は、アルベルチーヌは私自身にとってさえ(その肉体は私の肉体の支配下にあっても、その思考は私の思考の掌握をすり抜けるのだから)すばらしい囚われ人などではないことに気がついた。私がその囚われ人で自分の住まいを美しく飾ったつもりになり、私に会いに来た人たちでさえ廊下の端の隣の部屋にそんな囚われ人がいるとは夢にも想わないほどその存在を完璧に隠していた点で私は、だれにも知られずシナのお姫さまを瓶のなかに閉じこめていたあの人物とそっくりであったが、解決なき過去の探求へと残忍にも私を駆り立てる点でアルベルチーヌは、むしろ偉大な『時』の女神かと思われた」(プルースト「失われた時を求めて11・第五篇・二・P.454~456」岩波文庫 二〇一七年)
<私>が発揮する「所有欲」=<認識への意志>がどれほど暴力的な形態をとったとしてもなお、むしろ暴力的であればあるほどますますアルベルチーヌは「未知の女」として<私>から無限に遠い場所へ離れ去ってしまう。アルベルチーヌはいよいよ「未知そのもの=秘密」と化す。「失われた時を求めて」の中でプルーストはそれを嘆いているのではなく、逆にそう教えているのである。すると読者は次の言葉に出くわすことになるだろう。
「女性には秘密がない。自身が一個の秘密と化したからだ。このような女性は私たちよりも政治的だろうか?イピゲネイア。《先験的に無罪である》ーーーこれが、男性によって声高に叫ばれる『先験的に有罪である』という審判にあらがいつつ、少女が求めていることなのだ」(ドゥルーズ=ガタリ「千のプラトー・中・10・P.271」河出文庫 二〇一〇年)
男性中心主義でもなく女性中心主義でもない横断的リゾームとしての世界の出現。世界はもはや中心というものを持たない。資本主義自身が放棄してしまった。だからすべての世界市民はニーチェのいうように動くことができる。
「さまざまな困難が途方もなく増大してしまっているような生涯というものがある、思想家の生涯がそれである。ここでは、その生涯について何かが物語られた場合には、ひとは、注意深く、耳を傾けざるを得ない、というのは、それを聞いただけで幸福と力が溢れて来、しかも後に来たる者の生活に光が照射されるような、そうした《生の諸々の可能性》について、ここでは語られるのを聞き取り得るからである、ここでは、一切のものが、極めて発明的で、熟慮に充ち、大胆で、絶望的で、しかも充ち溢れる希望で一杯であり、あたかもいわば最も偉大なる世界周航者の旅路に似た観があって、また実際に、生の最も辺鄙なかつ最も危険の多い領域の周航と、同じような趣きをもったものだからである。このような生涯において驚嘆すべきことは、異なった方向に向かって突き進む二つの敵対的な衝動が、ここでは、いわば《一つの》軛(くびき)の下で進むように強制されているという事柄のうちにある。つまり、認識を欲する者は、人間生活が成り立っている地盤というものを、何度でも繰り返し離れ去って、不確実なるものの中へと冒険的に突き進んで行かねばならないし、また、生を欲する衝動の方は、その上に立脚できるほぼ確実な立場というものを求めて、何度でも繰り返し探索してゆかねばならない」(ニーチェ「哲学者の書・哲学者に関する著作のための準備草案・P.404~405」ちくま学芸文庫 一九九四年)
そこで始めてリトルネロという音楽形式が偉大な可能性を秘めた様式として探求される意義を獲得しつつ再び立ち現れることになる。
BGM1
BGM2
BGM3
「レトリックがともなう洗脳を、煽動を、教育を放棄することは、他者の正面から、真の語りをかいして近づこうとすることである。他者の存在はその場合、いかなる度合いでも対象ではなく、その存在はいっさいの支配の外部にある」(レヴィナス「全体性と無限・上・第1部・P.127」岩波文庫 二〇〇五年)
この「外部」。それはどんな支配からも「はみ出す」だけでなくどこまでも「はみ出していく」ものだ。プルーストの言葉に変換すると「未知の女」になる。
「そうこうするうち、ふたたび始まっていた七重奏曲も終わりに近づいた。ソナタのあれこれのフレーズが何度もくり返しあらわれ、そのたびに以前とは違うリズムと伴奏をともなって様変わりし、同一でありながら異なるのは、人生にさまざまなものごとが再来するさまを想わせる。この手のフレーズは、いかなる親近性ゆえにその唯一の必然的な住まいとしてある音楽家の過去を指定するのかは理解できないものの、その音楽家の作品にしか見出せず、その作品には始終あらわれて、その作品の妖精となり、森の精となり、馴染みの神々となるのだ。まず私は、七重奏曲のなかで、ソナタを想起させるそうした二、三のフレーズに気づいた。やがて私が認めたのはソナタのべつのフレーズでーーーそれはヴァントゥイユの最晩年の作品から立ちのぼる紫色をおびた霧につつまれていたので、ヴァントゥイユがそのどこかに踊りのリズムをさし挟んでも、踊りまでが乳白色のなかに閉じこめられていたーーー、まだ遠くにとどまって、はっきりとは見分けられない。それはためらいがちに近づくと、おびえたようにすがたを消し、やおら戻ってきては私があとで知ったところによるとべつの作品から到来したとおぼしいべつのフレーズとからみ合い、さらにまたべつのフレーズを呼ぶと、そのフレーズもそこへ馴染んですぐさま今度はみずから牽引力と説得力を身につけ、輪舞(ロンド)のなかへはいってゆく。その輪舞(ロンド)は神々しくはあったが、たいていの聴衆の目には見えず、茫漠としたベールが目の前にかかるだけなので、その向こうになにひとつ認めることのできない聴衆は、死ぬほどやりきれない退屈が連綿とつづく合間に、ときどきいい加減な賞賛の歓声をあげた。やがてそれらのフレーズは遠ざかったが、なかにひとつだけ、私にはその顔が見えないのに五回も六回も戻ってくる、やさしく愛撫するような、それでいてーーースワンにとってはきっとソナタの小楽節がそうであったようにーーーどんな女性にかき立てられたものともまるで異なるフレーズがあった。じつに優しい声で真に手に入れる価値のあるものだと私に幸福を差しだしてくれるそのフレーズは、もしかするとーーーこの目に見えない女性は、私がそのことばを解さないのに心底から理解できるのだからーーー私が出会うことを許されたただひとりの『未知の女』だったのかもしれない」(プルースト「失われた時を求めて11・第五篇・二・P.157~159」岩波文庫 二〇一七年)
にもかかわらず<私>はアルベルチーヌを<幽閉・監視・監禁>することでアルベルチーヌのすべてを「認識」することができると思い込んだ。しかし「囚われの女」の後半、はたと<私>は次の事態に気づく。
「ときに私は、アルベルチーヌの目のなかや、いきなり紅潮する顔色のなかtろいう、私にとっては空よりも近づきがたい地帯に、つまり私の知るよしもないアルベルチーヌの回想がめぐりゆく地帯に、遠い稲妻のようなものがよぎるのを感じた。そんなとき、バルベックの浜辺にせよパリにせよアルベルチーヌを順々に知ってきたこの数年を想いかえし、しばらく前から私がアルベルチーヌに見出していた美しさは、すなわちわが恋人がさまざまな面で成長し、すぎ去った多くの日々を含んでいることに由来する美しさは、胸がはり裂けるほどの悲嘆をさそった。そんなときには、このバラ色に染まる顔の下に、いまだアルベルチーヌを知らなかったころの幾多の夜のつくる汲み尽くせぬ空間が、まるで深淵のように保存されているのを感じたからである。もちろん私はアルベルチーヌを愛撫し、その身体に長いこと私の両手を這わせることもできたが、それはまるで太古の大海原の塩分や星の光を含んだ石を撫でているにも等しく、自分が触れているのは、その内部が無限へと通じる存在の閉ざされた外皮にすぎない気がした。そもそも自然が人間の肉体と肉体を分離すると決めたとき、心と心の相互浸透を可能にすることに想い至らなかったせいで人間が追いやられた今の立場に、私はどれほど苦しんだことだろう!それゆえ私は、アルベルチーヌは私自身にとってさえ(その肉体は私の肉体の支配下にあっても、その思考は私の思考の掌握をすり抜けるのだから)すばらしい囚われ人などではないことに気がついた。私がその囚われ人で自分の住まいを美しく飾ったつもりになり、私に会いに来た人たちでさえ廊下の端の隣の部屋にそんな囚われ人がいるとは夢にも想わないほどその存在を完璧に隠していた点で私は、だれにも知られずシナのお姫さまを瓶のなかに閉じこめていたあの人物とそっくりであったが、解決なき過去の探求へと残忍にも私を駆り立てる点でアルベルチーヌは、むしろ偉大な『時』の女神かと思われた」(プルースト「失われた時を求めて11・第五篇・二・P.454~456」岩波文庫 二〇一七年)
<私>が発揮する「所有欲」=<認識への意志>がどれほど暴力的な形態をとったとしてもなお、むしろ暴力的であればあるほどますますアルベルチーヌは「未知の女」として<私>から無限に遠い場所へ離れ去ってしまう。アルベルチーヌはいよいよ「未知そのもの=秘密」と化す。「失われた時を求めて」の中でプルーストはそれを嘆いているのではなく、逆にそう教えているのである。すると読者は次の言葉に出くわすことになるだろう。
「女性には秘密がない。自身が一個の秘密と化したからだ。このような女性は私たちよりも政治的だろうか?イピゲネイア。《先験的に無罪である》ーーーこれが、男性によって声高に叫ばれる『先験的に有罪である』という審判にあらがいつつ、少女が求めていることなのだ」(ドゥルーズ=ガタリ「千のプラトー・中・10・P.271」河出文庫 二〇一〇年)
男性中心主義でもなく女性中心主義でもない横断的リゾームとしての世界の出現。世界はもはや中心というものを持たない。資本主義自身が放棄してしまった。だからすべての世界市民はニーチェのいうように動くことができる。
「さまざまな困難が途方もなく増大してしまっているような生涯というものがある、思想家の生涯がそれである。ここでは、その生涯について何かが物語られた場合には、ひとは、注意深く、耳を傾けざるを得ない、というのは、それを聞いただけで幸福と力が溢れて来、しかも後に来たる者の生活に光が照射されるような、そうした《生の諸々の可能性》について、ここでは語られるのを聞き取り得るからである、ここでは、一切のものが、極めて発明的で、熟慮に充ち、大胆で、絶望的で、しかも充ち溢れる希望で一杯であり、あたかもいわば最も偉大なる世界周航者の旅路に似た観があって、また実際に、生の最も辺鄙なかつ最も危険の多い領域の周航と、同じような趣きをもったものだからである。このような生涯において驚嘆すべきことは、異なった方向に向かって突き進む二つの敵対的な衝動が、ここでは、いわば《一つの》軛(くびき)の下で進むように強制されているという事柄のうちにある。つまり、認識を欲する者は、人間生活が成り立っている地盤というものを、何度でも繰り返し離れ去って、不確実なるものの中へと冒険的に突き進んで行かねばならないし、また、生を欲する衝動の方は、その上に立脚できるほぼ確実な立場というものを求めて、何度でも繰り返し探索してゆかねばならない」(ニーチェ「哲学者の書・哲学者に関する著作のための準備草案・P.404~405」ちくま学芸文庫 一九九四年)
そこで始めてリトルネロという音楽形式が偉大な可能性を秘めた様式として探求される意義を獲得しつつ再び立ち現れることになる。
BGM1
BGM2
BGM3
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