朝刊(朝日)をぱらぱら。今さら遅いというほかない記事発見。ジェネリック(後発薬)市場の構造矛盾。なぜ構造矛盾なのかは記事を見ても取っかかりになるかならないか。研究したい読者は研究室でしてほしい。そうではなく今回はジェネリックへ変更しても効果が見られない場合について述べたい。
ストレス過剰社会で大量供給大量消費されているベンゾジアゼピン(BZD)受容体作動薬。
いろいろあるが一例として、主に「睡眠導入剤として」処方される場合ではなく「抗不安薬・安定剤」として処方されることの多いブロマゼパムを取り上げたい。
ブロマゼパム(商品名:レキソタン)。ブロマゼパムのジェネリック(商品名:セニラン)。後者はジェネリック。
セニランへ変更してもほとんど効果が期待できないケースというのもたまにある。少しへんてこな書き方でしか上手く述べられないところに薬物取扱の厄介さのひとつがある。言い換えれば、正式な学術論文としては採用されない書き方をすると逆にわかりやすくなることが少なくないと思われる。次の(1)と(2)とは同じ意味。
(1)「化学構造式は同じでも体内摂取後の作用機序は必ずしも同じだとは限らない」
(2)「同一薬物Sを患者Aと患者Bとへ同じ条件下で投与したとしてもAとBとで作用=効果は異なることがある」
言語や貨幣とたいへん似ている。言語の場合、見た側聞いた側しだいで意味の受け止め方は違ってくる。同じ言語でも違う意味を生じうる。貨幣の場合、例えば貨幣九百円がどんな商品と交換されるかは貨幣所持者しだいで全然違ってくる。同じ九百円でもまるで異なる別々の商品へ置き換えられうる。
個人的経験上でいうとブロマゼパム(商品名:レキソタン)をブロマゼパムのジェネリック(商品名:セニラン)へ置き換えた場合、うまく作用したという患者が身近にいる一方、自身はうまくいかずブロマゼパム(商品名:レキソタン)へ再変更してもらった経緯がある。
五年ほど前、父の遺品整理のため滋賀県と京都市とを何度も往復していた頃だった。帰りの電車の中でなぜかわからないが、どうしても気分がわるくなる傾向が出現し出した。セニランを増量したが一向に改善しない。思いきって主治医に申し出、レキソタンへ再変更してもらった。それでようやく父の遺品整理期間を乗りきることができた。
しかし再変更は条件付き。アルコール依存症患者ゆえにアルコールへ舞い戻るよりよほど「まし」ということもあってか、すぐに取ってもらえた措置であり、そうでなければ何らかの依存症既往歴のある患者の場合、ただ単によく「効く」クスリを欲しがっているだけではないかという疑問が常にまとわりついてくる。だから例外といえる。
いっとき、ベンゾジアゼピン系「抗不安薬・安定剤」としてエチゾラム(商品名:デパス)が薬物依存者のあいだで大流行した時期があった。短時間型薬物ほど「効きがいい」というほとんど根も葉もない、個人差をまったく無視した単なる「噂」とともに大流行した。自身の経験でいえばエチゾラム(商品名:デパス)よりブロマゼパム(商品名:レキソタン)のほうが「抗不安薬・安定剤」としてはよほどいい。安定もする。特に鬱状態がひどい期間は効果的。
面白い話がある。アルコール専門病棟入院中。隣接する病棟に覚醒剤依存症者が何人かいた。そのうちのひとりがようやく外泊許可を得て自宅で一泊し、再び病院へ戻ってくることができるかというところまで回復した。外出中の服用薬はジアゼパム。一泊後、無事に病院へ戻ってきた。血液検査も問題なし。
ジアゼパム(商品名:セルシン)。
その覚醒剤依存症者は「セルシン出してもろた。これで大丈夫や」と胸を張って笑っていた。覚醒剤なしで一泊の外泊を無事に済ませることができた。外泊にあたって患者の側が「セルシンなら大丈夫かと。できましたらセルシンを」と主治医にひと言押してみたら「そうだね」とすぐ処方が決まった結果。
ところが主治医が出したのはジアゼパム(商品名:セルシン)ではなくジアゼパム(商品名:セレンジン)。
ジアゼパムとしては同じ薬剤に分類される。しかし「商品名:セルシン」は「武田製薬」のもの。「商品名:セレンジン」は「住友製薬」のもの。その覚醒剤依存症者が「ゲットしたった」と高笑いで勝利宣言していたのは同じジアゼパムでも「商品名:セレンジン」(住友製薬)だった。セルシンは「効く」という単なる「噂」がジャンキーたちのあいだでたいそう流通していた頃の魔法のような本当の話。
もっとも、ジェネリックに置き換える場合、主治医なり薬剤師が患者に断りを入れるのがマナー。ところが相手が芝居の上手いジャンキーの場合、そう簡単に行かない。主治医は患者を騙すわけにはいかない。一度「騙された」とおもった患者は二度と同じ医師のもとへ行かない。そこで主治医はジアゼパムとしては同じであり、さらに患者がリクエストした「セルシン」という希望にも沿った薬剤でただ単に製薬会社が違うというに過ぎない「商品名:セレンジン」(住友製薬)を選択した。結果的にその覚醒剤依存症者にとって社会復帰への過程を一歩進めたことになった。
その主治医はほどなくその病院の医院長になった。だからといってどこの病院でも医院長の手腕が最もすぐれているとは限らない。
しかし「噂」というのは罪深い。というより「噂」もまた言語であり、繰り返し交換されない限り流通しない。とすれば疑うべきはそんな「噂」を流しているのは誰か、なのであり、それもまた大いに問題とされなくては話にならないとおもうである。