土曜日の新聞をちらほら。忙しくて目を通す暇がなかった。「今年売れた本」。武田砂鉄が書いている。
第一位:「小学生がたった一日で19✖️19までかんぺきに暗算できる本」(小林拓也・ダイヤモンド社)
第十三位:「頭のいい人が話す前に考えていること」(安達裕哉・ダイヤモンド社)
第十四位:「人は話し方が9割」(永松茂久・すばる舎)
武田砂鉄が書いているように、第十四位:「人は話し方が9割」(永松茂久・すばる舎)は二〇一九年すでに出ていた。
思うのだが、あらかた予想できたことがそのまま数字で出たという印象が強い。もっとも、第一位:「小学生がたった一日で19×19までかんぺきに暗算できる本」(小林拓也・ダイヤモンド社)はここ二年ほどでたちまち熱狂的な学歴格差増大社会から子どもを何とかしておきたいという大人の強い意向がダイレクトに反映された結果といえるだろう。
ところで、覚えているだろうか。この手の出版物はこれまで日経新聞社が多くを引き受けてきた分野のものである。四十五歳以上の人々は知っているとおもうけれどもさすがの日経にしてもここまで露骨ではなかった。だからといってダイヤモンド社がいけないというわけでは全然ない。そういう話ではないのである。
京都にPHPという出版社がある。定期刊行物も出している。日経は主に「ビジネスマン向け」出版物が多数を占めるが、一方PHPはより身近な言葉遣いに気を配っている。「礼に始まり礼に終わる」を日常生活で実践するにあたりどのような方法がいいか、いちいち事例を上げて掲載したりしている。ビジネスというよりその休憩時間や近所付き合いに用いる話題や話題を出してくる際の導入方法が丁寧に解説されている。きわどい喩えを用いれば、日常生活で使えるビジネス作法とでもいえよう。だから一種の人心誘導術のようなところが見られる。どちらも保守性の高い出版社だが日経とPHPとではまた異なるシチュエーションが想定されている。
しかしだ、これまではそれらだけで十分間に合っていたと言わねばならない。「頭のいい人が話す前に考えていること」や「人は話し方が9割」に載っている内容なら日経新書が数冊あれば十分だった。特に「頭がいい人」でなくても社会で通用する処世術というのはさほど違わなかったし実をいえば今もほとんど違っていない。にもかかわらず日本社会は生き残るために他人と同じ本を読み、同じ言葉を同じように用い、同じ挨拶を同じように一日に何度も繰り返してなお心配でならない。何もかも同じなら自分も他人もまったく違わない。金太郎飴しか生産できないのなら数があればあるほどかえって邪魔になるという逆説が出てくる。それでも止められない。というのがわかっているのになぜか子どもにもせっつく。せっつき方がすでにDV。もはや病気である。
ところが面白いことにもう一方でこんな出版物もベストセラーに上がっている。
第三位:「変な家」(雨穴・飛鳥新社)
第四位:「変な絵」(雨穴・双葉社)
いわゆるミステリ。
「ミステリ作品としてはいささか丁寧すぎる内容だが、『間取り』や『絵』で読みやすさを保証していく」と武田砂鉄はいう。今年度の本屋大賞受賞作を上回る売れ行きを記録したことも人口にのぼった。単行本出版時に書店で平積みにされていて、ミステリといっても一気読み必至・徹夜必死の「大どんでん返し」があるかないかもわからないようなあっさりした装丁。だからだろうか、おそらく誰もラストだけ読んだりしないと書店側が判断したのだろう。ビニール包装されていない。そこで実は手にとってささっと目を通した。
面白かった。武田砂鉄の言葉はその通りだ。ミステリはそもそも難解である。ところが「『間取り』や『絵』で読みやすさを保証していく」。どこかで目にしたことはないだろうか。とりわけ日本の超有名大学の教壇に立って哲学/思想/政治/経済/文化人類学/言語学/社会学などを教えている人々にとって。いうまでもない、マルクス「資本論」で用いられ世界を仰天させた方法が取られている。