2022年10月29日 阿賀野市山口町1丁目 下条城の跡地
場所は安野小学校裏手(北側)、下越労務協会隣「山口町1丁目10番」にある館之越集会所の隣。ここに伊豆国から源頼朝の命により地頭(じとう)として派遣された大見一族の「大見家久」が1256年、この下条(げじょう。昔は大字下条。現在は住居表示により山口町1丁目)に館を構え、下条氏を名乗ることになった。 (下)は敷地内に建つ説明文。
織田氏と上杉氏の争いである1582年の新発田の乱では、上杉景勝の前線拠点として重要な役割を果たした。
(下)の説明文を参照 下条氏は有名な「川中島合戦」にも参陣した。
(下)下条氏は上杉景勝の会津国替えに従い、4,700石で福島県の二本松城主に。その後、山形県米沢に移封。鮎貝城の城代になる。
この地「館之越 たてのこし」は、下条氏の館に関係する名称に由来するもの。 水原常陸介親憲も会津に移封した。
(下)同一敷地内にある日吉神社。 小さな建物です。