次回に続きます
昭和年(1979年)10月10日 東京都 三省堂から、2代目白鳥おじさん・吉川繁男さんの本が出版されました。
この年、2冊目。 三省堂さんから2冊目の出版。 当時の「白鳥おじさん」の人気がわかります。
上の写真、左が表紙。 右が裏表紙。 定価1,500円。
2019年8月22日と23日夜、阿賀野市 水原祭 夜店が開かれました。この日は夜に用があり、午後5時30分に撮影。
若い女性の浴衣姿は、祭りの雰囲気を盛り上げます。
金魚屋さんもいましたが、大部分が食べ物やさん・・でした。
昭和54年(1979年)2月28日、2代目 白鳥おじさん・吉川重男さんが2冊目の本を出版されました。
本「ハクチョウと生きる」税抜980円。 東京都・大日本図書(株)から出版。 上の写真は 表紙(左)、裏表紙(右)
1988年 第8刷発行
昭和59年(1984年)4月、新発田市赤谷地区は、菅谷・川東地区と同様に新発田市役所赤谷出張所も廃止され、連絡所に格下げされる。 赤谷線廃止・鉱山の相次ぐ廃止・それに伴う人口流出。廃線で過疎に歯止めがきかなくなる・・心配。赤谷村は新発田市に合併前は、発電所や鉱山から入る財源もあり、一時は交付税の不交付団体になったこともあったが・・。
赤谷地区の過疎は深刻である。昭和40年(1965年)の国勢調査では619世帯、2769人。昭和58年(1983年)12月は334戸、1212人。18年間で人口は44%になってしまった「36年後の令和元年の人口は何人?」。 昭和51年(1976年)から五十公野地区で団地造成が始まると、山を下りる者も ぐっと増えた。
新発田市は、赤谷地区に登山道の整備やスキー場などの観光開発構想を持つ。廃線敷地を利用してのサイクリングロード計画もある。しかし、具体化するまでには まだ年月を必要としそうだ・・と、当時(1984年)3月の新聞には書かれています。 現在は、どうなっているのでしょうか?
昭和29年(1954年)3月20日、瓢湖を国の天然記念物に指定。これを標示するために木製の標柱を建立。この柱が風化で腐朽が甚だしいために、昭和50年(1975年)国・県補助事業により御影石の石柱に建替えた。 文字は渡辺勇町長が揮毫した。
今日2019年8月15日 午後3時、屋外に駐車していた車の車内温度 43度。今日も暑い!
この日、胎内市は40.7度。全国一の暑さでした。