朝日新聞朝刊の連載小説「池澤夏樹作 また会う日まで」は、主人公が海軍軍人であるので興味をもって愛読しています。
「ペターハーフ」は、妻を病気で死別した主人公が、同じクリスチャンの女性と再婚する話です。今朝は「陸軍と海軍」について著者の考えが出てきました。
また会う日まで 290
池澤夏樹・作 影山徹・画
ペターハーフ 26
「海軍というのはどういうところですか?」とヨ子(よね)が聞いた。
正面切って聞かれてれて、さて、どう説明したものか。
いいな加減など答えで納得する相手ではないようであるし。
「軍艦に依って国を守る。ここは島国だから周りはすべて海だ。性能のよい艦をたくさん建造して国防を艦隊に頼る」
「ではなぜ陸軍もあるのですか?」
まっすぐすぎる問いで答えに窮する。
「守りとしての攻めもあるだろう。現に今も支那の状況は平和とは言いがたい」
「海軍との間に組織として違いはありますか?」
組織、という言葉が出た。さすがYWCAで働いてきただけのことはある。
「陸軍のことはよく知らない。しかし、陸軍の兵は多くが徴兵で集められる。海軍は志願が多い。わたしたちは戦闘力とは肉体以上に技術だと思っている。戦いの決着は大洋ではなくその前の段階、造船所や更に前の研究所の段階で決まると考えている。精神力では砲弾は遠くへ飛ばないし敵艦に当たらない。わたしが働く水路部は艦を導くのが主務だ。しかるべき時にしかるべき場所に艦を配置する。そのための準備、むしろ準備の準備だ」
「それでどんどん船を造るのですか?」
「(船ではなく艦だが)たしかに国どうしが競っての建艦競争はある。その一方でそれを抑えようという動きもある。今の世界で海軍国は我が日本と米国、そして英国。みな海に囲まれている。米国は北と南は陸伝いの隣国だがそちらからの攻撃は考えなくともいい立場だ。残るは大西洋と太平洋。繋ぐのがパナマ運河」
「では、あなたの軍艦はアメリカに勝てますか?」
「そんな、わかるものか。負ける時は負けるだろう。精一杯の態勢を整えて、その上で決戦を避けるべく努力をする。それは外交、いやむしろ内政の力だとわたしは考えているけれども」
たしかにこの時期、昭和九年の暮れ近く、世に好戦論は少なくなかった。それを煽る新聞は売れる。
わたしの妻になる人はそういうことを問う人なのか。
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(了)