新・日記どす(DOS)

写真は「ビートルズ」のヘルプごっこ(笑)~音楽からB級スポット訪問記まで、幅広くいろんなことを…笑いをこめて…綴ります~

名鉄の「みたけ・可児散策きっぷ」を使って、御嶽宿からの中山道を散策する

2025-02-04 05:40:55 | 歴史史跡

名鉄の企画切符「みたけ・可児散策きっぷ」

名鉄各駅から御嵩駅までの往復割引乗車券プラス6店舗中1店舗から選んで使える「選べるプレゼント券」、指定店舗をご利用の際に、様々な特典・割引が受けられる「何度でも使える特典・割引チケット」がセットになったお得な切符のこと…

 

実は過去に一度、この切符を使って日帰り旅を楽しんだことがあるんだ…

 

そのブログをリンクして貼っておきますので、旅の参考??にぜひぜひ!!

名鉄「みたけ・可児散策きっぷ」を利用して、日帰り旅…の巻…

 

で、そのリーフレット(パンフ)をみると

今回のテーマは【中山道】

御嶽宿から細久手宿へ向かう…旧中山道の散策コースが載っているのよ!!

 

このオネーサンとすれ違う…なんてことは思ってもないけど、古の風、歴史のロマンを感じながら、歩いて歩いて、ウォーキングして、お腹廻りが緊急事態宣言になったままで解除できない…この脂肪を少しでも取り除くことができるんじゃないかと思って…

 

新可児駅で乗り換えて

 

名鉄広見線、終着駅御嵩駅で降りる…

 

御嵩駅については、こちらのブログもどーぞ…

 

悲しい女の吹きだまり…???名鉄広見線の「終着駅」…御嵩駅に行く!

この御嵩駅で早速、指定6店舗のうち1店舗で利用できる「選べるプレゼント券」で

 レンタサイクル(御嵩町観光案内所):電動アシスト自転車のレンタル2時間超の利用、通常500円を200円で提供とあったので、200円で電動アシスト自転車を借りて、早速出発

国道21号線沿いにある「和泉式部廟所」に立ち寄った後には

詳しくはこちらのブログをどーぞ……

和泉式部を訪ねて???中山道御嶽宿近く…和泉式部廟所で合掌する!!

 

上ノ郷公民館へ自転車を置いて(パンフにそう記されていたから)

 

ここからは旧中山道をウォーキング…

 

と、その前に、上ノ郷公民館の近くにあった「中切古墳」に立ち寄って

詳しくはこちらのブログをどーぞ……

放置されてる古墳に大コーフン…御嵩町にある中切古墳に行く!

 

 

さて、徒歩とほとほ、中山道へ…

 

 

私以外、誰一人、歩いている人を見かけません

そんな中、最初に目に留まったのが

西洞の馬頭観音像

…が、ここに…

 

実に手作りの小さな案内看板が…

馬頭観音像はこの案内板の上

石仏で、馬なのかなんなのかわかりにくくなっていますが…

馬の守護神…江戸時代は、馬が交通手段…険しい山道では、多くの馬が疲労困憊で倒れたようで…その供養も込めての馬頭観音像かも知れないなあ…

でも、この西洞の馬頭観音像のあったところは、道も穏やか、里の田園風景の中でした…

進む途中…こんな石仏も見つけました…これも馬頭観音像ぽいような…

旅の安全を願ってか、こうした石仏が、街道沿いにありまして…

 

 

さらに、舗装された道を進むと

 

と、突然、舗装された道じゃなくなり、突然やってくる…急な坂道…

「牛の鼻欠け坂」と呼ばれる勾配が急すぎる上り坂…

「牛んぼ牛んぼどこで鼻欠いた、西洞の坂で鼻欠いた」という歌も残るこの坂は、荷を運ぶ牛や馬の鼻が坂で擦れて欠けてしまいそうなほど急な坂道であることから「牛の鼻欠け坂」と呼ばれていた勾配が急すぎる上り坂…

さっそく「ひぃひぃふぅふぅ」

鼻は欠かないけど、晩秋なのに汗はかく!!

でも、この落ち葉と、石積みが、なんだか江戸時代を旅してるような気にさせてくれるこの光景…

 

も嫌がってますなあ…引っ張ってもうまく…いきません!!

の鼻が坂で擦れて欠けてしまうというよりも、の鼻が坂で擦れて、うしなってしまった、の方がいいような…そう「うし」だけにね…

あ、しょーもないオヤジギャグでした…もうしわけありません!

 

振り返ると…転がったら加速していきそうな急な勾配…

一気に登った、こんな急な勾配を…

 

登り切ったところに、石室があって、その中に寒念仏供養塔 ( 三面六腎の馬頭観音像 ) がありました…フツーの念仏供養塔じゃなくて、寒念仏供養塔、この地方が寒いってこともあるだろうし、そもそも「寒念仏」とは、「一年でもっとも寒さの厳しい小寒から立春の前日までの30日間にわたり鉦をたたきながら声高く念仏を称え、仏堂・山内・墓地・街頭などを巡回し報恩感謝を表する念仏。念仏者の寒行ともいえる。」とのことで、厳寒だからこその功徳なんでしょう

 

登り切ったら枯れ葉の中、平坦な道、やや下り坂か…

さて、一般の舗装された自動車が通る道に出て、その道沿いに歩くと、左側にあるのが、耳神社

神社というが、小さな祠が岩山にひとつだけ

 

 

中山道沿いの岩山に建立された全国的にも珍しい耳の病にご利益があると伝えられている神社

病が治った後の参詣時には、年の数の錐(きり)を簾(すだれ)のように編んで奉納するんだそうな…

その昔、耳が聞こえなくなってしまった大工がこの神社に耳を治してほしいと参拝したところ、たちまち治ったことから耳神様と呼ばれ、現在では耳神社と呼ばれるようになったとのこと



耳が治った大工は神様へのお礼の供物を捧げようと考え、耳が治った(耳のつかえが取れた)ことにちなんで大工道具の錐をお供えしたんだって

それから年の数の錐を簾のように編んで奉納するようになったんだって

 

リアル私も、耳の聞こえが…いや…これ案外悪口も聴こえてこないので、都合がいいかも…と思いつつも

これ以上、耳の聴こえも悪くなると困るので、ここにて二礼二拍手一礼

錐と簾がかかってる…

石段が急なので、降りるとき注意が必要…

足元を踏み外したら、イヤー、たいへんなことに…(はい、みみ神社だけにね…)

 

 

しばらく、フツーに車がぶんぶん通る、中山道を歩きますが、やがて、今度は石畳の続く

「謡坂石畳」と呼ばれる石畳が敷かれた小径へと

ここの紅葉をみて、あ、ここパンフに載ってた二人組のオネーサンが歩いていたところだ…ということに気づく…

私が訪ねたときには、オネーサンどころか、誰もいませんけど…

ここは、次年度の「みたけ・可児散策きっぷ」のフライヤーにオネーサンの写真じゃなくて…このオジサンの写真が使われることを夢見て…

テンション上げ上げのこのポーズ…

 

 

すでに、上がりにくくなっている五十肩を精一杯振り上げて…

ここまで歩いてきて、確かにここがパンフレットの図になるべく、一番紅葉のきれいなところでした…まあ、訪ねた頃はずいぶん散っちゃってましたけど

 

さてさて、ここは「謡坂石畳」

この坂道を通る旅人は、この あたりの上り坂がとても急なため、その苦しさを紛らわすために唄をうたいながら坂を登っていたことから「うたうさか」→「うとうざか」へと転化し、地名になったのではないかと伝えられているとか…

長く続く坂道…私は歌いたいとは思えず、出てくるのは「ハーハーゼ―ゼ―」と吐息と、膝からの笑い声??のみ…

ここは、誰も歩いていないし、無理無理歌ってみようじゃないか…坂道ソングといえば

♪この坂道を登りつめたら あなたが住む街が見える~

 

高橋研さんが作詞作曲した、加藤いづみさんの「坂道」が真っ先に浮かんだけど、山の中…街はみえないしな…

あ、そうだ、もう1曲あった!!

♪青春は長い坂を登るようです~

AKBじゃない岡田奈々さんの「青春の坂道」

青春じゃなくても、長い坂を登るのです…

 

 

とここで、寄り道…

足元にこんな倒れた案内看板が…

 

隠れキリシタン十字架碑発見場所である

聖母マリア像を眺めておこうかなと…

民家をぐるっと廻って、バスも走る道路にでたところに、いました!いらっしゃいました!

聖母マリアさま

 

 

昭和56年にこの付近からキリシタン信仰の遺物が発見され、江戸時代この付近でキリスト教信仰があったことが知られるように…

そばにあったモニュメント的な石…

十字架が彫られているんじゃないかと思って、寄ってみたけど、特に彫ってはありませんでした…

 

江戸時代、このあたりは隠れキリシタンの村だったよう…美濃は隠れキリシタンの歴史が多く残っており、処刑場や処刑された記録も残っているよう…

隠れ美濃…もとい…隠れみの

と、しょーもないことを思いながらも

弾圧された先祖の人たちの慰霊とこれからの平和を願って、昭和62年にこの像が建てられたとのこと…思わず手を合わせる…

 

この後は、小原城址がみえたので…城址マニアの私…

山城なのに…登っちゃって、ひぃひぃふぅふぅ…

そのブログ、お時間あったら、ついでにどうぞ!!

 

戦国時代の山城…美濃御嵩、小原城址に行く

さて「謡坂石畳」に戻って、その坂の脇に急な石段があって、そこにあるのが、「謡坂石畳の馬頭観音像」

そこへ行く石段が自然に還りつつある感じでいいですなあ

石の屋根、石積で廻りが囲われているだけあって、風化してないで、はっきりと「馬頭」が刻まれているのがよーくわかります…

さて、目指すは、「御殿場」と呼ばれる場所まで

落ち葉で覆われた石畳を登っていきます…

 

ここは、いろは茶屋…

無料休憩所としても利用できる他、コーヒーやジュース、甘酒などの販売など飲みものはあるけど、食事はないようで、ここで休んじゃうと、御嶽宿に戻った時に、お昼時を過ぎちゃって、食べそびれる可能性もなきにしもあらずなので、寄らずに進む

この場所が安藤広重が描いた「木曽海道六拾九次之シリーズ」の「御嶽」のモデルの地のようで、それを示す案内看板

この辺りのこうよう(紅葉)が実に綺麗でした…ホントはゆったりしたいけど、まだ先があるので、とりあえず先に行こうよう!!

 

さらに進む…それにしても、地元の人以外、旅人とは誰ともすれ違いません

 

小径(中山道)の左側に石碑があって

「謡坂一里塚」の案内が、刻まれています…

謡坂一里塚の石碑は、明治41年に二円五十銭で払い下げを受け、その後、取り壊されたとのことで、江戸時代のものは残ってはないようです

 

このあたりは、ちょっと紅葉がキレイ

 

 

 

道の右側に石積で囲われた穴が少し開いていて、そこには水が…江戸時代の旅人はここで水を飲んで、疲れをいやしていたのかも知れないなあ…

今となっては、澱んでいて、呑むどころか顔も洗いたくない感じですけど…

この後、少し車も走れる街道にでて

ここが、十本木立場

木曽路通りの休み茶屋跡、この場所は当時、人夫が杖を立てて籠や荷物をおろし休憩したところから発展し、茶屋などが設けられ、やがて旅人の休憩場所になった場所らしい…

 

石段があったので、登ってみると…

確かに、ここに休み茶屋があったと思われる広場のような敷地が

ここの手前の紅葉(こうよう)がめちゃ綺麗で、気分も高揚(こうよう)しちゃいます…

 

さらに進むと

「一呑の清水」

街道を旅する人々の喉を潤した年中こんこんとして湧き出る清水だそうで、中山道の清水は旅人用が上に、牛馬用が下に造られていて、岐阜県の名水五十選にも選ばれているとか

左の水の中に「一呑の清水碑」「石地蔵」が祀られています…

 

案内石碑は枯れ葉や草木に覆われて…

枯れ葉をどけると、文久元年(1861)皇女和宮が降下する際、この清水を賞味され、大変気に入ったといわれ、後に多治見市の永保寺に滞在の際、わざわざこの水を取り寄せて点茶されたといったことが刻まれていました…

さらに、中山道を進んで…

目指すは、この行き先にある「御殿場」

 

 

このコンクリの塊は…なんだろう…ゲートでも造っていたのかな

「禁裡御所神社仏閣巡拝記念碑」

その手前には

「唄清水」

 

 

歴史を感じる石碑

千村征重(五歩)が

「馬子唄の響きに波たつ清水かな」

と詠ったことから

「唄清水」と名付けられたと云われている場所

当時は旅人の喉を潤したのでしょうが、今は落ち葉に覆われていました

「唄しみず」ならぬ「葉がしずみ」ですな

さらに進むと

唐突に現れた稲荷社…だと思われる…祠にキツネ様がいらっしゃったから

さてさて、まだまだ細久手宿まで、中山道は続くんですが

紅葉が色鮮やかに色づいているこの

「御殿場」と呼ばれているところが、この「みたけ・可児散策きっぷ」のパンフレットのゴール地点…

 

 

中山道最大の通行と云われた徳川家茂に嫁ぐため、降嫁された皇女和宮一育の行列は、4~5千人に及ぶ大行列で、ここ御殿場で休息されたそう

当時、和宮が休憩されるということで、この高台に休憩所が造られた…休憩所と言っても襖を立てて畳を敷いた立派な建物であったため、後に「御殿場」というようになったそうな

高台に昇れば…今では襖も畳もない…フツーの休憩所が…

天気がいいと、色々見えるようで

これが、皇女和宮さまが、みたけ(御嵩)しき…もとい…みた景色…と、ほぼほぼ一緒だったかも知れないな

 

それにしても、よく歩いたものだ…

「みたけ・可児散策きっぷ」の中山道散策コース、パンフレットどおりに、完全踏破だー!!

喰わずに、ずっと歩いたから、きっとかなり瘦せた…はず!!

そうそう…ここにあるトイレは綺麗でした…笑

自然に癒され、ストレスも一緒に水で流されていったかのような爽快感…

いやー、空気が旨い!

でも、お腹が空いた!!空気じゃお腹はふくれないし…それよりも、飲食できる場所って、御嵩駅周辺に戻らないとなさそう…

これから、来た道を引き返すと考えると、ちょっとぞっとしたけど、帰りは、ほとんどが下り坂、行きよりもウンと楽でした…

 

紅葉(こうよう)を楽しみながらも、帰路をいそごうよう

 

 

 

 

さてさて、上ノ郷公民館まで徒歩とほとほ戻って、そこからは、レンタル電動自転車…

で、昼食、午後1時過ぎの時間に寄ったのが

 

やっぱ、中山道を歩いて、古の風に癒されたから、ここは、やっぱり和食でしょうと思って

選んだお店が「和食 江戸川」

おすすめランチとあったので、注文したのが…松花堂弁当

 

食事前には、甘酒(ノンアルコール)のトマトジュース割をサービスでいただき(お店の何とか記念とか言ってたけど忘れちゃった)

 

ジャジャーン…これはこれは豪華な昼食

この「江戸川」を選んで大正解!!ちょっと、贅沢な感じのランチで

 

 

もう美味しくて美味しくて大満足!!

おかわり無料とあったから、つい…苦笑

せっかく歩いて瘦せた??はずだったけど

 

それにしても、よく歩いた!

この和食のお店「江戸川」だけに「乱歩」…もとい「何歩」歩いたか気になり、スマホのアプリをみたら

23090歩…

おお、歩いた!歩いた!!

帰りには、特にほしいとは思ってないけど

御嵩駅開業70周年のキーホルダーまでいただいて

開業70周年にかけて、私も70歳になった時でも、23090歩…歩けるように、精進するぞー!と、このキーホルダーをみるたびに、そう思うことにしよう…きっと、どこかにしまって、2度と見かけることのないキーホルダーのようにも思うけど…

 

さてさて、ひろみ(広見)線で終着駅、御嵩駅まで「みたけ・可児散策きっぷ」を使って出かけた今回の日帰り旅

一言でまとめるなら

「エキゾチック・ジャパン」だったな…

だって「2億4千万の瞳」…GO!ひろみ(広見)線…だけにね…笑


安城市にある…櫻井神社を参拝する!!

2025-01-05 07:32:29 | 歴史史跡

初詣…に関して

「鉄砲も、数うちゃ当たるー!!」

…と思ってるところがありまして

正月3が日は
可能な限り…笑
パワースポットへ…行っておきたい!!!
と思ってる…


いっぱい行けば…ウンよく
どこかの神様が…みつけて拾ってくれるかもしれない…


確率が高くなるよーな気がして…笑



やっぱ数撃たなきゃ当たらないでしょう???



そんなふうに
せっせと神社仏閣に足を運んでいる私…


で…今回書き綴るのが

安城市にある
櫻井神社

今ではNGワード「ジャ〇ーズ」の「嵐」の櫻井翔さんと同じ名前の神社ということで

尼崎にある櫻井神社と同様??
櫻井翔さんファンがこぞってここに参拝しにきているのでしょうか…

いや、それだけでなく
おそらく、ミスチルのファンもこぞって参拝しているものと思われる
いや、負けずにアルフィーの
ファンもこぞって参拝しているものと思われる
さらには、桜井日奈子ちゃんのファンも
櫻井梨央ちゃんのファンも
いや、ひょっとしたら、中日ドラゴンズの圏内でありながら、阪神タイガースファンも多く参拝しにきているに違いない…
(阪神タイガースで「桜井」といえば桜井広大選手ですよね、とっくに引退しちゃったけど…)

そんな
櫻井神社を参拝する


櫻井神社は往古より桜井郷の産土神社として尊崇篤く
平安時代の「延喜式神名帳」に従五位「桜井天神」と記されている古社
当時は「神明社」と称されていたが
1610年、徳川家康の命により本殿の修築が行なわれ、「三河三白山社」として歴代徳川家の崇敬を受けてきたとのこと
ちなみに、「三河三白山」とは、上条白山媛神社、大岡白山神社、桜井神社の総称…徳川家康の祖父、松平清康は出陣にあたり、これらの神社に武運長久を祈願したらしい…徳川家康もそれにならってこれらの三社に社領を寄進したんだとか…
江戸時代の寛永年間に社号は「桜井権現」と改称され、今は、「桜井神社」と改称されているこの神社

ご祭神は伊弉諾尊さま、伊弉册尊さま、 菊理媛尊さま

ちなみに
社殿周囲は小さな丘のようになっており、「比蘇山古墳」という古墳なのだそう
「比蘇山古墳」は前方後円墳だったという説も??

参道はとても長くて

これは
「三の鳥居」

IMG_5432

もう正面に拝殿がみえます!


手水舎


IMG_5434

龍は頭だけ…

IMG_5435



昔は、手水舎の水は井戸水だったんでしょうね…

IMG_5436

しっかり手を浄めて…
もう澱んでしまっている心は簡単には浄められないけど
手だけはしっかりと
この時期、インフルエンザが猛威をフルってますしね…
手はしっかりと浄めるついでに洗って…

石段をあがった高いところにある
拝殿にて「二礼二拍手一礼」

けして、櫻井翔くんに会えますように…
なんては願ってませんよ

なんかサ、クライニュースの飛び交う世の中
少しでも前向きに明るくみなさんが、私自身も生きていけたらと

そう願って
「二礼二拍手一礼」



IMG_5439



IMG_5433


IMG_5443



拝殿の左右には
狛犬&獅子

IMG_5440


大正時代の狛犬&獅子であるよう

IMG_5442

菅原道真公も合祀されていることから
伏せ牛も…

IMG_5441

奥には本殿がみえました!

IMG_5444



さてさて参拝後は
境内をぐるっと…



県社になる前の…郷社だった頃の社号標が境内の外れにポツンと

IMG_5438

拝殿の石段を下りた左側には

御鍬社跡を示す石碑

IMG_5437

これを進むと、下の方に弁財天社がみえました
廻りの池の水は、すっかりと枯れているけど

IMG_5445

ではでは弁財天に向かって降りていくと
その途中には、御神木…

IMG_5446


IMG_5447

櫻井弁財天社の社号標
そして、石鳥居

IMG_5448


この奥に境内社だと思われる
弁財天社


IMG_5449



IMG_5450

そして、こちらの境内社は
稲荷社と山神社の合祀

IMG_5451

本殿の裏の森は
「比蘇山古墳」という古墳であるようで
そのそばにある史跡は
「山伏塚及び野田家墓碑」


野田熊勝は、紀伊国野田郷の修験者として718年にこの地に居を定め、この地の大神と共に桜井神社の御祭神の一柱である菊理媛神を奉祀したと伝承されているとか

江戸時代になり、「三白山社」として徳川家の崇敬と庇護をうけて神社は栄え、代々世襲にて野田家は神主をしていたそうな

IMG_5454

桜井神社の神主、野田家代々の墓碑

IMG_5455

IMG_5453

この樹木のある小山が「山伏塚」かな
前方後円墳だったという説も
樹木の根元に宝塔があるのが確認できました…

IMG_5452

この「山伏塚」も古墳といえば古墳
「櫻井神社」も「比蘇山古墳」という古墳の墳丘に
鎮座しているし…

もう…ここにこれば
偶然に櫻井翔さんに会ったくらいに「コーフン」せざるをえないでしょう
「コフン」だけにね…

さあ、ここ、櫻井神社で参拝してさ、くらい(暗い)気持ちを「ゴフン(5分)」で吹き飛ばす!!
なんてね…


ちなみに今年は蛇年…
蛇がでるなんて、縁起がいいじゃないか???


IMG_5431


古代史の悲劇のヒロイン弟橘比売が鎮座する入海神社と、その境内にある入海貝塚

2024-12-25 06:41:08 | 歴史史跡

東浦町にある

入海神社を参拝する…

2台ほど停めれる駐車スペースに軽四を停めて、鳥居のある方向へ向かって狭い路地を歩く…と

右手には、神池…

ジミにが泳いでいます…エサをもらえる習慣がないのか、もの音を立てて、こっちへ「コイ!」と呼んでも全然反応がありません!

そんな神池を通り過ぎて

入海神社の第一鳥居へと

入海神社は『延喜式神名帳』に記される宝亀年間(770〜780)の鎮座と伝えられる式内社

ご祭神は

弟橘比売命さま

ご由緒書きによると

昔、日本武尊さまが東征の折、当地の穂積忍山宿禰は水軍を結成し、娘であった弟橘比売命を日本武尊に同行させたという…そして、その旅路の途中、荒天に遭った際、全軍の安泰を祈り、弟橘比売命は海に身を投げ入れたと言われているが、 その後、弟橘比売命の櫛がこの地の紅葉川の辺りに流れつき、この櫛を祀ったことに始まると伝えられる…

全軍の安泰を祈り、弟橘比売命は海に身を投げ入れたから、海に入った神社…だから…「入海」神社…なるほど…と神社の社号に納得…

石段を上る途中には

入海神社御神田

狭いスペースですが、雑草がのびて荒れています…

さらにその石段の右側には

夜啼き石の水鉢

 

寛延2年(1749年)に奉納された石

立て札には「夜なき石 此の石は、当里にありしばしば古城の裏にうたう怪異伝わり 取るもの無し 神に奉り、水器となす」とある…


昔は緒川城にあり、夜になると犬の遠吠えのように鳴いた伝説があるようで

さらに進むと…参道ど真ん中に立つ樹木の奥には

二の鳥居

 

その手前左側には

蕃塀がある…

不浄除けのこの蕃塀は参道を折れて社殿に向う側とは反対側の境内との境界部分に設置されていて…本殿や拝殿の正面には位置してるけど参拝者は境内に入らないと気付きにくい…

え、ここに蕃塀があったんだと…私も後になって気づいた…

 

 

では、二ノ鳥居をくぐって、境内へ…

さっそく…手水舎で…手を浄めようと思ったら…新型コロナウイルス感染症の影響でしょうか…あるいは、参拝者が少ないせいでしょうか…

手水鉢が干上がっていました…

 

このイラストのように、こんなふうに柄杓を使って手水ができる日がくるのでしょうか…柄杓はどこにも見当たりませんし…

でも、そばの水道の蛇口をひねれば…ホースの先から水が出て手を浄めることができます…

またまた、新型コロナウイルス感染症が騒がれてきたこの時期

ここは念入りに…ひょっとしたら、へばりついているかもしれない新型コロナウイルスを洗い流して…と持参している手指消毒液でシュッシュ…

これで、弟橘比売命さまも、新型コロナウイルス感染の悲劇を被る心配もなく…安心でしょう??

 

境内には

弟橘媛命さまが入水時に詠んだ歌が石碑に刻まれていて

 

「佐泥佐斯佐賀牟能遠怒迩毛由流比能/本那迦迩多知天斗比斯妓美波母」

「真嶺刺し 相模の小野に 燃ゆる火の 火中にたちて 問ひし君はも」

歌の意は…相模の野原で火に囲まれた時、火中に立って私を気遣ってくださったあなたが、どうかご無事でありますように…

弟橘媛命さまは、海の神を鎮めるため自らを生贄として身投げした…
すると、荒れていた波はすっかり静まって船は海を渡ることが可能に…
その七日後、弟橘媛命さまの付けていた櫛が岸に流れ着いたといわれるその辞世の句として詠んだ歌が、上記の歌

 

そんな古代の悲劇のヒロイン、弟橘媛命さまに

拝殿にて、二礼二拍手一礼

 

左右の狛犬

土台には「相海(相模の海)」「波静(波が静まる)」と刻まれていました…

 

その拝殿の左右にはずらっと境内社が

まずは

龍神社

毎年Bクラスの中日ドラゴンズはどうでしょう…参拝してた頃、話題になってた阿部選手、京田選手の放出…このブログがアップされる頃は、そのトレードは成功になってるのでしょうか??龍神社とはなんの関係もないけど

さらに拝殿の西側の回廊前には石垣の組まれた基壇が設けられていて、基壇上に境内社が五社並んで

西から

南山神社

北山神社

境内社五社の中央…立派な津島神社

天神社

そして子安社

その手前には、歴史を感じる石灯籠

拝殿の東側には

八幡社と宗像社が合祀…

招魂社

 

その後は、ぐるっと境内を散策

境内の中央にはブルーシートで覆われた、御神木のような木が1本

倒壊(とうかい)の危険性があるからでしょうか…東海(とうかい)地区にある神社だけに…??

倒壊(とうかい)するって、本当かい??(ほんとうかい??)

これ以上、続けると弟橘比売命さまに愛想を尽かれそうなのでやめとこ…

 

他には、お祓い所

愛子皇孫殿下御生誕記念の藤棚

さらには、戦捷紀念碑など

そして、そう…この上記の写真でお気づきかも知れないけど

この境内は

「史跡 入海貝塚」

縄文時代の貝塚なのよ!!

まあ、言うなれば入海貝塚のある場所に入海神社が創建されたのよ!!

その貝塚の見つかった場所は立ち入り禁止になってますが…

案内板…

衣浦湾に注ぐ境川流域の台地上にあり、貝層は主としてハイガイ等によって構成されています…出土した土器は東海地方の縄文時代早期(約7000年前)の基準となり、「入海式土器」と呼ばれています…わが国における縄文時代早期文化を知る上で価値が高い遺跡です…とのこと

さらに、この案内板の裏側に…立入禁止と思われるところに

この案内解説板があったりして…

解説を読むために…境界線に沿って二歩だけ、足を踏み入れてしまったことをお詫びしておく…というよりも立入禁止の柵をちょっとずらさないと…この解説板が読めないので

ハイガイがたくさん出てきたようで…

はー、意外!!(ハー、イガイ)なんては思わなかったけど

 

拝殿が建立されているので、今となっては発掘できないけど…きっと拝殿の下には、7000年前の…はー、意外!!(ハー、イガイ)と思われるものも埋まっているような気がして

いやー、そう妄想しちゃうと、なんだか、悠久の歴史のロマンに浸っているようで、土器土器…もとい…ドキドキしちゃいますよね…


徳川家康の生母「於大の方」が暮らしていた刈谷市にある「椎の木屋敷跡」に行く!

2024-12-21 05:54:23 | 歴史史跡

徳川家康の生母、「於大の方」

 

初代の刈谷城主水野忠政の娘である於大の方が岡崎城主松平広忠に嫁いで竹千代(徳川家康の幼名)を生み、のち離縁された後、坂部城の久松俊勝へ嫁ぐまでの間、移り住んだといわれている

「椎の木屋敷跡」

に行く!!

場所は刈谷城址から北東の方面、亀城公園の駐車場から歩いていくのがベスト、道が狭くて、駐車場は縦列駐車なら2台停めれるスペースはあったかな…

私が訪問したときには、休日というのに誰もいませんでした

だけど、2023年のNHK大河ドラマが「どうする家康」だったので、この「椎の木屋敷跡」も2023年だけは、人がわんさか訪ねていたのでしょうか?

 

このあたりに大きな椎の木が何本も茂っていたことから「椎の木屋敷」と呼ばれるようになったそうな…

江戸時代には霊地とされ、一般の人の出入りが禁止され、鍵がかけられていたそうな…さらには、中には五輪塔が数基、そして地蔵尊が立っていたとか…

 

坂の入り口の左右に「旧蹟 椎の木屋敷跡」「徳川家康生母 於大の方由緒の地 この奥にあり」という石碑があって

 

この坂の上にあって、今では、公園に整備されています…

公園と言っても、遊具なんぞ一切なく…歴史公園ふうに整備されてて…

 

この説明解説板によると

この辺り一帯が「椎の木屋敷」と呼ばれていたようで、屋敷と言っても、城跡のように高台にあるのが、この図からわかります…

 

うっすら紅葉している樹木の中に、石碑やらが点在してて

椎の木屋敷の由来の石碑

そして、ここにどどんと石碑が…

「於大の方由緒の地」

実に歴史を感じる石碑…土台に蔓延る苔が、歴史の重みを感じさせますなあ

 

さらには、なにかか刻まれていそうで、写真を撮りましたが、何も刻まれていなかった巨石…

このあたりが日本庭園のようになっていたのかもしれません

おそらく、「於大の方」も眺めていたと思われる老木

その横、写真の右側に急勾配の石段があり下りてみたけど、その先は草が生い茂ってて、以前、このようなところに入っていって、ヤマトマダニに刺されて大変なことになったから、その先に進むのはやめておきました…ひょっとしたら、遺構らしきものがあったのかもしれませんが…

さて、以上紹介した「於大の方由緒の地」の石碑のある場所は、なんだか昔のまんまで、特別に整備されてる感じはありませんが…

細い道を挟んだ反対側には、ちゃんと公園として、整備されています…

東屋もあり、市民が、観光客がくつろげる施設…

まあ、誰一人いませんが…

石橋も架かっていて、整備された頃は、ここは池だった??のかも…

まあ、土を池に見立てた日本庭園風に整備しただけかもしれないけど…

 

さてさて、誰もいないと思いきや

この方が座ってらっしゃいました!!

 

「どうする家康」での松嶋菜々子さんが???

 

いや、実際は

17歳で家康を産んだ「於大の方」が…

時代の波に流され、離縁されたものの、我が子竹千代を思うような、この表情、実にこの

素晴らしいぞー(像)…って、このオヤジギャグ、小学生か!!

竹千代を産んだ後、実父の水野忠政が亡くなると、その後を継いだ兄の信元は松平家と手を切り、織田方に従うこととなる…
そこで松平広忠は今川家から圧力を受けることを恐れて於大の方と離縁し、実家の水野家に帰すことに…
それは、竹千代がまだ3歳になったばかりの頃だったとか…

そんな「於大の方」の像がここに…

みなさんも刈谷にきたときは、この「於大(おだい)」の像を、ぜひみにきてちょ於大(おだい)…??

もとい、ぜひ、みにきてちょーだい…な

 

 

 


歴史リアル謎解きゲーム「謎の城」in 岡崎市「徳川家康公 天下人への道 〜⻩金龍の伝説〜」で東岡崎駅周辺を歩き廻る 

2024-12-19 06:27:20 | 歴史史跡

JR岡崎駅コンコースにある
岡崎市観光案内所で
あるチラシが目に留まった…

歴史リアル謎解きゲーム「謎の城」in 岡崎市「徳川家康公 天下人への道 〜⻩金龍の伝説〜」 


これ、な、なんと参加費無料、タダ、タダなのよ!!!


チラシの裏に載っている「お試し謎」を解くと
名鉄東岡崎駅周辺の2つの寺社、さらに2カ所の、徳川家康や家康と結びつきの強い家臣たちの像のあるところへ行って「謎解き」をするみたい…

毎日8000歩以上歩くことを日課にしている私にとっては実にありがたい
タダでできちゃう「謎解き」…

ただ難点は、謎解きで歩き廻る舞台である東岡崎駅までの電車賃がかかること…

でも、普段歩いていない街を歩くことは楽しいし
観光も兼ねて…と思って、休日に東岡崎駅まで…

東岡崎駅
ほんの数年前は岡ビル百貨店が鎮座してて
昭和臭漂う東岡崎駅前の雰囲気が好きだったのに…

その岡ビル百貨店は解体が始まってきているようで
見事に覆われていました
駅も今まで自由に岡ビル百貨店のところをとおって行ける通路が解体のため通行不能になってて
ちょっと迷路…
まるで、初めて来た街のように迷いますがな

解体される岡ビル百貨店
完全閉店間近の頃のブログもお時間あったらどうぞ

悲報…完全閉店…行きも帰りも…行けなくなっちゃう岡ビル百貨店!


2021年5月中旬…昭和33年(1958年)創建の名鉄東岡崎駅直結の岡ビル百貨店の異変に気付く…の巻

IMG_4948

さてさて、哀愁深く「岡ビル百貨店」を見つめた後には
「徳川家康公 天下人への道 〜⻩金龍の伝説〜」の謎解きのチラシに載っているストーリー

岡崎に生まれ、苦難の人生を歩みながらも
天下人として、江戸幕府を開いた武将。
その名は徳川家康。

家康公の数奇な人生を紐解きながら、史跡や寺社を巡れば
天下を取れる気運があなたにも訪れる……かもしれない!?

これは序章
もういただいた冊子を見れば廻る4カ所が示されている
その場所で、謎解きをし、その答えを集めて
「はじめの関門」と呼ばれる…たぶん、ちょいと難しい問題を解くと
「序章」はクリア…「次の章」へと進んでいく
まあ、謎解きにはよくあるパターン


IMG_4933

さあ、「謎解き」をし、楽しみながら、かつ旅気分を感じつつ8000歩以上、歩くぞー!!

ということで、まずは
東岡崎駅近くにありながら
寄ったことのなかった
龍海院で「謎解き」をする

まあ、「謎解き」はすんなりと…
龍海院は徳川家康の祖父、松平清康が夢のお告げにしたがって建立
墓所もありました…

山門


IMG_4973

個性的な屋根
芭蕉庵かと勘違いしそうな本堂


IMG_4989

観音堂
IMG_4983


ググると山の上の方に「築山稲荷神社」があるようでして
なんでも岡崎城に入ることを禁じられた瀬名姫は、近くの尼寺にほぼ幽閉される形となり、傍に「築山稲荷神社」があったことから、瀬名姫は現在の「築山殿」と呼ばれるようになったとのこと

その神社はかなり丘を登らなくちゃいけないようで
まだ、序盤、歩き廻ってたら、後半バテると思って
「築山稲荷神社」参拝は見合す
ああ、有村架純さんに会いたかったな
(「どうする家康」の瀬名姫(有村架純さん)を未だにひきずる私…汗)

続いては
「六所神社」へと
ここは、すでに参拝で立ち寄ったことあり

徳川家康の祖父松平清康が創建し、
徳川家康の産土神として
江戸幕府の厚い保護を受けた…家康公ゆかりの神社

お時間あったら、こちらのブログもどーぞ


初詣…第3弾…岡崎の六所神社に行く!!

IMG_4959


IMG_4960

参道の途中に名鉄の踏切…

IMG_4961

境内、紅葉がめちゃ綺麗で

IMG_4962


IMG_4963


IMG_4964

紅葉に見惚れて、見惚れて…肝心の「謎解き」に必要なオブジェがみつからない!(笑)

IMG_4972

楼門
楼門は将軍德川家光の命により建てられたものだとか…

IMG_4965

紅葉が赤い拝殿をバックに映える!映える!

IMG_4966


IMG_4967


IMG_4968


IMG_4969

はい、拝殿にて
ニ礼ニ拍手一礼

IMG_4970

楼門すぐの、石段の傾斜の急なこと
階段(かいだん)落ちしたら、あの世へ、いや、そのまま私が怪談(かいだん)話の主人公として、でてきちゃうかも?


IMG_4971

あ、「謎解き」は、指示されたオブジェをみつけるのを、紅葉に浮気しちゃってたので、ちょっと時間を要したけれど、見つけちゃえば問題なく…

続いては、東岡崎駅直結のロータリーの2階に、どどんといてる
徳川家康公の像をみながら、「謎解き」

バカデカイ徳川家康公の像は、今までも東岡崎駅にきたときに目に留まって、パシャパシャ写真を撮ったことがあるけど

今回、「謎解き」をしなかったら、「四神像」に目を留めることはなかったように思われる…



この家康公の写真は何度も撮ったことがあるけど

IMG_4958


IMG_4957


「厭離穢土欣求浄土」と刻まれた台座の写真をも撮ったこともあるけど

IMG_4954

この「四神像」の写真を撮ったのは初めてのような


IMG_4952

いやあ、「謎解き」のおかげで、「四神像」がしっかりと見れてよかった

それまでは、徳川家康公の像の台座に「「四神像(ししんぞう)」がいることを「知らんぞう」になってましたからね

IMG_4953

ここの「謎解き」も難なくクリア

IMG_4956

続いては木製の歩行者専用の
「桜城橋」を渡る

IMG_4935



IMG_4936

桜城橋からみえる…ホテルの奥の方で遠慮がちにチラッと顔をのぞかせる
岡崎城

IMG_4937


さてさて桜城橋を渡ったところには
徳川家康公の家臣の
石像が4体ありまして


IMG_4943

まずは
井伊の赤鬼
井伊直政


跨ってる馬の顔と足がないのが気になりますが
きっと肖像画??に忠実に作られているのでしょう
これで井伊のだ…もとい…いいのだ!


IMG_4939


十万石の檄文
榊原康政


そういえば
ずっとここまで歩きっぱなし
足を康政んと…もとい…休まさんと



 IMG_4941

檄文は、このように記されておりました…


IMG_4942


伝説の太鼓
酒井忠次

この起きた…いさかいを鎮めるぞー!!

太鼓を叩いてやかましいさかいに…

(みなさんは、どっちのオヤジギャグが好みでしょう)


IMG_4945

家康に過ぎたるもの
本多忠勝

戦いには、ただ喝をいれて…



IMG_4947

さてさて、ここの「謎解き」も問題なくクリア…

しかし、それらの答えを集めて解く
「はじめの関門」で「謎解き」に毛躓く…

「むむむ…」

熟考すること、約30分
「わかんない!わかんない!わかんない!」

でも
突如、閃く!
「わかった!」
「謎解き」の楽しさはこの瞬間といっても過言じゃない!この感覚、便秘気味だったのが、でてスッとした…この感覚に似てるかも??
自力で解けたことがめちゃめちゃ嬉しい!!

「六所神社」は紅葉してたけど、私も気分が高揚!!

舞い上がって、舞い上がって

岡崎市観光協会(籠田案内所)のある場所が
東岡崎駅直結の「東岡崎駅観光案内所」のところだと勘違いしてて

岡崎市観光協会(籠田案内所)は、実はこの4体の石像のすぐ近くにあるのに…

わざわざ、東岡崎駅の「東岡崎駅観光案内所」まで戻って
約10分くらいは歩いて戻って
ここで、衝撃の事実を知ることとなる

な、なんとクリアした回答は、岡崎市観光協会(籠田案内所)で受付だった!石像の近くであったことを

「がーん!」

要は無駄に駅まで戻ったことに

往復約30分弱、時間も痛いが、歩いたことも痛い!というのは
だいたい私、歩数が2万歩こえると、疲れを強烈に感じるようになるのよ!ここまで、すでに、18000歩、ヤバい!ヤバい!
足が棒に化しつある…汗

勘違いで東岡崎駅まで往復し
徳川四天王の石像からは、近くにある籠田公園へと


IMG_4998

もう、勘違いにハットしたよ!…はとだけに

IMG_4999

足が棒になりつつ
さて、ここが岡崎市観光協会(籠田案内所)

IMG_5000

これが、回答を入力する
金庫

実は解答を勝手に間違えて思い込んじゃってて、何度か入力間違いしてたら、金庫が「ピー」と異常音を鳴らして、観光協会のスタッフを困らせてしまいました!

足がになってますが、けして、ボーっとしてた訳でもないのに

すみません!

IMG_5001

さて、金庫の中に入っていたのが、この「謎解き」の冊子

~第ニ幕~


IMG_5002

そして、向かったのが

誓願寺

徳川家康公が自らの官位勅許のなかだちをした泰翁慶岳のために建立した寺
浄土宗西山深草派の寺で
山号は諏訪山


1945年の岡崎空襲によって全焼してしまって、その後、再建もしていない様子

ここが山門
石柱門だったのかな


IMG_5016

このお寺、台地(丘)の上にあって、足が棒なのに、登り坂をひたすら…

墓地はあれど本堂はありません!

「国破れて山河あり」
杜甫(とほ)になった気分で、とほとほ歩く


家康公が幼く竹千代と呼ばれていた頃、弓の稽古をしてた場所で、腰を降ろし休んだと伝わる「虎石」が境内のどこかにあるらしいんだけど、どこにあるのか、わからない…

阿弥陀石仏

 

IMG_5004

境内には、諏訪神社

諏訪神社は、1523年、岡崎城主、松平信貞が、諏訪大明神を勧請したのが創建と伝わる…


IMG_5005



IMG_5006

古い!古い!市の指定文化財の石燈籠
岡崎で最も古いものだそうな

IMG_5007


IMG_5008

諏訪神社の前に狛犬

IMG_5009

ちゃんと諏訪って…もとい…ってますなあ

IMG_5010

小さい拝殿だけど
ニ礼ニ拍手一礼

IMG_5011

紅葉が綺麗で
奥の建物は、本堂ではなくて、たぶんこのお寺の方の民家

IMG_5012

境内には新しい?地蔵堂が
本堂は、みあたらないけど

IMG_5013


IMG_5014

足が棒なのに、よくぞ登ってきたものだ…

IMG_5015

続いては
歩いて近かった隋念寺
ここで解いた「謎解き」は、秒殺

IMG_5017

さてさて、この隋念寺、誓願寺とはめちゃ近いのに、岡崎空襲を逃れたんだって!
それはそれは、立派な城郭寺院でした!

IMG_5019


浄土宗のお寺で
ご本尊は阿弥陀如来さま

正式名称

仏現山善徳院隨念寺

の本堂

IMG_5027

昭和の建立ですが、墓地の奥に、目に留まる三重塔も

IMG_5034

そして徳王稲荷社金刀比羅社へと

同じ境内だけど
こちらは金刀比羅社の扁額のある鳥居


IMG_5043

同じ境内だけど
こちらは徳王稲荷神社の扁額のある鳥居

IMG_5063


IMG_5067

拝殿にて
ニ礼ニ拍手一礼

IMG_5048

ここの「謎解き」も解けたものの、これ以上、歩いて廻るには、ホントへばってて、ここまで25000歩、もうこれ以上、歩き回るのは無理と

くたびれて断念

天下人への道 〜⻩金龍の伝説〜の謎は、わからないまま

⻩金龍の伝説(でんせつ)はわからないまま
まあ、歩き回りすぎて、関節(かんせつ)は痛いけどね!

IMG_5068

もう一回、この続きをやりにこようかな、でも電車賃やバス代もったいないかな
と、優柔不断な私
ええかげんに聖夜…もとい…ええかげんにせいや

IMG_5069


絶対に…絶対に…ミニスカートはご法度だよ!国宝犬山城…後篇

2024-12-01 06:57:50 | 歴史史跡

国宝犬山城、攻城の続き…

これにて、一周ぐるっと廻ったところで、眺望タイムは終了…混雑してて、自由にもう1回ぐるっと廻ることはできなくて…後は降りるのみ

最上階は
「高欄の間」というようで

IMG_2661


そこには歴代城主のパネルがずらっと…

IMG_2659



IMG_2660



降りて
三階部分は、唐破風の間

IMG_2662



IMG_2663

頭をぶつけないように細心の注意を払って

IMG_2664


先程も眺めた
2階にある
犬山城の躯体模型

IMG_2665

国宝5城のパネル
もちろん中心は「犬山城」
初めてこの犬山城にきたときは、この写真じゃなくて
セピア色に焼けてた写真で…それの方が歴史を感じて、味わい深かった記憶が残っていることは
私の勝手な個人的な感想

IMG_2666


IMG_2667



IMG_2668

付櫓
東南の隅の突出部

IMG_2669


IMG_2670

この2階には
城によくある光景、合戦の屏風図や甲冑などが展示されていまして

IMG_2671



IMG_2672


小牧山合戦着用の鎧


IMG_2674

ちょいとホラーっぽい!


石落としの間


IMG_2675



IMG_2676

に当たって転落した武士が目に浮かぶよう
「危ないし…」…はい「いし」だけにね

IMG_2677



IMG_2678

「鯱」と言われないと分からないくらい原型をとどめてはいませんが

IMG_2679

最も古い鬼瓦

IMG_2680



IMG_2682

「上段の間」


IMG_2686

お城の中の畳敷き部屋は珍しいんだって

IMG_2683

奥に「武者」が隠れてて
殿様かと思ったら…
みたいに…敵を欺こうとしてたようで…


IMG_2684

犬山城の鬼瓦は「桃」のデザイン

 

この犬山の地に桃太郎伝説があるのと関連性があるのでしょうか…


最後に「桃」だけに「ピーチピチ」のオネーチャンに告ぐ…

いや、「ピーチピチ」じゃないオネーチャンにも言いたい…

絶対、ミニスカートはやめた方がいいよ!!防ぎようがないから…

 

それとご年配の足腰の弱ってる方…

上段から落っこちたら「まっ」ではスミマセンから、無理しない方がいいよ!!

 

最後の写真は、もう一度

「上段のまっ」


IMG_2685


私も、あと何年くらい、こうした急な階段をよじ登れるんだろう…
「じょうだん(冗談)」じゃなくて…苦笑


IMG_2687





絶対に…絶対に…ミニスカートはご法度だよ!国宝犬山城…前篇

2024-11-30 06:32:24 | 歴史史跡

もう、何度も攻城してるけど
またまたまたまた
国宝犬山城に行く

えっ!?40分待ち…汗
何度も足を運んでいる犬山城
フツーだったら、やめとこって思ったりする待ち時間だけど

でも、名鉄の「犬山城下町きっぷ」を買ったから、国宝犬山城の入場引換券がついてくるのよ!

要は、タダで入れるのよ!

IMG_2610

まあ、入らないと、もったいないような気持ちもするから、行ってみようと
IMG_2611

犬山城と刻まれた巨石のある広場の
片隅には
下山順一郎胸像
犬山藩成瀬家家臣、下山健治の長男として生まれ
日本初の薬学博士、及び、東京薬科大学の初代校長


IMG_2612

その横には

IMG_2613

薩摩義士之碑が…目に留まる

18世紀、江戸幕府の命令により、薩摩からやってきて木曽三川を改修した薩摩藩士を讃える碑のようで

宝暦治水工事を行った薩摩義士たちに感動した大藪嘉一氏の遺言に基づきその兄弟が大正13年に建てたものだそう…

私が以前に綴ったこのブログも一緒にどうぞ!

 

幕府の露骨な弾圧政策…薩摩藩の宝暦治水と治水神社…

 

 

IMG_2614

その横には、榎塚
中川清蔵主の碑
中川清蔵主は
犬山城の戦いで、犬山城を守るべく奮戦して討ち死した龍泉院のご住職

IMG_2617


IMG_2615



IMG_2616

国宝犬山城の麓にある「三光稲荷神社」は「ハートの絵馬」でいっぱいで、若いオネーチャンがこぞって参拝してました

以前ここにきたときのブログをどーぞ!!

 

縁結び…私にとっては円結び…笑…の神社…三光稲荷神社に行く!




IMG_2692


IMG_2696


IMG_2693

ハートの絵馬で、若いオネーチャンに大人気…カップルもいっぱいの…「三光稲荷神社」の境内を通り過ぎる…

「ハート」に縁はないけど、歩いてて、この痛みはどこから??と「はっと」驚くオジサンがここに…

IMG_2694

なぜ、「三光稲荷神社」の境内を通り過ぎたかって??それは近道だから…(笑)

IMG_2695


IMG_2697



IMG_2698

登り坂にひぃひぃふぅふぅ言いながらも
この野面積みの石垣がみえてくると
元気がでてくる
石垣マニアの私


IMG_2618


IMG_2691

さてさて、入場券に引き換えて…入場券もぎりの鉄門をくぐれば…

そこには高橋研さん曰く、獣神サンダーライガーみたいな城だなーといった国宝犬山城が…

IMG_2619




IMG_2620

早速?チューリップのように!
並んだ!並んだ!

 IMG_2690



IMG_2621

このヘビ状の柵まで、並ぶこともあるんでしょうね

IMG_2622

ただただ、並ぶ、チューリップのように無心?で

IMG_2623

すると前列に、こんなミニスカートの…おそらく、高校生っぽい女子が!
私のブログを読んでれば、こんな悲劇はおきなかっただろうに!
というのは、犬山城の階段が急すぎて、スカートの中が、防ぎようがないのよ!

これが、そのことについて熱く??
語ったブログ…

国宝犬山城…の想い出…苦笑

ミニスカートはご法度だよ!!…国宝犬山城再訪!

このブログの効果でしょうか??ミニスカートの女性が見当たらなかった国宝犬山城!


IMG_2624

若い女性よ!このブログをチェックしよー…


IMG_2625

犬山城の外観は三重
でも内部は4階、地下二階の構造


IMG_2626

天守の内部、地下からも、ご覧のような野面積みの石垣がみれちゃう!

IMG_2688

あ、今回、私の前には、若いミニスカートのオネーサンではなく…20~30代のパンツを履いた中国のオネーサンでした…
まあ、結果的に、お尻を目の前に感じながら、急な階段をよじ登っていく訳ですけど

先に入ったあの女子高生は、この急な階段をみて、愕然としていたに違いない!
呆然としてたに違いない…

絶対、犬山城のwebに注意事項として記すべき

「ミニスカートは厳禁」ですよ!と

IMG_2627




IMG_2689

さてさて、城に差し込む光
窓の外の木曽川をチラ見しながら

IMG_2628


IMG_2629

城らしきものの骨組みの模型を眺めながら

IMG_2630

この木のヒヤッとした感覚
コンクリート城では絶対味わえないこの感覚
歴史が足裏からひしひしと伝わってくるようでいいですな

IMG_2631

でも、この混雑ぶり…
犬山城を守ってた中川清蔵主がみたら、腰を抜かす光景でしょうな
こんなに大勢の人に攻城されてて
みなさん、高いところに上りたいと思っているようで、並ぶ!並ぶ!!チューリップのように…

IMG_2633


階段途中にある頭上にご注意…




IMG_2635

これをみずに柱に頭をぶつけた方がたくさんいたに違いない…その方にとって、犬山城の1番の想い出といったら、「頭をぶつけたこと」になるのでしょうね…

一方で、この看板を観たいがために、足元を見忘れて、足を踏み外して落下した方は、どうだろう???いただろうか…そんな方は「いぬ」…あ、山だけに??ね…

 


IMG_2637



IMG_2638


ここは3階部分…
まあ、降りる際に窓の外を眺めるとして
またまた最上階に上るのに
並ぶ!並ぶ!!チューリップのように

IMG_2639

最上階では、もう御覧のような列が…


IMG_2640


ぐるっと一周
人が多すぎて、2周はできません!

IMG_2641


IMG_2642


IMG_2643



IMG_2644



IMG_2645



IMG_2646



IMG_2647

順路の→どおりに進むと…

木曽川に落ちますがな…笑

IMG_2648



IMG_2649



IMG_2650



IMG_2652

順路の→どおりに進むと…

木曽川に落ちますがな…笑

IMG_2651

向こうにみえるは、日本モンキーパークと成田山と
…「パブレスト100万ドル」

犬山遊園駅前の異次元空間「パブレスト 百万ドル」に立ち寄る!!

 

犬山遊園駅前の驚愕の!異次元空間「パブレスト 百万ドル」に再訪!!


IMG_2652


IMG_2653


この足もとの木材が朽ちて
転落した武士もいたのでしょうか…ちとスリルが味わえちゃう


IMG_2654



IMG_2655



IMG_2656



IMG_2657

今回のブログが、長くなっているので、次回に続く…


「犬山城下町きっぷ」で「からくり町巡り」

2024-11-28 06:10:42 | 歴史史跡

毎日、8000歩以上歩く!
これ、自分自身に課した健康の目標

少しでも少しでも
お腹廻りの贅肉と、おさらばできたらと
そう願って

そんな2024年10月の末のこと

とにかく歩こうと!とにかく歩こうと!!…でも歩くためには、きっかけが必要なのよ…

近所を歩こうと思っても、雨だからとか、直射日光の日差しが強いとか、なにかと歩きたくなくなる理由を、おそらく私の贅肉がそぎ落とされまいと、脳に指令を送ってくるのよ!!

 

ということで、購入したのが

「犬山城下町きっぷ」

当日の朝、思い立って購入したこの切符…

これ…
犬山での名鉄電車の往復乗車券に
国宝犬山城の入場券がついて
さらには、「名鉄クーポン」といった
犬山城下町にある店舗のスイーツ、土産物、珈琲などが割引になるクーポン券がついて

名古屋駅から
往復で


1630円なのよ!!!


(名古屋駅までは、定期券区間だからね!)


なんどか行った犬山だけど
江戸時代の歴史の風を感じながら
城下町を散策して
歩いて…歩いて…



食っちゃ寝!食っちゃ寝!…の休日を打破!!!

 

おそらく、この切符を買わなかったら??雷様のようにゴロゴロゴロゴロ…喰っちゃ寝!喰っちゃ寝!していたことでしょう!!

 


IMG_2493



IMG_2494

名鉄の急行電車に乗りこんで…
名鉄犬山駅に到着

名鉄犬山駅からも、国宝犬山城がみえるんですね!おお、「ワン」ダフル
「犬」山城だけにね!


IMG_2495

さて、この日
犬山にやってきたのは、実は理由があって
犬山城下町一円で
「からくり町巡り」
というお祭りがやってて毎年、春に開催される犬山祭りで奉納される車山のからくりの実演が犬山城下町の中の7ヵ所で行われてるとのこと

IMG_2507

犬山城下町の本町通りは、かわいらしいお店も多く、若い男女で賑わっていますが
ひとつ、路地をそれると、江戸時代にタイムスリップしたようなこの光景
なかなか古の風を感じることができていいですなあ…本町通りよりもウンと心が穏やかに


IMG_2702

でも、お腹が空くと、人のにぎわう、お店もたくさんある本町通りに、行っちゃうんですけど
その本町通り沿いにある
「どんでん館」が「からくり町巡り」
というお祭りに合わせて無料開放

要はタダ

タダであれば、喜んで立ち寄りますがな

あの…「どんでん館」といっても、元阪神タイガースの監督、岡田さんの館では、ありませんので、勘違いなさらないように!


 IMG_2496

山車蔵が空いていて
山車(だし)が、だしおしみなく、公開!

IMG_2506


IMG_2497

見上げる角度でパシャ!

IMG_2498


IMG_2499

今度は、二階から見下ろす
ホント、デカイ!デカイ!


IMG_2500

唐子のからくり人形の展示

IMG_2505

「犬山祭車山巡行絵巻」


IMG_2503

といっても、立体的

IMG_2501

ちょいと、人の作り方は雑…(笑)

IMG_2504

人が倒れてる!
犬山祭殺人事件か?
これぞ、血祭りか??
「犬のおまわりさん」…もとい「犬山のおまわりさん」に早く通報してよ!
無事を祈る!!

IMG_2502

以上、立派な山車(だし)がみられる
「どんでん館」
普段は、有料、ただし「からくり町巡り」のこの日は無料でした!

さてさて、この本町通りを歩いてると
小山卓治さん、高橋研さんが出演しました!私も付き添いで、いきました!

「愛知北エフエム放送」のスタジオが…
何度も、犬山城下町を歩いてたけど、ここにスタジオがあるなんて、小山卓治さんと、マネージャーのイズミック(今泉さん)とくるまで、知らんかった!
ちなみに、パーソナリティーは、ユーミックさん!そのせいで、ここでは私、ドーミックと呼ばれ…苦笑


IMG_2701

さて、本町通りから外れ
ここは、犬山城下町の熊野町


IMG_2512

住吉台の白楽天
「唐の白楽天と老漁夫」の知恵問答が、からくり人形で、繰り広げられるらしいけど
プログラムをみたら一時間半後の実演とあったので、そうとうな待ち時間…とっとこ諦める…


IMG_2513

ぶらぶら歩いて見上げた山車は
犬山城下町の魚屋町

ここで、「日蓮上人星下りの図」のからくりの実演が
こちらは終わったあと
終わった後なので、観覧不可能…

IMG_2703

ちょうど、からくりの実演時間とタイミングがあったのが、犬山城下町の枝町の山車蔵から顔を出している山車の上の方で行われる

「遊漁神」のからくり

地名から思うと、先ほど立ち寄った魚屋町の方が「遊漁神」のからくりの実演にあってるような感じがするのに…と、部外者の勝手な感想


IMG_2514



IMG_2510

恵比須さま

IMG_2516

恵比須様が岩の上に腰を下ろし、釣りをしている
釣竿をお供の子供(唐子)が、魚の群れを磯近くに追い込んだよう…

IMG_2517

やがて大鯛、小鯛が現れて、辺りを泳ぎ始めます。恵比須さまは、見事なを釣り上げる!

いやあ、めで鯛!めで鯛!
そんな感じでしょうか?

IMG_2518



IMG_2519



IMG_2520



IMG_2521


さて、もう一つみた、からくりの実演は「IMASEN犬山からくりミュージアム」の前の広場

この「狸々」のからくりの実演が終わったところでした
この実演者が、プログラムによると、犬山中学校のみなさん
犬山中学校には、「からくり」部といった部活があるのかな?
あるいは、野球部で、「からぶり」した生徒が、からくり部を兼部するのかな?


IMG_2699


IMG_2700

その後は犬山城下町の新町のみなさんによる
「浦島」のからくりの実演

IMG_2704

このはまぐりっぽい貝殻の中からでてくるのが、乙姫さま

IMG_2705


IMG_2706

首だけ登場?では、ありません!
乙姫さまが首だけ登場?だと
きっと、客席から、おっと、ひめー(悲鳴)が聞こえてくるに違いない…

IMG_2707


IMG_2708


IMG_2709


IMG_2710

ちゃんと玉手箱をもって貝殻の中から現れる!

IMG_2711


IMG_2712


IMG_2713

浦島太郎に近づいていき

IMG_2714

玉手箱が乙姫さまから浦島太郎へ

IMG_2715


IMG_2716


IMG_2717


IMG_2718


IMG_2719

ついに受けとった!
無事に受け取れるかどうか、実はみている方もハラハラドキドキ

受けったときには、大きな拍手が沸き起こる!



IMG_2720


IMG_2721

さてさて、乙姫さまは、の中にります…もとい…ります!

IMG_2722

貝の中に入ったかと思えば、ひっかかったのか再度顔を出す乙姫さま

IMG_2723


IMG_2724

これが、浦島太郎との別れを切なく思っている演出のようで、なお、いい(笑)

IMG_2725


IMG_2726

さあ、浦島太郎が、玉手箱を開けるよ!

IMG_2727


IMG_2728


IMG_2729

開けたその瞬間、白い煙が!!

IMG_2730

すると、玉手箱を開けた浦島太郎は、おじいさんに!!

IMG_2731


IMG_2732


IMG_2733

きっと、玉手箱を開けて「う、しまったー」
と太郎は思ったことでしょう

「う、しまったー」太郎、だけにね!

IMG_2734


IMG_2735


IMG_2736

いやあ、からくりの実演がみれて、大満足!

満足しても、満腹にはならないので…

あの…「犬山城下町きっぷ」には、国宝犬山城の入場引換券の他にも「名鉄クーポン」なるものがついていて、それを使うと百円引きになるのよ!!

「クーポン」に割引に弱い私…

買っちゃいますがな…食べちゃいますがな…



IMG_2508

犬山に行くと
毎回食べたくなるのが

山田五平餅店の

「五平餅」

「名鉄クーポン」を使うと
1本100円の「五平餅」が
な、なんと…70円になる

2本買うと…200円のところが140円
3本買うと…300円のところが210円

はい、90円お得!!…3本買っちゃいました



IMG_2509

もう五平餅の味の感覚を超えてるー!!
とろけて…五平餅なのに…飲み物のようで…

いやいや、待てよ!!五平餅は飲み物じゃないぞー!!

やっぱ、ホンモノの飲み物を…

 

と、その前に

この観光ポスター


IMG_2607


この下の写真の場所がロケ地

IMG_2608

実はここ、地ビール提供のお店

「犬山ローレライ麦酒丸の内店」の店内の奥の小部屋

あの…ここで「名鉄クーポン」を使うと、ビールが百円引きになるのよ!!

「クーポン」に割引に弱い私…それ以上にお酒に弱い私

呑んじゃいますがな…呑んじゃいますがな…


IMG_2609



IMG_2603


IMG_2604

一回しかクーボンは使えなくて、二杯めからは、定価の700円になるけど、
ついつい、呑んじゃう!もう一杯!

IMG_2605

いやあ、地ビール最高!!

山が「ワン」ダーランド!!

 

でもそもそも…
こんなに…食べて飲んで…食べて飲んで…


果たして…この犬山散策が健康的で「私のお腹廻り」の贅肉減らしに有効だったのか…

お腹廻りの緊急事態宣言解除に向けて、確かに犬山城下町を歩いた!歩いた!!…けど、それ以上に、五平餅、犬山ローレライビール2杯(地ビール)と、他に、「いちぼステーキ串」と消費カロリー以上に呑み歩き、食い歩きしていたような…

 

この日、私のお腹廻りは減ったのだろうか?増えたのだろうか??

自問自答しながら、さっきから、くりをむいて、食べている私なのです。

そう、「から、くり」だけにね!

 


2025年、阪神タイガースの聖地??「藤川」駅&「藤川」宿へと…後篇

2024-11-21 05:36:46 | 歴史史跡

阪神タイガースの聖地??「藤川」宿

のレポの続き…をば

 

「脇本陣」
「藤川宿資料館」の館内…の展示品を早速、紹介すれば…

東海道、藤川の松並木の松

IMG_3449


関山神社の狛犬

IMG_3451

藤川宿のジオラマ

なんでも…
藤川宿は東海道の中でも規模の小さい宿であったこと
西隣の岡崎宿が栄えていたことから
ここに宿泊する旅人は少なかったこと…

そのところも忠実に…笑…再現されていました!

IMG_3452

高札が展示
何が書かれているのか、下の案内板をみないと、さっぱり読めません!!

IMG_3453



ニカワを塗るから字が彫ったように浮き出してみえるって


確か「庄野宿」のボランティアのおばさんが教えてくれたことを思いだしました!!…





そのすぐ隣が
本陣跡


IMG_3403


藤川宿本陣跡広場

IMG_3409


IMG_3408

ほんじん(本陣)は、ともかく、2025年の虎のがいじん(外人)は、どうなるのでしょうね

IMG_3404

広場を降りると
本陣の
石垣が残っていました…

IMG_3399



IMG_3400

城跡っぽい遺構(いこう)

みなさんも、この聖地にいこう!

IMG_3401



IMG_3402

高札場が復元

IMG_3405

高札場とは…
規則等を記載した高札を、交通の要所や人々が活発に出入りする市場などに掲げ民衆に周知させるための場所

IMG_3406

復元なので…ホンモノと違って、今でも読めます…

IMG_3407

すぐ近くには、銭屋跡

IMG_3444


IMG_3410


米屋(旧野村家住宅)



IMG_3411


IMG_3412

称名寺


IMG_3438

IMG_3439


IMG_3440

浄土宗西山深草派の寺院

お寺には
ぞうが…いたゾウ…2025年、阪神タイガースは優勝間違いないゾウ…(小学生か!!

IMG_3441


IMG_3443

合掌

IMG_3442

問屋場跡
江戸時代、この藤川宿の中心だった場所
人馬の継立てや飛脚などの業務が行われていた場所


IMG_3413


IMG_3414



IMG_3415

高札場跡
江戸時代には、ここに高札場があったようで

IMG_3416



IMG_3417

格子作りの屋並…

IMG_3436


IMG_3437

とにかく藤川監督のストレートのように、一直線の街道

IMG_3435

旧山中郷の蔵
昔からのものとは思えず、少なくとも外観だけは、リフォームされてますなあ

IMG_3421


IMG_3422

市場町公民館(旧市場公会堂)

IMG_3424

IMG_3425


津島神社
今となっては
参道が…線路や道路と分断されてて
この参道で本殿へ参ることはできないようで…


つっ!しまった!!」


失投してタイムリーを打たれた
現役時代の藤川新監督のような気持ちになります…

つしま神社…だけにね…???

IMG_3419



IMG_3420

対戦相手チームは赤い電車の広島カープか
青い空の中日ドラゴンズか

IMG_3418



「藤川宿」だから藤川新監督の現役時代のように
直球(直線)一本勝負!!???…
と思いきや

カーブも投げる…
同じように道が急に右に曲がり、また左へとクランク状に曲がってる…



これを

IMG_3426

「カーブ」もとい…「曲手(かねんて)」
というそうな…

なんでも
その効用は外敵から宿場町を守るためだとか…


藤川新監督が現役時代
対戦するバッターが直球(直線)一本勝負…と思って待ってたなら
「曲手」(カーブ)が来たら…確かに手が出なかった…??…(笑)


IMG_3427



IMG_3428



東棒鼻


IMG_3429



IMG_3430

歌川広重の「東海道五十三次」の「藤川宿」の浮世絵「棒鼻ノ図」が…
この場所での「絵」らしいんだな…

IMG_3431


IMG_3432

IMG_3433

安藤家に生まれた広重さん!!


一方…
虎の安藤コーチ…藤川新監督とともに頼むよ!!
吉本新喜劇の
烏川耕一さんに似てて
投げてるとき、口笛を吹いているんじゃないかと思ってたよ
現役時代、打たれても打たれても好きなピッチャーでした

さて
ここから藤川駅まで歩いて戻って
その歌川広重の「東海道五十三次」の「藤川宿」の浮世絵「棒鼻ノ図」が
道の駅「藤川宿」にどどんと


IMG_3466


IMG_3470


「藤川宿」は、ほとんど誰も歩いてなかったのに…道の駅「藤川宿」には、いっぱい人がいました!
昼食
きのこ丼
800円、お値段も味も、それなりに(笑)

IMG_3464


IMG_3465

実は気になったのがこちら
「家康御幣」

徳川家康の五平餅?!


IMG_3469



IMG_3467

はい、きのこ丼を
食べたばかりですが、
「家康御幣」の文字に惹かれて
食べちゃいまして

IMG_3468

これで家康気分で

IMG_3463

2025年は、阪神優勝

IMG_3461

2025年からは、阪神タイガースが、ずっと優勝し続けて
「天下泰平」だ!

IMG_3462

そうなったら、ええど、え江戸…


2025年には、阪神タイガースの聖地??「藤川」駅&「藤川」宿へと…前篇

2024-11-20 05:01:46 | 歴史史跡

2025年のプロ野球が球春を迎えれば
おそらく阪神タイガースファンがこぞって訪ねるだろうと思われる「虎の聖地」

真の!!真の!!!???阪神タイガースファンである私が
どーしても…行きたくなった場所…???


と言っても宜野座キャンプ場…
ではなくて

阪神甲子園球場のことでもなくて


王座奪回を狙う…藤川新監督の…

そう…藤川駅


IMG_3374

もう、いかにも王座奪還しそうな駅名

ただ、駅名は良いんだけど
広島カープのような
赤い電車に揺られないとこれないことは
みなさん!!覚悟してね…笑


IMG_3473


まずは
「虎の聖地・藤川駅」を撮りまくり…
さすがにオフシーズンと言うこともあって、あまり人通りが…ありませんけど…

IMG_3472



IMG_3376

藤川新監督が、現役の頃、優勝した2005年を語るなら
やっぱり…最強リリーフ陣…


JFK…と呼ばれた
ジェフ・ウイリアムス、久保田くん

そして…なんといっても剛速球でうならせた
藤川球児くん!!

あの頃は…勝利の方程式…なんて言われてまして
6回まで…阪神タイガースリードであれば…
7回に登場する…藤川球児くん
三者連続三振!!なんて…心底震えちゃうほどの…
虎ファンにはタマンナイ場面を何度もみせてくれたものだったなあ…

そんな藤川球児監督の
新、虎の聖地「藤川駅」


IMG_3378


IMG_3379


駅の周辺は、ところどころ「藤川監督」の…「虎」応援の…装飾でしょうか
阪神タイガースを盛り上げるこの色が、電柱のいたるところに…???

IMG_3458

一見、中日ドラゴンズのお膝元か、と思われるこの地域ですが、確実に「虎カラー」が浸透しつつありますなあ…でも、なぜか、危険そうな場所にばかりありますが…
まあ、それだけ「虎打線」が強力で相手投手には危険だー!???ということでしょうか…笑

こちらの歴史を感じる錆びた看板
2025年の阪神タイガースは
「不死身やー」ということでしょうか…

IMG_3459


さて、藤川駅から南にちょっと歩くだけで「東海道」に…
そこは「藤川宿」でして

IMG_3377


けっして
藤川新監督の常宿って訳ではありません…




そう…
歴史好き…あるいは…勘のいい…読者は
もう…
おわかりでしょう…笑


藤川宿は江戸時代の東海道の宿場町
品川宿から数えて37番目の宿場町のことなんですね…

写真は「藤川駅前ポケットパーク」の石標

IMG_3460


そこを西棒鼻から東棒鼻(宿場の出入り口)まで…


江戸時代の旅人気分で…
阪神タイガースの首位奪回を祈りながら藤川宿を
歩いてみようじゃないか…
というのが…


今回のブログ…でありまして…

IMG_3457


藤川駅から、南下、「東海道」との辻には



成就院の十王堂


IMG_3381


IMG_3380


十王(じゅうおう)堂…ちなみに…虎は獣王(じゅうおう)
まさに阪神タイガースの聖地にあるべきお堂のよう??ですな??



「閻魔王、五官王、秦広王、初江王、宗帝王、変成王、平等王、都市王、五堂転輪王、太山王」の十人の王を祀るお堂…

太山王…虎の背番号「3」だったら「大山王」…似ているけど、違うってことは、やっぱFAで、出ていくのでしょうね…


IMG_3382


その十王堂の横にいました…
屋根付きの仏様…
雨天(うてん)でも大丈夫…

ちなみに2024年の阪神打線は、うてん(打てん)かった…


IMG_3384


IMG_3385



そして…
松尾ドショウこと
この私が尊敬する
松尾バショウ(芭蕉)の句碑

ここに



IMG_3386


「爰(ここ)も三河 むらさき麦の かきつはた」

句の意
ここも三河なんだ… むらさき麦が…見事な紫色でカキツバタの花のようだ…


ここは当然
松尾ドショウも負けずに一句…

「これで3日 むらがる敵を かき蹴らす」



こんな意

「これで3日連続登板の桐敷投手 バッターを次々と かきけらす…」

この十王堂のすぐそば
小学校の隅の交差点が


西棒鼻


IMG_3391


IMG_3393


西棒鼻とは西の入り口のこと

西と言えば、西勇輝投手…まだまだ頑張ってもらわねば…

ところで、とうした??西純也投手!!

IMG_3387


IMG_3389


IMG_3392

「藤川宿」の説明看板

IMG_3390


脇にある句碑は…


IMG_3388

広重の師匠である歌川豊広の描いた浮世絵の中にある狂歌で


「藤川の しゅくの棒ばな みわたせば 杉のしるしと うで蛸のあし」

意味はこんな感じ


「藤川宿の棒鼻を見渡すと。杉の木で造った表示があり、店には、うでた蛸がぶらさがってある…」

広重の師匠である歌川豊広の描いた浮世絵の中にある狂歌で


藤の花はぶら下がって咲くじゃないですか…
それを店先のぶらさがっておいてある「うでだこ」と掛けている…
まあ、オヤジギャグそのもので???
言うなれば、江戸時代の「日記どす」かも…




ここで松尾ドショウも一句


「藤川の しゅく敵読売 みわたせば 勝利のしるしと 4タコのあし」


藤川監督の宿敵読売
試合をみれば、読売のバッターはきりきり舞いで

凡打を繰り返し、三タコ、四タコのバッターがたくさんいたことよ…


歌川豊広さんには、いや、読売には負けられない???…笑


さて、小学校があって
今となっては
小学校の絶滅危惧種
二宮金次郎像発見…


IMG_3394


「歩いて本を読むのは危険」というのが
二宮金次郎像が絶滅危惧種になりつつある理由の一つだとか…



これをみると


「歩きながらスマートフォンを操作する行為を肯定しかねない」とか???


そんなことあるのかな…


だったら…
よく公園に裸体の銅像あるじゃない…
それをみて、露出狂になるから撤去???
みたいなことを言ってるようにも思うけど…

さて、東海道、藤川宿
藤川監督の現役時代の火の玉ストレートのように、一直線!

IMG_3395

ときおり残っている歴史を感じる建造物

IMG_3396

関山神社の常夜燈

IMG_3397

ところどころ、このような休憩スポットがありまして

IMG_3398


この山門の奥は「脇本陣」
(「藤川宿資料館」)


IMG_3445

この門は

江戸時代からのものが残っているとか…


いやあ…
江戸の風を…感じますなあ…


「ええど…ええど…汗」


IMG_3455



IMG_3446

ここ…
私の大好きな???
入館料「無料」でした!!
「タダ!!」「タダ!!」
無料…どころか…誰もいません…

IMG_3456


IMG_3447


中はこんな感じ…
これがすべて



IMG_3448

と、ここまでで、ずいぶん長くなっているので、続きは次回に…

特に「虎党」の皆様、お楽しみに…???