お正月に 歌手のパティペイジさんが なくなったと 新聞が伝えていました。 85歳だったそうです。
若い頃 青春真っ只中の頃 厳しかった父から 勤めの帰りに 夜間の洋裁学校に行くように強く言われ 仲良しの友達と 通っていました。
洋服は 仕立てるもの 着物は自分で縫うもの といわれる時代でした。
事務の仕事は すべて手書きの 複写でしたし そろばんと タイガーの手回しの計算機でした。
沢山の印刷は 油紙の原稿用紙を ヤスリ版に乗せ 鉄筆で原稿を書き 謄写版で手刷りの印刷をしていました。
一寸 綺麗に仕上げるときは 和文のタイプライターを 使っていました。 今 パソコンで 文書を 作るのとは 大違いの仕事でした。 楽しみは映画くらいでした。
そんな洋裁学校の通学 ネオンの町の中に あるので 身に付くはずもありません。
何時しか ダンスホールに通うようになりました。 土曜日の半ドンの日は もっぱら社交ダンスのレッスンの日でした。
其の頃 ホールに繰り返し繰り返し 流れていたのが あのバティペイジのテネシイワルツでした。洋裁学校で 半分かじった洋裁で ワンピースを縫い いそいそ出かけていました。
まさに 青春でした。 今でもダンス音楽 ワルツやタンゴは大好きです。 足腰弱った今 踊れそうな気で居ますが 足がもつれてステップは無理でしょう。
パティペイジさんの 訃報を聞き 私の青春が本当に消えたような気がしています。