こころの染織

ひと針ひと針心を繕います。
第8章・・月あかりの散歩道・・・私とルナと一緒に月に想いを馳せて散歩しませんか~♪

分岐点

2009-08-21 09:54:58 | memories
     昨日、アメリカン・ブルー水分不足で、ひどい顔をしていました。
     たっぷり、お水を飲ませたら、今朝は、なんとか、復活したようです。
     そこへ、天気予報、的中で雨がパラついてきて、
     すこし、半泣きの彼女・・・やや潤いに、また、前を向こうとしています。

                

     今朝、NHK、連続ドラマ、「つばさ」
     人生の分岐点・・・について、灌漑ぶかげなストーリーで綴られていました。
     誰にでもある、分岐点・・・

     一般的には、やり直したい・・・もどって再スタートを切りたい、そんな挫折の地点であると・・・思います。
     しかし、今日のストーリーは、
     幸せになったところに立ち返り、また、その幸せをはぐくむ・・・
     そんな、流れに感じました。


     私は、40歳になったころ、そこに、とても違和感をかんじて、手当たりしだい本を読み、
     それが、生活にも繋がるのですが、
     どう、40代をいきるべきか・・・ひたすら、模索する中で
     以前から、人生、どこまで戻ったらやり直せるか・・・ずっと考えていました。
     ある時、母に聞いたことがあります。
     「 人生、やり直せるなら、いくつまで戻りたい?
         私は、14歳まで・・・・・」
     母は言いました・・
     「そんなに、戻る元気はない。一番、充実していて、楽しかった40代かな?」
     その時、母は60代半ば・・・
     確かに、10代は戦争真っ只中で、故郷の樺太からで内地に避難する語りは、筆舌に尽くしがたい
     ようやく、安住な生活になった、そこから、かすかなものをかえたかっただけに違いない。


     私は、15歳の春に、受験に失敗し、1年間、予備校に通っていました。
     失敗するはずがない・・・そう思っていました。
     それが、ずっと、自分の中で汚点になって、14歳の自分をやり直したかったのです。

     しかし、そこでの1年は、最も充実した時間でした。
     はっきりとした、目標が、たったひとつだったからです。
     翌年、理科以外は完璧な成績で合格しました。(物理はどうしてもだめでした
     入学すると、同じ教室に、予備校の仲間が3分の1を占めており、
     特に、違和感もなく、ひとつ年下の人たちとも仲良く過ごして卒業しました。
     共学と言えども、男子校のような環境に、だんだん閉口して、大学は女子大にまっしぐら・・・


     なぜ、いつまでも、15歳の春に固執していたのか、
     いまは、その想いは消えました。
     ひとつには、息子の数々の受験で改めて体験した・・汚点・・ではないもの、
     それもまた、受け止めるべき事実と感じたこと・・・
     そして、
     最近では、そこに戻ってしまったら、この大事な家族と大切な友人たちと出会えなかった・・・
     今ある、私も消えてしまう・・・
     そんな、想いに、母の言葉を重ねています。

     青空があれば、いつもるんるん  雨は嫌い・・
     そういった時も、母は、雨もまたいいもの・・・心が騒がない・・・

     最近、実にその言葉がわかります
     雨もまた、よし・・趣を感じます。


     人生の分岐点は心の変遷上にあって、時とともに、変化し、
     あの時、アアシテおけば良かった・・・も
     今なら、コウ出来るかも・・・
     そんな、気持ちになれば、いくつもの分岐点を後悔するものではなく、
     一服する、カフェだったかな・・に思ってみようかな・・


     あらららららら・・・・
     こんな時間・・・
     
     でも、もし、あなただったら、どこまで戻りたいですか・・・ 


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コメント (3)
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