新緑の季節、少し長く歩くと汗ばむ。連休前で一昨日はちょっと忙しかった。診療が終わりほっとしていると電話が鳴る、嫌な予感がした。「**二丁目の長寿八重の家の者だけど」。「はい」。「婆さん昨日から吐き気と下痢で食事が摂れないんだわ」。おやそうかね、もう店は閉めたんだけど。「はい、それで」。「ちょっと往診してもらえんかね」。正直に言えば、ここで患者の顔が浮かぶかどうかが、分かれ目である。一端切ったスイッチを入れてもう一度仕事モードに戻るのは楽ではない。八重さんは十年来の患者さんなのだが、そう言えば最近顔を見ないなあ。「ああいいですよ、30分くらいで行きますので、待っていてください」。と返事をしていた。
帰路を急ぐスタッフを送り出し、往診鞄を持って出かける。庭先に車を止め、出てきた息子さんと廊下を歩く、確か爺さんは奥の座敷で亡くなったなあ。婆さんは私を認めると布団から身体を起こし挨拶をする。笑顔も浮かび、なんだ元気そうじゃないか。相変わらず太めだ。聞けば、未だ下痢しているが吐き気は治まってきて、さっきスポーツ飲料を少し飲んだとのこと。型通り診察をして、ウイルス性腸炎ですよ、消化が良いうどんやバナナなどを少しずつと食事の指導をして腰を浮かそうとすると、「先生、点滴をお願いします」。と大向こうから声が掛かる。点滴なんてスポーツ飲料一本と同じですよ、もう食べれそうじゃないですかと口に出かかったが、六つの眼で睨まれ、急に神妙になった婆さんの手前、ああそうですねと言ったのがボタンの掛け違い。いつもは看護婦が手早く作ってくれる点滴をもさもさと用意する。ちょっとしなび始めた大根のような二の腕に駆血帯を巻く。案じたとおり、一体何処に血管があるのだろうか?「看護婦さん泣かせでねえ、申し訳ありません」。と婆さんが呟く。医者も泣いてる四谷赤坂丸ノ内線。だいたい最初にしくじると駄目だからと、自分に言い聞かせながら思い切りよく正面から探りを入れる。ああ入ったしめしめとテープで止めていると急に点滴の落ちが悪くなる。駄目か。神妙だった人が「痛い」と言いだし、息子嫁孫娘と大の大人が三人息を詰めて見つめる中二度三度試みる。点滴なんか不要だと言えばよかった、急病センターへ行って貰えば良かったなどと邪念が入ると余計うまくゆかない。ようやく五度目に手の甲の静脈にかろうじて入る。
「ありがとうございました」。の声を後ろに車を出すと汗が入ったかちょっと眼が滲みる。
帰路を急ぐスタッフを送り出し、往診鞄を持って出かける。庭先に車を止め、出てきた息子さんと廊下を歩く、確か爺さんは奥の座敷で亡くなったなあ。婆さんは私を認めると布団から身体を起こし挨拶をする。笑顔も浮かび、なんだ元気そうじゃないか。相変わらず太めだ。聞けば、未だ下痢しているが吐き気は治まってきて、さっきスポーツ飲料を少し飲んだとのこと。型通り診察をして、ウイルス性腸炎ですよ、消化が良いうどんやバナナなどを少しずつと食事の指導をして腰を浮かそうとすると、「先生、点滴をお願いします」。と大向こうから声が掛かる。点滴なんてスポーツ飲料一本と同じですよ、もう食べれそうじゃないですかと口に出かかったが、六つの眼で睨まれ、急に神妙になった婆さんの手前、ああそうですねと言ったのがボタンの掛け違い。いつもは看護婦が手早く作ってくれる点滴をもさもさと用意する。ちょっとしなび始めた大根のような二の腕に駆血帯を巻く。案じたとおり、一体何処に血管があるのだろうか?「看護婦さん泣かせでねえ、申し訳ありません」。と婆さんが呟く。医者も泣いてる四谷赤坂丸ノ内線。だいたい最初にしくじると駄目だからと、自分に言い聞かせながら思い切りよく正面から探りを入れる。ああ入ったしめしめとテープで止めていると急に点滴の落ちが悪くなる。駄目か。神妙だった人が「痛い」と言いだし、息子嫁孫娘と大の大人が三人息を詰めて見つめる中二度三度試みる。点滴なんか不要だと言えばよかった、急病センターへ行って貰えば良かったなどと邪念が入ると余計うまくゆかない。ようやく五度目に手の甲の静脈にかろうじて入る。
「ありがとうございました」。の声を後ろに車を出すと汗が入ったかちょっと眼が滲みる。