何歳になっても試験の夢を見ると聞くが、どういうものか自分は試験の夢を見てうなされることはない。しかし、今も二三年に一度くらい、研修医の身で一人当直をしていると、救急で重症患者が運び込まれ、どうしたら良いか分からず冷や汗たらたら、患者に負けず青くなる夢を見ることがある。
いつも夢でよかったと布団の中の自分を発見してほっとする。もう四十年も患者を診ているから研修医のように茫然自失になることはことはないけれども、あれでよかったかなと床について気になることは時々ある。因果な仕事だ(多分、どの職種にもあることと思う)。
何百枚も死亡診断書を書いてきた。幸い訴えられたことは無いが、恨んでいる人はいるだろう。たとえ私に落ち度は無くても、やり場の無い気持ちは時に医師に向けられる。同じようにしても感謝する人と恨む人が居る、そして同じことをしても俺は悪くないと言う人と到らなかったと言う人が居るのが世の中だ。
いつも患者さんに言うように「嫌なことは忘れましょう」。が自分にも救いになる。本当は忘れているわけでは無いので、思い出さずにいられる能力に感謝している。
何を隠そう、自分が今患者さんの役に立てているのは、数多い細かい失敗、いくつかの重大な失敗から学んでいるからだ。これは多分全ての熟練医に当てはまることだ。自らワシは完璧などと吹く医師は、あんまし患者を診ていないのだろう。
*このデザートに使われている食材は何か?答えは明日にでも。初めて食べたが美味しかった。