七十過ぎた優しく穏やかなTさんが怒鳴った。何と辛く悲しいことだろう。徐々に減っては居るが、よくある家庭の事情で、残された妹(Tさん)が年老いた母親を看てきたのだ。長命過ぎる?母親のために、還暦を過ぎ気が付けば七十に手が届いてしまった。母親は認知症が進行し、この二年は寝たきりで、半年前から傾眠状態が続き言葉も出ない。先日百歳を迎えた。市からお祝いの品が届き、往診の時、母も百まで頑張れましたとお礼を言われた。良かったですねと答えながら、内心本当に目出度いことだろうかと思ってしまった。施設に預けることもなく、毎日つきっきりで食事を食べさせ下の世話をされる。歩いて十五分ほどの所に住むお姉さんは月に一度顔を見せれば良い方だ。
これだけでも大変な負担なのにT家には知恵遅れの弟が居る。殆ど部屋にこもりきりで普段は手が掛からないのだが、先日尿が出なくなった。これは尿閉といって大変辛い。Tさんは昼間出かける用事があったようで、お姉さんに当院への受診を頼んだ。ところがお姉さんは、弟を連れてきたはいいが普段の様子を知らないので病歴がよく分からず、本人は苦しがるばかりで上手く話せない。診察に手間取ってしまった。管で尿を取ってやり総合病院の泌尿器科を受診する手はずを整えた。朝一番に紹介状を取りに来てから行くように話したのがどうも上手く通じなかったようで、十時過ぎになってお姉さんがあたふたとやってきた。妹に怒鳴られてしまって、妹も二人面倒みていて大変みたいと言われた。Tさんが怒鳴るなどということは想像も付かないが、限界なんだろうなと思った。