今朝も駅まで汗をにじませながら歩いたのだが、妙なことがあった。五十メートルほど先を四十代か、背はさほどではないが肩幅の広いがっしりした男性が歩いていた。距離は広がるでもなく縮むでもなく同じような歩調だった。目の前にいつもの婆さん二人連れ(数年前に選手交代し新しいコンビ)が近づいてきたので目を移し「おはようございます」の挨拶を交わしたのだが、目を戻し前を見ると男性が居なくなっている。ははあ角を曲がったのだなと角まで来て六七十メートルの直線道路を見通しても影も形もない。どこかの家に入ったのだろうか、急に走り出して先に行ってしまったのだろうか。細い路地はいくつかあるが慣れない人が通る道ではなく、一体どこへ行ってしまったのだろうと狐につままれたような気がした。
ちょっと趣は違うが、時々不思議な経験をする。受付であの人この頃来ないねと話していると、その患者さんがすっと入ってきたりとか、これは噂をすれば影と言うくらいだから、誰しも経験がおありだろう。以心伝心というのか妻と全く同じものを買ってきてしまうとことがある。こうした場合は私が買ってきたのにと、理不尽な叱責を受けることになる。
つい先日「先生、入り口に猫が居ると患者さんが言っています」。と受付から連絡が入った。「ああそう」と魔法の薬を手に表に出てちょいちょいと吸わせてやる。「ほら、猫が居なくなった」。これは不思議でも何でもなく、ドアの蝶番いに油を差しただけだ。うちのドアはキーキーでなくミャウミャウと鳴くのだ。