外苑茶房

神宮外苑エリアの空気を共有し、早稲田スポーツを勝手に応援するブログです。

藍染めのジーパン

2013-03-31 19:19:14 | 早稲田大学
本日は、天候不良のため、桐蔭横浜大学とのオープン戦は中止となりました。
公式戦が近づく時期ですから、コンディションを崩しかねない条件で無理をすることはないという判断なのでしょう。

もっとも、そのことを知らなかった私は、いつも通り東伏見に行ったのですが・・・
(T_T)

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ところで、数日前に、藍染めのジーパン、いわゆるブルージーンズを買いました。
多くの方々が「それがどうした?」と思われることでしょう。

実は、1979年に大学を卒業して以来、私は藍染めのジーパンを1度も買っていなかったのです。

ジーンズは、耐久性の高いキャンバスの生地を使い、更に金属鋲で縫い目を補強したもの。
鉱山などの過酷な現場で働く人たちの作業着としてアメリカで生まれた衣類です。

したがって、本家アメリカにおいては、ジーンズは高等教育を受けたエリート志向の人が身につけるべき衣類ではないとされていました。

我が国でも、あか抜けた大学生たちの典型的なファッションは、いわゆるアイビー・ルックでした。。
七三に分けた短い髪
あか抜けたVANジャケットにコットンパンツ
そしてリーガルの靴。

それに対して、反体制を気取り自由を標榜する学生たちは、長い髪とブルージーンズ
ちなみにリーバイスとリーが私の好きなブランドでした。

今の若者たちにはピンとこないことですが、ブルージーンズは、そんな意思表示を意味しました。

1971年、青山高校の新入生の父兄会に出席した母は、こんな説明を受けたそうです。
「お子さんたちが髪を伸ばし、ジーパンで登校するようになったら、要注意です。」
もっとも、高校1年の二学期からは、私も髪を伸ばし、大学を卒業するまでジーパンで登校するようになったのですが・・・
(^^;)))

同じ時代に、関西地方の大学では、ジーパン姿の女子学生に教室から出ていくように教授が指示して、一大騒動が起きました。

そんな時代に学生生活を送った私は、日本経済の保守本流的存在というべき銀行で働くことになった時、自分なりのこだわりというか、けじめとして、ジーパンに別れを告げたのでした。

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それから33年が経ち、銀行マン生活を終えて、再び大学に通うことになります。

早稲田の校歌は唱えます。

進取の精神
学の独立
現世を忘れぬ久遠の理想

この原点に立ち返って学ぼうとする時、私には藍染めのジーパンが必要だと思った次第です。
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国士舘に逆転負け

2013-03-30 18:25:08 | 大学野球
本日行われた国士舘大学とのオープン戦は、2対3で逆転負けを喫しました。
早稲田の得点機に打者が放つ好打が、ことごとく国士舘の右翼手の美技で捕殺されてしまうという1日でした。

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4月を目前にして、満開の桜をゆったりと愛でる季節です。
しかし、今日の東伏見は、冷凍庫から流れ出るような冷気に包まれて、私たちはコートのフードを頭から被り、背中を丸くして観戦することになりました。
恐らく、摂氏10度に満たない気温だったと思います。

そんな厳しい寒さなのですが、昨日までの勤務の疲れが残る私は、断続的に睡魔に襲われるのです。
「ここで眠ったら、凍死するぞ」と、まるで雪山で遭難したかのような心境となり、頬っぺたをつねりながらの観戦となりました。
(>.<)

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国士舘のコーチは、早稲田OBの泉くん(国士舘高ー城南予備校ー早大ーエネオス)でした。

現在の国士舘大学の監督さんは、泉くんの高校時代の恩師。
その縁で、今春からコーチを務めることになったそうです。

ノンプロの現役選手から学生野球のコーチへの転身は、いろいろな意味で簡単なことではなかっただろうと想像します。
これまでお世話になった方々からも喜んでいただけるよう、泉くんには頑張って欲しいと思います。
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そうは問屋が卸さない

2013-03-29 22:03:18 | 大学野球
4月2日(火)に大学院の入学式、そして4月6日から(土)から、いよいよ授業開始となります。

出来ることならば、3月いっぱいで退職して、身軽な立場で入学式に臨みたいところです。
しかし、少なくとも4月の第一週は、金融当局と本部宛ての報告書作成のために、最後のご奉公をすることになりました。

「そうは問屋が卸さない」
自分の都合の良いように万事が運ぶわけではありません。
まあ、30年以上お世話になってきた金融業界を卒業させていただくわけですから、きちんと仕事を終えて、同僚に不義理することなく次のステージに進みたいと思います。


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ところで、消費者の利益を考えるとき、問屋さんの存在をどのように考えるか、悩ましいものがあります。

「消費者主権」と言いながらも、多様な消費者ニースに振り回されるよりも、大量の製品を受け入れてくれる問屋さんの要望に軸足を置いて製商品を開発する方が楽な選択です。

例えば、お酒の流通において問屋さんの存在が強大であった時代には、問屋さんが管理しやすいようにとメーカーは商品群を絞り込み、消費者のニーズは二の次でした。

現代の日本で、最も問題含みの問屋さんは農協(JA)だと私は考えています。

農協は、兼業農家が一番のお得意さんだと言われています。
いってみれば、TPPの最大の反対勢力は兼業農家であり、農協だということです。
別の言い方をすれば、農協と専業農家の利害が一致しているわけではないのです。

このあたりを冷静に見極めて判断する必要があります。
Comments (2)
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鈴木勝夫さんを悼む

2013-03-28 06:57:51 | 大学野球
早大野球部OBで、稲門倶楽部会長もお務めになった鈴木勝夫さん(戸畑高校ー早大ー東芝)が、3月27日ご逝去されました。
74歳でいらっしゃいました。
伝説の早慶六連戦に外野手として出場された方です。

数年前に体調を崩されたものの、すっかり元気になられて、昨年は神宮球場で毎週のようにお話しさせていただいていたので、にわかに信じられません。

私が鈴木さんと親しくお話しさせていただくようになったのは、野村徹監督・田中浩康主将のチームが千葉県鴨川で強化合宿を行った時でした。

球場入口の片隅に、帯同メンバー表が印刷されて積んであるのですが、来場するファンはそれに誰も気がつきません。
私は「これは、もったいない」と思い、内外野のスタンドで早稲田の練習を見学している野球ファンの方々に、メンバー表を配って回りました。
その中に、同期の方々と誘いあわせて陣中見舞いにおいでになった鈴木勝夫さんがいらっしゃったのです。

「球場を歩き回って懸命にメンバー表を配っている男がいるが、マネージャーでもないし、一体あいつは誰だろう」と鈴木さんは思われたそうです。
(^^;)))

鈴木さんは、若輩者の私に対しても常に丁寧で優しい口調でお話ししてくださる、まことに穏やかな紳士でした。

久しぶりに早稲田から、それも同じ九州男児の市丸くんが東芝でプレーすることが決まった時の、鈴木さんの嬉しそうな表情が忘れられません。

今頃は、六連戦を共に戦った石黒さんや安藤さんら同期の皆さんと野球談義に花を咲かせていらっしゃるのでしょうか。

心からご冥福をお祈り申し上げます。
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週べ今週号

2013-03-26 21:36:27 | 大学野球
週刊ベースボール今週号に、3月29日発売の「大学野球」春季リーグ戦展望号の広告が載っていました。
「神宮三大革命」と題して、慶応、明治、東大の特集記事があるそうですが、どんな内容なのか気になりますね・・・

まあ、我らが早稲田も着実に戦力が整いつつありますから、「どうぞ、いらっしゃい。受けてたちますよ」という心境です。
(^_^;)

豊田泰光さんのコラムでは、「カリブの野球少年たちは、ショートを目指す。それが目立つし、金にもなる」という見出しが目を引きました。

肩が強く、足が速く、バッティングもいい
この三拍子が揃った才能をいつも目立たせることのできるのがショート。
それがドミニカをはじめとするカリブの国々の野球少年たちの認識であり、投手になるのは最後の選択だというのですから、野球観の違いというか、とにかく世界は広いです。

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私の退職後、私の担当業務を誰がどのように継承するのかを検討するために、シンガポールから上級マネージャーがやってきました。
振り返れば、5年前に信用リスク管理のシステム構築をする際、彼には本当に助けてもらいました。
そのシステムがあったからこそ、これまで最小限の人員でリーマン・ショックやユーロ危機を乗りきってこれたのです。

今回は、ビジネスを円満・円滑に終了させるために、再び彼の力を借りることになりました。

私よりも10歳ほど若い彼ですが、いつも明るく元気。
空港から到着するなり、「大学院合格おめでとう!入学準備は順調かい?」と笑顔で握手を求めてきました。

こういう仲間意識は邦銀では考えにくいので、退職することがチョッピリ残念にも思えてきます。

彼は日本に三日間滞在する予定なので、一度ぐらいは飲みに行くことになるはずです
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中央大学と引き分け

2013-03-24 18:42:01 | 大学野球
本日行われた中央大学とのオープン戦は、1対1の引き分けでした。

中央大学の先発は、かつて甲子園を沸かした島袋投手(興南)。

早稲田は若手主体のオーダーでしたが、攻守に溌剌としたプレーで、好感の持てる戦いぶりでありました。

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今日は、新しい戦力への期待が高まる日でもありました。

スポーツ推薦組でなくても、
甲子園組でなくても、
沖縄キャンプに帯同していなくても、
地道に努力して技量を磨いている選手が大勢いることが分かり、とても心強く思います。

鳴り物入りで入ってくるスポーツ推薦組や甲子園組が、プライドに懸けて練習し、その結果、大学スポーツにおいても前評判どおりに力を発揮する
かたや、高校時代にメディアに無縁であった選手が地道に努力して、「無印良品」として台頭して、スポーツ推薦組たちを青ざめさせる

早稲田スポーツを応援する醍醐味は、そこにあると思うのです

みんなガンバレ!
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城西国際大学に勝利

2013-03-23 19:51:26 | 大学野球
本日行われた城西国際大学とのオープン戦は、3対0で早稲田が勝ちました。

様々な打順と守備位置を試している早稲田。
詳しいことは控えますが、今日も興味深い打撃オーダーでした。

野手の布陣を考えるとき、安打を放つ、長打を放つという確率を高めるために頭をひねることはもちろんです。
そして、小わざを使う、足で仕掛けるという要素も選手選びの重要な要素とであることは言うまでもありません。

派手さはありませんが、戦力の整備が着実に進んでいると感じる今日の試合でした。

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城西国際の監督は、「ジャンボマックス」こと、佐藤清さん(天理高校ー早大ー日本生命ー早大監督ー城西国際大学監督)です。

マックスさんは、1970年代の六大学を代表する強打者でした。
一試合5打数5安打の17塁打(3本塁打+三塁打+二塁打)という空前絶後の記録を、華の早慶戦で達成しました。

そして、早稲田の監督時代は、いわゆるスポーツ制度がないために戦力整備にご苦労される一方、学業と部活動を両立させるために「時間別練習」という仕組みを導入されました。


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冒頭の写真は、マックスさんの1学年先輩、早稲田のOBコーチである八木茂さんとのツーショットです。

私が大学2年生であった1976年、早稲田の石山建一監督が「100万ドル内野陣」をぶちあげました。

それは次のような強力な顔ぶれでした。
捕手:山倉(東邦高校ー早大ー巨人)
一塁:マックス佐藤
二塁:松本(報徳学園ー早大ー巨人)
三塁:吉澤(日大三高ー早大ー阪急)
遊撃:八木(興国高校ー早大ー東芝ー阪急)

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八木さんたちが卒業した1977年、早稲田の内野陣は次のように変わりました。

捕手:山倉
一塁:マックス佐藤
二塁:岡村(佐賀西ー早大ー東京ガスー早大監督)
三塁:岡田(北陽高校ー早大ー阪神)
遊撃:中屋(早実ー早大ープリンスホテル)



これまで雨天中止が続いた城西国際とのオープン戦。
今日は、マックス佐藤さんを囲んで、古くからの東伏見ファンの歓談でネット裏は盛り上がりました。
\(^o^)/
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受験番号

2013-03-21 20:25:09 | 大学野球
1975年(昭和50年)、私が早大法学部を受験した際の受験番号は、222番。
すなわち、2のゾロ目でした。
(^^;)))

同じ時期に郵送した政経学部の受験番号が1万6千番台だっただけに、「同じ募集人員(当時はどちらも1500名ほど)で同じような競争倍率なのに、こんなに番号が違うのはどうしてだろう」と不思議に思いました。

それと同時に、いちいち受験票を見なくても間違えようのない222番という受験番号に、何となく親しみと縁を感じたのでした。

合格発表の当日。
合格発表の掲示板を見上げたとき、一列目の上から10番目に222を見つけ、その時から私の早稲田ライフが始まりました。

そして、神宮球場やテレビで野球を観戦していると、2アウト2ストライク2ボールと表示されます。
そのたびに、「あっ、僕の受験番号だ」と、現在に至るまで、何度も何度も、繰り返し思い出すわけです。

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今回の大学院受験で、わたしの受験番号は10071でした。
この番号も、一度見たら忘れない番号だったのです。
下4桁が我が家の郵便番号と同じという、他愛もない理由なんですが・・・
(^_^;)

合格発表の当日、大学のWebにアップされた合格者リストを息をのみがら開きました。
すると、一般受験組の最後に10071が表示されていました。

学部と大学院、ともに縁を感じる受験番号に巡り合い、とても良い思い出となりました。

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ところで数日前、「この年齢になって学割が使えるなんて、お得だねえ」などと自宅で娘と盛り上がっていました。
たまたま、そのやり取りを聞いていた母が、サラリと言いました。
「学割が適用になるのは、『しっかり勉強して、社会に恩返してください』という十字架を背負うということね。」

全く正論で、グーのねも出ませんでした。
息子の私が言うのも何ですが、大した母親だと思います。
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東北学院大学と引き分け

2013-03-20 16:02:23 | 大学野球
桜が開花し、時おりウグイスの鳴き声も聞こえてくるという今日の東伏見。
東北学院大学とのオープン戦が行われ、1対1の引き分けでした。

プレイボール直後の長打をきっかけに1点を失った早稲田でしたが、その後は3人の継投と安定した守備のおかげで追加点を許しませんでした。

打線の調子は、今日も今一つでした。
無死二塁で送りバント失敗。あるいは一死三塁で走者がタッチアップしそこなう等の拙攻が響き、8回裏までスコアボードはゼロ行進。
今日は準主力の選手主体で組んだオーダーであったこともあるのですが、残塁の山にネット裏からため息がもれました。
(^^;)))

そうして迎えた9回裏、代打攻勢で渋く1点を返して、引き分け。
今日はそれが精一杯でした。

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故障していた選手たちが、少しずつ戦列に復帰しつつあります。
それが明るいニュースです。

開幕までの1ヶ月。
ようやく今年のチームの全体像が地平線に見えてきました。
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国学院大に勝利

2013-03-17 22:56:14 | 大学野球
本日行われた国学院大とのオープン戦は3対1枚で早稲田が勝利しました。

二桁安打を放ちながらも、タイムリー欠乏症に苦しみました。
それでも、安定した投手力で危なげない雰囲気の中でゲームが進行して、早稲田が勝ちました。

もっとも、私のような素人には「危なげない」と見えても、本職の方々の目からは数多くの反省点が見つかったのでしょう。
試合後は、ポジション別にプレーの確認が反復して行われていました。

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今日のネット裏には、卒業式を控えた四年生たちが何名かやってきました。

四年間をやり抜いた達成感、そして後輩たちの頑張りに対する頼もしさを感じる一方、言い様のない寂しさも感じたことでしょう。

しかし、彼らの前途は洋々です。
次のステージでも存分に力を発揮して、胸を張って神宮球場のネット裏に現れて欲しいと思います。
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