紙魚子の小部屋 パート1

節操のない読書、テレビやラジオの感想、お買い物のあれこれ、家族漫才を、ほぼ毎日書いています。

旅への憧れ

2008-02-20 23:14:16 | 70’s
 私は子どもの頃、家族旅行とか、そういうのにほとんど行っていない。唯一万博はなぜか、例外的に2回行っている。父は2足のわらじを履いていて休日がなかったし、母は旅行というもの自体があまり好きではなく、うちでのんびりテレビをみている方がずっといいと思っていたフシがある。

 だから旅、というものに関しては、たいへん憧れている。憧れるあまり、臆病になっているフシもある。みんなが海外旅行に気軽に出かけたバブルの頃でさえ、鳥羽の水族館に日帰り旅行(しかも急行)とか、せいぜい高速バスで信州までくらい。バブルの頃といっても個人史的には、なかなかビンボーだったせいもあるのだが。

 そんな訳で、先日の「お茶の間ランド」の話の補足である。 

 普通のご家庭にある飾り棚には、お土産物の人形や置物がぎっしりつまっているのだろうと思う。ウチ(婚家)にも、いっときやたら流行った大きめの姫ダルマが男女対で並び、かなりのスペースを占めている。

 「お茶の間ランド」の飾り棚には、「なまはげ」関連の人形が複数体集合している部分があった。まごうことなき、秋田県のお土産である。

 それからニセ真珠の粒でできた大小のこけしも。これも間違いなく三重県の鳥羽の人形である。
 小学校6年生の修学旅行は伊勢志摩だったが、偽真珠グッズが山のように並ぶお土産物屋さんが軒を連ねていたっけ。私は透明プラスチックに一粒真珠と砂時計とタツノオトシゴが封印されたものを購入した。書いているうちにふと思ったのだが、小学生にしては、いやにオトナっぽくないか?あの頃が、もしかしたら私が一番「オトナ」だったころかもしれない。

 自分自身の旅のお土産をぎっしり並べる飾り棚はなかったが、親戚やご近所の家の飾り棚を眺めて、うっとりと旅の空想にひたる。これがなぜか至福のひとときだった。

 ほんのかすかな旅先の空気を、なまはげの牙先や、こけしの微笑みの周囲に漂わせているからだろうか? それとも「旅する気分」というものを思い起こさせてくれるからだろうか? 自分が行ってもいない場所のお土産を見て、懐かしい気分になるというのも、奇妙な話である。