教団「二次元愛」

リアルワールドに見切りをつけ、二次元に生きる男の生き様 (ニコニコでは「てとろでP」)

我がヒーロー像

2011-05-29 00:02:26 | オタネタ全般
いまやっているアニメ ”タイガー&バニー” のテーマの1つに
「ヒーローって何だ?」
というものがあるような気がする。

この問いの答えを得る方法のひとつは ”タイガー&バニー” を最後まで見ることだろう。

しかし!

わたしにとってのヒーローはそうではない。
わたしの求めるヒーローは ”タイガー&バニー” とは異質のヒーロー性である。



ヒーローとは何か?

強くて、
カッコよくて、
情に厚く、
人のために働いて、
絶対的に正義であり、
かつ、常に勝利すること。

これはもちろん否定する気はない。
特にアメリカンヒーローとはそういうものだし、ジャンプの主人公もその手のものが多い。

ところがどっこい、これには1つ致命的な欠点がある。
欠点がないことである。
禅問答のようだが、そうとしか言いようがない。



多くのヒーローは努力したり苦戦したりするシーンが作中で描かれる。
しかし本質はそうではない。

特別な出自によりヒーローであることを約束されていたり、
生まれ持った(もしくは意思に反して後天的に獲得することになった)特別な力の有効活用としてヒーロー業を選択したり、
組織内エリートとして選抜されたスポーツ選手のようなヒーローであったり、
偶然見つけた超人的能力獲得手段によりヒーロー化したり、
そもそも人ですらなかったり、
・・・そんなものが一般的である。

ニュータイプだってARMSだってサイヤ人だって黄金バットだってそうである。

一般的なヒーローとは一般人ではない。
人とは違う身体に苦悩するヒーロー像を描くものも多いが、ある意味で当然の結果とも言えよう。



自分はヒーローのように生きたいか?

明確にNOである。
強くて、カッコよくて、情に厚く、人のために働いて、絶対的に正義であり、かつ、常に勝利する・・・そんな人物を目指すのはわたしの人生ではない。

では、わたしの目標とする人生とは何か?

特化である。
自分のやりたい事や得意な事を極限まで極め、かつ、自分のやりたくない事や不得意な事を極限までさぼる。
そしてその方法が間違いではないことを人生をもって証明する。
それがわたしの目標とする人生である。



これは学校では否定されるやりかたである。
学校ではちゃんと全科目とも勉強しなさいと教えられる。

しかしわたしは結果的にそういう生徒にはならなかった。
物理と数学だけ成績が良く、かつ文系科目は目もあてられないほどの惨状なまま、そんな理系特化型受験生になった。

それでも受験を乗り切ってみせた。
絶対に人の見本にならない受験生だが、受験生としては成功した。
大人になった今では受験勉強などしやしないがドクトリンは全く変更していない。



では、そのわたしのヒーローとは誰か?

たとえば、”無限の住人”の槇絵さんである。

槇絵さんは武人として必須である腕力や身長という身体能力に恵まれない女性として生まれた。
しかし、剣の駆け引きの才能を天から授かった。

槇絵さんは、腰と腕の両方を使ってテコの原理で振り回す特殊な長得物を手にしている。
こういった長得物は振り回すのにタイムラグが生じると思われるので、よほどの剣の駆け引きの才能がなければ使いこなせない。
そのかわり、ハンデである腕力や身長の影響を受けにくい。

自分の得意な事を極限まで極め、かつ、自分の不得意な事を極限までさぼる。
そして槇絵さんは、その方法が間違いではないことを戦いをもって証明してみせた。

これがわたしのヒーローだ!



我が家にある無限の住人の単行本の一部は自殺した友達がくれたものだ。
その友達も
「槇絵さんカッコいい~!」
と言っていた。

わたしも天国にいった後でヤツにカッコいいと言わせてみたい。






追伸:
かつて別の側面からヒーローについて語ったものを。

どんな事でも極めればヒーローになれる!(パンツァー編)
http://blog.goo.ne.jp/beamtetrode350b/d/20090819