現代児童文学

国内外の現代児童文学史や現代児童文学論についての考察や論文及び作品論や創作や参考文献を、できれば毎日記載します。

アンソニー・ドーア「すべての見えない光」

2017-01-03 21:06:00 | 参考文献
 2015年にピューリツァー賞を受賞したアメリカの小説です。
 といっても、舞台は第二次世界大戦中のフランスとドイツです。
 視力を失ったフランスの少女と、無線技術の才能があまりにもあったために二年も早く戦場に送り込まれたドイツの少年の出会いを描きます。
 500ページを超える大作ですが、二人が出会うのは458ページ、別れるのは467ページで、一緒にすごしたのは一日足らずです。
 以下に各章を示します。
 第0章 1944年8月7日
 第1章 1934年
 第2章 1944年8月8日
 第3章 1940年6月
 第4章 1944年8月8日
 第5章 1941年1月
 第6章 1944年8月8日
 第7章 1942年8月
 第8章 1944年8月9日
 第9章 1944年5月
 第10章1944年8月12日
 第11章1945年
 第12章1974年
 第13章2014年
 ご覧のように、フランス解放ごろの1944年の6日間(少女と少年は、同じフランスのサン・マロにいました)の出来事の間に、徐々に近づいていく10年間(第三帝国は1933年から1945年ですからその期間をほぼカバーしています)の二人と、フランスとドイツの姿を描いています。
 加害者だとか被害者だとか声だかに叫ばなくても、戦争が人々をいかに巻き込んで不幸にしていくか(少女の父親は収容所に連れて行かれて行方不明のままです。少年の親友は士官候補生の学校でのリンチで精神に異常をきたし、妹はドイツの敗戦直前にロシア兵にレイプされ、彼自身は少女と別れた直後に死にます)が見事に描かれています。
 この作品は大人の読者を対象とした小説ですが、少女と少年の幼い時代から十代までが描かれているので児童文学やヤングアダルト向け小説とも重なる部分があります。
 また、詩的な美しい描写が随所にあること、187もの短いエピソードを巧みに組み合わせて構成されていること、「炎の海」と呼ばれる133カラットのブルーダイヤモンドの行方を探すミステリー的な要素があることなど、様々な評価すべき点があります。
 日本語版の裏表紙に掲げられたワシントンポストの書評の抜粋の中の「いくつかの場面では涙を禁じ得ない」は単なる惹句ではありませんが、日本のいわゆる「泣ける小説」とは明らかに一線を画しています。
 

すべての見えない光 (新潮クレスト・ブックス)
クリエーター情報なし
新潮社
 
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葉室麟「蜩ノ記」

2017-01-03 09:06:06 | 参考文献
 直木賞の受賞作品です。
 上品な趣のある時代小説です。
 読者の泣かせどころのツボを心得た上質のエンターテインメントだと思います。
 ただ、武士の生き方をどのように現代の読者とかかわりを持たせるか、当時の武士との農民の関係やジェンダー観など、疑問に思える点もありました。
 また、斉藤隆介の歴史児童文学の名作「ベロ出しチョンマ」のパクリと思えるシーンがあり、児童文学者としては気になりました。
 かつての現代自童文学には、「ベロ出しチョンマ」以外にも、今西祐行の「肥後の石工」や岩崎京子の「花咲か」などの優れた歴史児童文学がありましたが、その伝統も絶えて久しいです。
 それにはいくつか理由があります。
 まず読者の受容力の問題があります。
 現代の子どもたちには、こういった歴史児童文学を読みこなす知識や読解力がなくなっています。
 次に、子どもたちが読書に求めるものの変化があげられます。
 かつては、「未知のことを知りたい」、「どのように生きるか」、「人生とは何か」などを知るために読書をする子どもたちもたくさんいましたが、今は大半の子どもたちは(大人も同様ですが)読書はたんなる娯楽としてしかとらえていません。
 そのため、安直なエンターテインメントが、愛読書のベストテンの上位にあがってくるのでしょう。
 かつての読書好きの子どもたちならば、そのような題名をあげるのは恥ずかしい事だったと思いますが、今はそういった感覚すらないのかもしれません。
 それは、大人の読者も同様で、葉室の「蜩ノ記」もそんな読者にアピールするように書かれています。
 以上の状況において、商業主義優先の出版社、編集者、作家たちによって、お手軽な本しか出ない児童書の出版状況が生み出され、それらしか子どもたちが接せられず、ますます読書体験が貧困になるという、負のスパイラルに陥っています。
 こういった状況はもう二十年以上続いているので、大人になってもエンターテインメント作品以外は読まないようになり、出版不況をさらに深刻にしています。

蜩ノ記
クリエーター情報なし
祥伝社
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