現代児童文学

国内外の現代児童文学史や現代児童文学論についての考察や論文及び作品論や創作や参考文献を、できれば毎日記載します。

津村記久子「おかきの袋のしごと」この世にたやすい仕事はない所収

2017-02-17 15:44:39 | 参考文献
 主人公が採用された三か所目の職場は、おかきメーカーです。
 仕事と言えば、個包装の袋裏に豆知識を書くことなのです。
 私はあまりお菓子を食べないので、こういったことが本当にあるか分からないのですが、うまいところに目をつけたものです。
 雑学的な知識を披露するのは作者の得意技なので、なかなか面白い豆知識シリーズがあって感心させられます。
 ただ、主人公の前任者(婚活の失敗による鬱病で休職中の四十三歳の独身男性という設定が今どきです)が考えた豆知識シリーズに比べて、主人公が考えた豆知識シリーズは平凡だなと思っていたのですが、これは伏線でした。
 主人公が、新商品の袋裏のために考え出したとんでもない豆知識シリーズが、思いがけない大成功をおさめて、商品も大ヒットします。
 皮肉なことに、この大成功がきっかけになって、主人公はまたしても職場を去らなければならなくなります。
 こうした理不尽なことは、会社で働いているとよくあることで、私自身にも経験があります(逆に、失敗したのに、逆にそれがその後の評価につながったこともありました)。
 この作品でも、おかきメーカーの社長夫婦や一緒に勤めている人たちが生き生きと描かれています。
 特に、社食での昼食仲間との会話は、実にリアリティがあって驚かされます(どこまでが、作者の実体験なのでしょうか?)。
 また、初めは目立たなかった、いつも主人公に風変わりな仕事を紹介してくれる仕事探しの相談員(ハローワーク?)が、妙にうんちくめいたセリフを吐くようになって、存在が次第に気にかかってきました。

この世にたやすい仕事はない
クリエーター情報なし
日本経済新聞出版社
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グードルン・パウゼヴァング「十一月のある朝」そこに僕らは居合わせた所収

2017-02-17 08:36:19 | 作品論
 実業学校に通う十歳の少年が、前夜にドイツ全土でシナゴーク(ユダヤ教の教会堂)が放火され、ユダヤ人の商店が略奪にあった1938年11月10日の朝に、襲撃されたユダヤ人のお店を見て、「ユダヤ人に同情してはいけない、ユダヤ人はドイツ人の思いやりには値しない」という学校での教えに疑問を持ちます。
 非常に短い作品ですが、子どもの正義感を根絶やしにしようという教育の恐ろしさ(日本でも、戦時中は「鬼畜米英」や中国人や朝鮮人に対する優越意識などが、子どもたちに教育されていました)を考えさせます。

そこに僕らは居合わせた―― 語り伝える、ナチス・ドイツ下の記憶
クリエーター情報なし
みすず書房
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川上未映子「愛の夢とか」愛の夢とか所収

2017-02-17 08:22:50 | 参考文献
 谷崎潤一郎賞を受賞した短編集の表題作です。
 四十前後の子どものいない専業主婦(?)が、隣家の六十代前半にも七十代にも見える老婦人が弾く拙いピアノの調べ(リストの「愛の夢」しか弾きません)に、なんとなく心が惹かれ、その家を訪ねて週二回二時間あまり、ピアノの練習に付き合うようになります。
 主人公が通いだして十三回目に、とうとう「愛の夢」を通して弾けるようになった老婦人と主人公は拍手をし合い、口づけを交わします。
 そして、それ以来二人は交流をやめてしまいます。
 ピアノの練習に立ち会っている期間には、二人はお互いをテリーとビアンカという仮の名前で呼び合い、それぞれの私生活にはいっさい立ち入りません。
 作品の背景には、東日本大震災と福島第一原発事故が通奏低音のように漂い、人の縁の不思議さとはかなさが端正な文章で描かれています。
 私は不勉強のため、2011年3月11日以降の世界を描いた児童文学作品をまだ読んでいませんし、自分でも書いていませんが、この作品のような静かな表現方法もあるのだなとおおいに参考になりました。

愛の夢とか
クリエーター情報なし
講談社
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柴崎友香「春の庭」

2017-02-17 08:16:58 | 参考文献
 第151回芥川賞の受賞作です。
 行定勲監督の映画「きょうのできごと」が気に入って、作者のデビュー作である原作を読んでから断続的に作品を読んでいますが、だんだんに純文学性を強めているようです。
 「きょうのできごと」では、現代の若者たちの姿を鮮やかに描写しながらエンターテインメント的要素も含んでいたのですが、この作品では物語性はほとんどなくなりかなり描写に傾いた純文学的作品になっています。
 この変化は、純文学からエンターテインメントへ傾斜していく多くの作家(同じ芥川賞作家の綿矢りさが典型でしょう)と対照的です。
 この作品は芥川賞を取ってかなり売れたでしょうが、本質的にはベストセラーにはなりにくい方向なので、その志向は評価したいと思います。
 この作品では三人称で書かれながら、最後に主人公の姉の一人称の部分がまぎれこまされており、読者の読み方に揺さぶりをかけます。
 この書き方により一見ニュートラルに感じられる視点の設定が、実は女性によるものだということがはっきりしたと思います。
 読みだしの部分をふり返ってみると、主人公が男性であることに違和感を覚えたので、ここで謎が解けたように思います。
 また、主人公の男性もユニセックスな印象が強く、他の女性の登場人物たちとの関係性も、異性間のものではなく同性間のそれに近いように受け取れました。
 もっとも、こういった男性像が現代のリアルな男性に即したもので、私自身の男性観が古すぎるのかもしれませんが。
 1990年代前半までの児童文学の世界では、こうした純文学タッチの作品も出版されましたが、描写を前面に出した文学的な作品よりも物語性を重視したエンターテインメントが全盛の、現代の児童文学の出版状況では無理でしょう。

春の庭
クリエーター情報なし
文藝春秋
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ウルズラ・ヴェルフェル「父親」灰色の畑と緑の畑所収

2017-02-17 08:14:17 | 作品論
 シングルマザーに育てられている少年が、初めて父親に会いに行った日を描いた作品です。
 血はつながっているが初対面の二人の、ぎこちない関係が描かれています。
 二人の微妙な愛情を書きたかったのだと思いますが、紙数が少ないせいか、それとも訳がまずいのか、もうひとつすんなりと伝わってきません。

灰色の畑と緑の畑 (岩波少年文庫 (565))
クリエーター情報なし
岩波書店
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原田マハ「太陽の棘」

2017-02-17 08:13:17 | 参考文献
 戦後すぐの沖縄に駐留した経験を持つサンフランシスコ在住の老精神科医が、沖縄駐留時代を懐古する作品です。
 小説の形はとっていますが、実在の人物の体験に基づいているので、ノンフィクション的な雰囲気があります。
 そのためか、モデルの人々に遠慮したようで、物語がかなり綺麗ごとに終始してしまった感は否めません。
 戦争直後の沖縄の画家たちの集団生活といった魅力的な題材を、十分に生かし切れていません。
 美術は作者の得意分野ですし、よく調べて書いているのでしょうが、彼らの芸術を支えた内的衝動も、占領者であるアメリカ人の主人公との異文化の衝突も、中途半端にしか描けていません。
 特に、他の記事でも書きましたが、日本人的メンタリティしかもたないアメリカ人(特に白人)たちは、一般読者はどうかわかりませんが、彼らと長年付き合った経験がある者から見ると、奇異にしか映りません。
 作者は自分の海外生活を活かして、外国人を主人公ないしは主要な登場人物に使うのを自分の独自性と考えているようですが、いい加減にやめた方がいいと思います。

太陽の棘(とげ)
クリエーター情報なし
文藝春秋
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宮澤清六「早春について」兄のトランク所収

2017-02-17 08:11:44 | 参考文献
 1950年7月に地元の新聞に発表された文章で、賢治の詩碑がかつて教壇に立った思い出深い花巻農学校の校庭に建ったことのお礼と、この詩の背景について、肉親でなければ知り得ない貴重な証言をしています。
「まことひとびと
    索むるは
 青きGossan
    銅の脈
 わが求むるは
    まことの
    ことば
 雨の中なる
    真言なり
      宮沢賢治」
 鉱山技師でもあった賢治が、銅脈の青いGossam(露頭)などよりも、みんなのほんとうの幸福のために探し索めなければならないのは、永遠に不朽の真実の言葉であることに思い至るのは、人々の交わりの中であったことを示唆しています。
 このような真の理解者を肉親に持った賢治は幸運で、彼の作品が今でも多くの人々に読み続けられている大きな原動力になっています。

兄のトランク (ちくま文庫)
クリエーター情報なし
筑摩書房
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蛭子能収「ひとりぼっちを笑うな」

2017-02-17 08:10:06 | 参考文献
 テレビのバラエティ番組でひっぱりだこの漫画家の、自伝的人生論です。
 いつもひょうひょうとしている著者らしく、軽い語り口で読みやすいです。
 ようは、「常に深く考えずに気楽にやっていても、結果オーライでうまくいくよ」ということだけなのですが、いいセルフイメージを持てないでいる現代の若者たちには励ましになるでしょう。
 ただギャンブルも含めてすべての自分の行動に対して、自己肯定しているのはいかがなものかと思いました。
 著者のような高額所得者でない一般読者が、ここまでギャンブルにのめりこんだら(賭け麻雀で検挙歴を持ち、テレビによると競艇だけでも一億円以上つぎ込んでいるそうです)、生活が破たんすることでしょう。
 本の中では、収入が少なければ少額賭ければいいと弁明していますが、そううまくコントロールできないのが大半のギャンブル依存症の人たちでしょう。
 また、自分と違う考えの人たちを、不用意に批判している部分が散見されて、「らしくないあなあ」と気になりました。
 こういった本は、いわゆる「タレント本」なので、人気者にうまいテーマを与えて本を書かせて(もしかすると他のタレント本と同様に、著者にインタビューしてゴーストライターか編集者がテーマに合わせて文章にまとめたのかもしれませんが)たくさん売ろう(現にこの本もけっこう売れています)という出版社や編集者の企画力勝負の本なのですが、肝心のタレントに傷をつけないように、編集者がもっとしっかりチェックすべきでしょう。
 チェックと言えば、本文中で数か所、ノンポリという言葉を、「ポリシーがない」という意味で使っていますが、ノンポリは「ノン・ポリティカル」の略なので正しくは「非政治的」という意味です。
 著者が勘違いしているのはご愛嬌ですが、それをチェックできない角川書店編集部のレベルの低さには驚かされました。

ひとりぼっちを笑うな (角川oneテーマ21)
クリエーター情報なし
KADOKAWA/角川書店
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ウルズラ・ヴェルフェル「通りを三つ上がる」灰色の畑と緑の畑所収

2017-02-17 08:07:34 | 作品論
 バラックに住んでいた一家が、新しい集合住宅へ引っ越しました。
 しかし、周囲の住民からは差別され、前のバラックの住民からはねたまれます。
 半年後に、一家は元のバラックへ戻っていきます。
 人間の心に巣食っている優越意識や嫉妬心などをストレートに描いていて、これも読み味はよくありません。
 こういった苦い作品が出版され、日本語にも翻訳されて高く評価されていた70年代の児童文学の状況は、今よりもはるかに健全であったと言えるでしょう。

灰色の畑と緑の畑 (岩波少年文庫 (565))
クリエーター情報なし
岩波書店
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津村記久子「冷たい十字路」婚礼、葬礼、その他所収

2017-02-17 08:06:20 | 参考文献
 通学の自転車同士の衝突事故で高校生たちが重傷を負った事故を、目撃者、近くの小学校の教師、その学校の児童、その母親、事故にあった高校の生徒といった複数の視点で描いた作品です。
 2007年に書かれた作品ですが、無謀運転の自転車が歩行者を脅かす点では、現代の問題を先取りしています。
 こういった複数の視点で一つの事件を浮き上がらせる手法は、児童文学でもよく取られるのですが、なかなか成功した作品は思い出せません。
 私自身も同じ手法で作品を書きかけたことがありましたが、ピントが定まらずにうまくいきませんでした。
 この作品でも、小学校の教師と児童の恋愛や、かつて同様の事故に小学生が巻き込まれたことや、高校生の恋愛関係などをにおわせる部分があるのですが、どれもはっきりしなくてあいまいな印象を受けます。
 また、登場人物が女性に偏っているのも、作品のひろがりを妨げているかもしれません。
 まだ商業出版のレベルには達していないころの作品だと思いますが、働く人々を描くという作者の世界の萌芽は感じられます。

婚礼、葬礼、その他
クリエーター情報なし
文藝春秋
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