現代児童文学

国内外の現代児童文学史や現代児童文学論についての考察や論文及び作品論や創作や参考文献を、できれば毎日記載します。

キャッチボール

2020-05-04 09:49:20 | 作品
 五年生以下のBチームの試合が始まった。先頭バッターの打球は、平凡なショートフライだった。これなら、フライが苦手なショートの良平でもOKだ。サードの芳樹は、ボールを見上げながらすっかり安心していた。
 ところが、「オーライ、オーライ」の声が、良平からなかなか聞こえてこない。ボールを取るほうが声をかけるのが決まりなのだ。
(あーあ、また声を出してない。後で、監督に怒られちゃうのに)
と、芳樹はまだのんびりと考えていた。
 ところが、
「ショート!」
 急に監督の怒鳴り声がして、あわてて横を見た。すると、良平も、その場に突っ立ったままこっちを見ている。
(やべっ!)
 あわてて動き出したのは、二人同時だった。頭上を見上げてグラブを差し上げたまま、両側からヨタヨタとボールを追っていく。
(あっ!)
 三遊間のショートよりの所で、二人はぶつかってしまった。ボールは芳樹のグローブにあたって、外野の方へころがっていく。レフトの隼人が前進してやっとボールを拾い上げたときには、バッターはゆうゆうとセカンドベースにまで進んでいた。

「良平、一回のフライの時、なんで芳樹の顔を見てたんだ」
 監督がこわい顔をして、良平をにらみつけていた。試合後の反省ミーティングで、みんなは監督のまわりをグルリと取り囲んでいた。
「……」
 良平は、何もいえないでうつむいている。
 開始早々のあのミスをきっかけに、初回だけで大量七点も奪われてしまった。その後は、けんめいに反撃してなんとか二点差まで追い詰めた。でも、とうとう追いつけないまま敗戦が決まっていた。グラウンドでは、六年生たちのAチームが試合前の練習を始めている。
「なんでもないショートフライじゃないか。いつも芳樹にたよってばかりじゃだめだぞ。自分で取りに行かなきゃ」
 監督の声は、ますます大きくなっていく。
チラッと横目で見ると、良平の目はすっかりうるんでしまっている。まわりのみんなもうなだれたまま黙っていた。
「なんだ、もう泣いてるのか。泣けば解決するってもんじゃないぞ」
 監督が大声でどなった時、とうとう良平は泣き出してしまった。

「ねえ、よっちゃん」
 試合からの帰りの車の中で、良平が芳樹の横っぱらをつつきながらささやいた。
「なあーに?」
 芳樹が大きな声を出すと、良平は口の前に人差し指を立てて前の座席をチラリと見た。そこでは、芳樹のおとうさんが車を運転している。
(なあーに?)
 声をひそめて聞きなおすと、
「おれ、もうすぐチームをやめるかもしれない」
と、良平も小さな声でいった。芳樹はびっくりして、良平の顔をみつめてしまった。今年になってから、すでにゴンちゃんとアルちゃんがチームをやめていた。今では、四年生は二人だけになっていたのだ。
「どうして?」
「だって、監督がガミガミおこってばかりなんだもん」
 そういわれれば、たしかにそのとおりだ。芳樹たちの少年野球チーム、ヤングリーブスの監督は、町に六つあるチームの中でも、一番おっかないので有名だった。けれど、ここで良平にまでやめられてしまったら、これからBチームはどうなってしまうのだろう。五年生は四人いるけれど、三年生は三人だけだから、今でも九人ギリギリだった。このまま良平がやめたら、もう試合もできなくなってしまうかもしれない。芳樹はすっかり心細くなって、平気な顔をしてすましている良平の横顔をみつめた。

 次の日の昼休み、良平が芳樹の机のそばにやってきた。なぜか、前にチームにいたアルちゃんが一緒だった。 
「よっちゃん、おれ、やっぱりチームをやめることにしたよ」
 良平は、いきなり芳樹にそういった。
「えっ、そんなあ。そしたら、四年は、ぼく一人になっちゃうじゃない」
 芳樹があわてていうと、
「でも、おこられてばっかりで、つまらないんだもん。おかあさんに話したら、そんなにいやならやめてもいいよって、いってるし」
「そうだ。よっちゃんも、いっしょにやめちゃえばいいじゃん」
 横から、アルちゃんが無責任に口をはさんできた。そういえば、この二人は、最近よくいっしょに遊んでいる。もしかすると、良平がやめたいといい出したのも、アルちゃんに、そそのかされたせいかもしれない。
「うーん、でもなあ」
 たしかに、監督にしょっちゅうおこられるのは、芳樹もいやだった。でも、ようやく試合に出られるようになったのに、やめてしまうのはもったいないような気もする。
「よっちゃん、チームをやめないんなら、次の時、おれがやめること、監督にいっておいてよ」
「そんなあ、自分でいえよ」
 良平は、こまっている芳樹を残して、アルちゃんといっしょにさっさと行ってしまった。

 その日の夜、芳樹はテレビを見ながらビールを飲んでいるおとうさんのそばに行った。
「おとうさん、もしもの話だけど、聞いてくれる?」
「なんだい?」
 おとうさんは、おいしそうにビールを飲みほした。どうやらきげんはよさそうだ。
「もしもの話だよ」
「だから、なんのことだい?」
 芳樹は思いきって、ヤングリーブスをやめてもいいかどうかを聞いてみた。
「ふーん、でも、いきなりどうしたんだい? この前までは、試合がおもしろいって、はりきってたじゃない」
 おとうさんは、コップにつぎかけた缶ビールを持った手をとめたままいった。
「監督がね、ちょっとしたミスでも、すぐにガミガミおこるからいやなんだ」
 良平のこともいおうかなと思ったけれど、なんだか人のせいにするようなので黙っておいた。
「ふーん、でも、それは芳樹に一人前のサードになってもらいたくて、期待してるからじゃないかな」
「だけど、いろんなことを一度に注意されて、頭がこんがらがっちゃうんだよ」
「でもなあ、それはぜいたくな悩みなんだぞ。にいちゃんなんか、五年になってから野球を始めたから、やっと試合に出られるようになったのは、六年になってからだぞ」
 黙々と練習を積んでレギュラーを勝ち取ったにいちゃんのことは、いつも監督やコーチたちがほめている。おとうさんも、それにはすごく満足しているようだった。それにひきかえ、すでに試合に出ているくせにやめようとしている芳樹には、かなりがっかりしたみたいだった。

次の練習の時だった。ヤングリーブスがホームグラウンドにしているのは、芳樹たちの若葉小学校の校庭だ。集合場所には、もうメンバーのほとんどが集まっていた。
 でも、良平の姿だけは見えなかった。
「あれっ、芳樹。良平はどうした?」
 集合時間になったとき、キャプテンの明が聞いてきた。いつも二人でいっしょに来るからだ。
「わかりません」
「連絡網でも、何もいってこなかったし。しょうがねえなあ、ズル休みかあ」
 キャプテンはそういうと、他のメンバーを集めて監督たちの前に整列させた。
 その日、良平は、とうとう最後まで練習に姿を見せなかった。

 その日の夕方、芳樹は家の横手で「壁当て」をやっていた。ボールを家の壁やへいなんかにあてて、そのはねかえりをキャッチする練習だ。キャッチボールと違って、一人でだってできる。それに、ピッチングとゴロキャッチの両方の練習になった。
芳樹の家のへいは石垣ででこぼこしているので、はねかえる方向が予測できない。だから、ボールを投げたら、すばやく左右に動いてキャッチしなければならなかった。
 芳樹は、まだ四年生なのに、Bチームでサードをまかされていた。本当なら、五年生たちが守らなければならない重要なポジションだ。サードはバッターからの距離が短いから、すばやく左右にダッシュしなくてはならない。まだうまくできなくて、ノックでは監督にしかられてばかりだ。
 なんとかうまくなろうと、今日も、さっきからもう三十分以上も「壁当て」を続けている。 
 それでも、なかなかうまくできない。
 またボールを投げた。すばやく腰を落として、グローブを地面すれすれに構える。
(右だ)
 はねかえってくる方向に合わせて、すばやくすり足でダッシュする。
(あっ!)
 ボールを、グローブで大きくはじいてしまった。どうしても、すり足でダッシュする時に、グローブの位置が高くなってしまう。地面すれすれにグローブを構えたまま、移動するのが難しかった。
「よっちゃん」
 ふりかえると、声をかけてきたのは良平だった。
ベスの夕方の散歩らしい。ベスは、良平の家で飼っているミニチュアダックスだ。耳がたれていて、短いしっぽがかわいらしい。良平は、今日のヤングリーブスの練習をさぼったくせに、ケロリとしている。
(本当にヤングリーブスをやめちゃうのか?)
 のどからでかかったことばを、けんめいに飲み込んだ。なんだか聞いてしまったら、本当になるようでこわかった。
「壁当て、やってるんだ?」
 かけだそうとするベスをひっぱりながら、良平がいった。
「なかなかうまくいかないんだよ」
 芳樹は、息をはずませながら答えた。
「ふーん。ちょっと、やらしてみて」
 良平は芳樹のグローブを受け取ると、ベスのロープを芳樹に渡した。
「ベス」
 芳樹は、ベスの頭をなでてやった。ベスは、芳樹の手をペロペロとなめた。
良平は、大きくふりかぶって第一球を投げた。ボールは石垣にあたって、大きく左側にはねかえった。
(間に合わない!)
と、思った瞬間、良平はすばやくまわりこんでキャッチしていた。
 その後も、良平は右に左に機敏に動いて、上手に壁当てをこなしていた。
 今まで芳樹は、良平のことを守備が下手だと思っていた。でも、こうしてみるとなかなかのものだ。もしかすると、おっかない監督にビビッて、チームの練習や試合では、実力が発揮できていないのかもしれない。
(でも、待てよ)
 良平の守備位置はショートだ。ショートといえば、たんにゴロやフライを取るだけではだめだ。ダブルプレーや盗塁阻止など、いろいろとやらなければならない。そんな守備のかなめを、良平はまかされていた。 やっぱり良平も、監督に期待されているのかもしれない。
 30球ほどやってから、良平は壁当てをやめて芳樹にいった。
「そうだ、よっちゃん。キャッチボールやらないか?」
 良平はそういうと、ベスを連れて自分の家の方へかけていった。

 良平は、すぐにグローブを持って戻ってきた。
「じゃあ、やろうぜえ」
と、ポンポンと自分のグローブをたたきながらいった。
「行くぞ」
 芳樹は、ゆるい山なりのボールを良平に投げた。
 ポン。
軽い音を立てて良平がグローブでキャッチして、やっぱりゆるいボールを返す。
こうして、二人のキャッチボールが始まった。
 はじめは、ゆっくりと大きなホームで投げる。良平も、同じようにゆったりと投げかえす。なんだか、のんびりとしたいい気分だ。
 チームに入ってすぐのころは、練習から帰ってからも、よく二人でキャッチボールをしたものだった。
でも、そのうちに、だんだんやらないようになってしまった。今では、チームの練習以外には、ぜんぜんといっていいほどキャッチボールをやっていなかった。

 芳樹たちに、キャッチボールの大切さを教えてくれたのは監督だ。
チームに入って、最初の練習の時だった。
「一球、一球を大事にしなくてはいけない」
 監督は、みんなを見ながら大きな声でいった。
「キャッチボールは、野球の練習で一番大事なんだ。投げる、ボールを見る、ボールをキャッチする、相手との呼吸。すべての野球の要素が、この中に入っている」
 そういってから、新入りの子たちを上級生たちと組にならせた。
「じゃあ、はじめ」
 監督の合図とともに、キャッチボールが始まった。
 上級生たちは、新入りの子たちでも取りやすいようなゆるい球を投げてくれた。そして、こちらが暴投しても、すばやく動いてボールをキャッチした。
(早くこんなふうにうまくなりたいな)
 その時、そう思ったことを今でも覚えている。
 ふだんの練習でも、監督はキャッチボールにたっぷりと時間を取っている。そんな時、芳樹はいつも良平と組になってやっていた。
 でも、今日の練習では良平がいなかったので、他の人と組まなければならなかった。

 5球、……、10球、……。
 投げ合っているうちに、だんだん二人の投げるボールは速くなっていった。
 芳樹は、良平の一番取りやすい所に投げることに気を集中して、ボールを投げていた。そうすると、不思議なもので、良平も芳樹が取りやすいボールを投げてくれる。
 シュッ、……、バーン。
シュッ、……、バーン。
軽快なリズムにのって、キャッチボールは続いていく。投げるにつれて、二人の投げる球はますます速くなっている。
大きく振りかぶる。力いっぱいボールを投げる。
 シュッ、……、バシーン。
 気持ちのいい音を立てて、ボールが良平のグローブに吸い込まれていく。
今度は、良平がゆったりした大きなモーションで返球してくる。
 シュッ、……、バシーン。
 芳樹のグローブも、いい音を響かせていた。
 ボールの気持ちのいいひびきを聞いていると、もやもやしていた気持ちがだんだんはれてくるのを芳樹は感じていた。もうヤングリーブスをやめるつもりはなかった。
 気持ちがよかったのは、芳樹だけではないようだった。良平も、久しぶりに晴れ晴れとした表情でボールを投げている。
(やっぱり良平も野球が好きなんだな)
と、芳樹は思った。
 小さいころから、良平とは何をやるのも一緒だった。幼稚園でも、学校でもずっと同じクラスだ。
 ヤングリーブスに入ったのも、二人同時だった。
(これまでどおり、一緒にチームでがんばっていきたい)
 良平にも、そんな気持ちがあったはずだ。
(もしかすると、やめるのを思い直してくれるかもしれない)
 芳樹は、そんな気がだんだんしてきていた。
 暗くなってすっかりボールが見えなくなるまで、二人はキャッチボールを続けた。

 次の週の日曜日、リトルダンディーズとの練習試合があった。今日は、ヤングリーブスのホームグラウンドの若葉小学校の校庭で、行われることになっている。
 チームの集合時間になった。
しかし、この日も、良平は姿を見せなかった。
 試合前のグラウンドの準備が始まっても、芳樹は何度も校門の方を振り返ってみていた。
 でも、とうとう良平はやってこなかった。
(やっぱり、良ちゃんはやめちゃうのかなあ)
 そう思うと、芳樹はすっかりがっかりしてしまった。この前のキャッチボールの時は、チームに戻ってくれると思ったのに。
 これで今日のBチームの試合は、いつもの守備位置が組めなくなっていた。
良平の代わりに、ショートは三年生の隼人が守ることになった。隼人の守っていたレフトには、まだチームに入ったばかりの二年生が入らなければならない。すっかり心細いチームになってしまった。
(おれがやめること、監督にいっておいてよ)
 いつかの良平のことばがよみがえってくる。もちろん芳樹は、監督にはまだそのことはいっていない。良平がやめてしまうなんて、どうしても信じたくなかった。
「ヤンリー、ファイト」
「オー」
「ファイト」
「オー」
 試合前のウォーミングアップのランニングが終わった。
 みんなは、二列にひろがってキャッチボールを始めた。いつもは良平とやるのだが、今日も隼人と組になった。
 バーン。……。バーン。
(あっ!)
 隼人が投げたボールが高すぎて、グローブをかすめて後へいってしまった。
(やっぱり良平とでなくっちゃ、あの気持ちのよいリズムは生まれてこないなあ)
 芳樹はボールを追いかけながら、そんなことを思っていた。そして、キャッチボールを続けながら、良平がやってこないかと、芳樹は何度も校門の方をふりかえった。
 パパーン。
 クラクションを鳴らしながら、自動車が校庭のはずれの駐車場に入ってきた。相手チームのリトルダンディーズが、車に分乗してやってきたのだ。
 でも、良平は、とうとうグラウンドに現れなかった。

 Bチームの試合が、始まろうとしていた。
後攻のヤングリーブスが守備位置についた。
芳樹は、サードから隣のショートの方を見た。いつもなら、良平がこっちにむかって手をあげて、元気よく合図をしてくれる。でも、今日は隼人が、慣れない守備位置で不安そうに守っていた。
「隼人、ガンバ」
 芳樹は守備位置から声をかけた。
「うん」
 隼人が小さな声で答えた。
 試合が始まった。
 カーン。
いきなり打球がショートへ飛んだ。正面のゴロだ。良平ならなんなくさばけるところだ。
 でも、打球は、隼人がへっぴりごしで出したグローブの先をかすめて、左中間に抜けていった。そこには、初出場の二年の雄介が守っている。ボールはそこもぬけて、外野のうしろを転々ところがっていった。
 ランニングホームラン。あっという間に、一点取られてしまった。

 その後も、試合は相手チームの一方的なペースで進んでいった。二回を終わって、すでに7対0。
 その間に、ショートへは何度かゴロがきた。
でも、隼人は、ボールにさわることすらできなかった。
 ベンチに戻るたびに、芳樹は何度も校門の方を見た。
あいかわらず良平の姿は見えない。
(やっぱり、今日も来ないのかなあ)
 そう思いながらも、良平とキャッチボールをした時のことを思い出していた。キャッチボールを終える時、良平はじつに晴れ晴れとした顔をしていた。
「やっぱ、キャッチボールって、気持ちいいな」
 良平は山なりのボールを投げながら、こちらに近づいてくる。
「そうだね」
 芳樹もうなずいた。
「チームの練習の時は、そんな風に思わなかったのに」
 良平が、不思議そうに首をひねっている。
「やっぱり良ちゃんは野球が好きなんだよ」
 芳樹がそういうと、
「うん、そうかもしれないね」
 良平は、素直にうなずいていた。芳樹たちは、これからも時々キャッチボールをやろうと約束して別れた。
(あのときは、チームをやめないと思ったのに)
 芳樹はがっかりして、
(試合が終わったら、良平がやめることを監督に話さなければならないなあ)
と、考えていた。

 三回の表の時だった。この回もたくさん点を取られて、なお相手の攻撃中だった。
(あっ!)
 ふとふり返ると、校門のあたりに良平がいるのが見えたのだ。ちゃんとユニフォームを着ている。監督にやめるのをいいにきたのじゃなさそうだ。
(良かったあ、やっと来てくれた)
 やっぱり、チームをやめるのを思い直してくれたのだ。
 良平は、ノロノロとなんとかベンチのそばまではやって来ていた。
 でも、そこで立ち止まってしまった。もしかすると、来るのが大幅に遅れてしまったので、監督になんていえばいいのかわからないのかもしれない。たしかに、へたをするといつものようにガミガミおこられてしまうだろう。
 良平は、その場に立ちすくんだままになっている。
(うーん)
 芳樹は、早く良平のところへ行ってやりたくてうずうずしていた。手をひっぱっていって、監督のところへ連れて行こう。
(早くチェンジにならないかなあ)
 芳樹は気合を入れて、相手のバッターをにらみつけてやった。
 カーン。
三遊間に強いゴロがきた。芳樹が思いっきり横っ飛びすると、ボールがすっぽりとグローブにおさまった。 すばやく立ちあがって、一塁へ送球。
「アウトーッ」
 間一髪、間に合った。これで、延々と続いていた相手チームの攻撃がようやく終わった。
「芳樹、ナイスプレー!」
 監督が、めずらしく大きな声で芳樹をほめた。
 攻守交代で、みんなはベンチへかけていく。
でも、芳樹だけはベンチを素通りすると、良平の所にかけよっていった。
「よっちゃん、すごいなあ。ダイビングキャッチ」
 良平が、少し照れくさそうにいった。
「そんなことより、早く監督の所へ行けよ」
 芳樹に背中を押されるようにして、良平はおずおずと監督の方へ近づいていった。
 でも、良平に気づいた監督の顔が、みるみるけわしくなっていく。
(あっ、やばい!)
 監督が、良平をどなりつけようとしている。
 しかし、監督は大きく一つ深呼吸すると、
「良平、よく来たな。途中から試合に出すから、ウォーミングアップしとけ」
と、いっただけだった。もしかすると、監督も良平のことを心配してくれていたのかもしれない。
 芳樹はホッとして、良平にむかってニヤッとわらってみせた。良平も、少し恥ずかしそうにわらっていた。

 けっきょくその日の試合も、3対18でヤングリーブスが大敗した。前半の大量失点でやる気を失ったせいか、攻撃の方もさっぱりだった。
 とうぜん反省ミーティングでは、今日も監督にみっちりしぼられた。五年生から順番に、その日のプレーについてさんざん文句をいわれている。
 良平も、いつもとかわりなくガンガン叱られていた。四回からショートに入って、簡単なフライを落としたり、サインを見逃したりしたからだ。良平は、いつものように涙目になっている。
 芳樹も、「もっと前へ突っ込め」とか、「いくじなし」とか、さんざん監督にいわれた。三回のファインプレーのことなんか、すっかり忘れてしまったようだ。
 でも、今日は不思議と、監督にどなられてもぜんぜん気にならなかった。そんなことより、良平が戻ってきてくれたことの方がずっとうれしかったからだ。
 最後に、いつものようにみんなで円陣を組んだ。芳樹は五年生たちに頼んで、真ん中で号令をかける役を良平にやらせてもらった。
 良平は円陣の中にしゃがみこむと、両耳を手でふさいで思いっきり叫んだ。
「ヤンリー、ファイトッ!」
「オーッ!」
 芳樹も、他のチームメイトに負けないような大声で叫んでいた。




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