現代児童文学

国内外の現代児童文学史や現代児童文学論についての考察や論文及び作品論や創作や参考文献を、できれば毎日記載します。

桐野夏生「柔らかな頬」

2020-05-30 10:13:42 | 参考文献
 1999年に出版されて、第121回直木賞を受賞しました。
 北海道の支笏湖畔の別荘地から、忽然と姿を消した5歳の少女を探し続ける母親の話です。
 謎があって、推理があって、謎解きがあるといった一般的なミステリではなく、この事件に様々な形で関わった人々の人間模様を執拗に描いていく作品です。
 主人公である母親は、高校卒業後に北海道の海岸沿いの僻村から家出して、それ以来一度も家とは連絡をとらないことからも分かるように、かなり強烈な個性の持ち主です。
 彼女は野生的な女性の魅力をふんだんに持ち、勤め先の印刷の版下制作会社の社長と結婚して二人の子どもをもうけただけでなく、得意先の広告会社のエリートデザイナー(才色兼備の妻と二人の子どもを持ち、行方不明事件の舞台である別荘のオーナーでもあります)とも不倫関係にあります。
 彼女は、娘が行方不明になったことに罪の意識(娘がいなくなった日の明け方に、別荘内で男と関係を持って、子どもたちを捨ててもいいとまで思ってしまいます)のため、精神的にも肉体的にもあてどもなく漂流してしまいます(胡散臭い新興宗教の教祖に引っかかったり、テレビの行方不明事件情報番組に出演したり、毎年娘が誘拐された日の前後に北海道へ探しにいったりして、ついに四年後には夫ともう一人の娘を捨てて娘を探して北海道を流離います)。
 彼女を助けて一緒に探してくれる元刑事は、末期ガンで余命はあとわずかです。
 彼女の元不倫相手は、妻と離婚して、会社も辞め、初めた事業にも失敗して借金取りに追われています。
 彼もまた北海道まで流れてきて、ひょんなことから中年ホストになり、その後若い風俗嬢のヒモになります。
 その他の登場人物も非常にキャラが立っていて(謎の自殺を遂げる別荘地のオーナー、老女なのに異様に妖艶な彼の妻、元自衛隊員でロリコンの噂のある別荘の管理人、やり手の水商売人である隣の別荘のオーナー夫婦とそのダメ息子、待遇に不満のある駐在署員など)、それぞれが犯人だった場合の事件の結末が、夢や妄想の形で随所に挿入されていきます。
 どれも実現可能そうなのですが、それらのどれが真実なのか、それとも全部違うのかは最後まで明かされません。
 そういった意味では、この神隠しのような行方不明事件は、登場人物全員に与えられた一種の神罰(この言葉が強すぎるならば、運命と言ってもいいでしょう)なのかもしれません。




コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする