現代児童文学

国内外の現代児童文学史や現代児童文学論についての考察や論文及び作品論や創作や参考文献を、できれば毎日記載します。

山下明生「海のコウモリ」

2020-05-13 11:45:36 | 作品論
 朝鮮戦争が始まった1950年の瀬戸内海の島(作者が少年時代を過ごした能美島と思われます)を舞台に、9歳の少年のひと夏の経験を抒情性豊かな文体で描写した作品です。
 本のカバーに書かれていた出版当時の書評の抜粋を紹介すると、「美しい詩的な文体の感動的な作品」「傷つきやすい少年の日の思い出を詩的に描いた海のメルヘン」「多感で傷つきやすい少年の成長期を描く。誠実とは何かを読み取りたい」「日本的な情感にあふれ、子どもの心にもしみこむだろう」「悲しくも美しい鎮魂歌であり同時に母を恋うる愛の物語にもなっている」「感受性豊かな主人公の心の成長を軸に活写する」「漁村の人間関係の中での少年の罪と悔いと成長の物語」と、あります。
 もちろん宣伝用の抜粋なのでほめている部分だけですが、おおむね納得できます。
 80年代にたくさん書かれた、作者たちの少年時代を舞台に、ストーリー展開よりも描写を重視した小説的な作品の代表作のひとつと言えるでしょう。
 現代児童文学の構成要素としても、詩的だけども緻密な構成を備えた文章で「散文性」を獲得し、子ども世界を綿密に描くことにより「子どもへの関心」をカバーし、主人公の心の成長を描いて「変革の意志」を示しています。
 つまり、現代児童文学の小説化の見本のような作品ともいえます。
 瀬戸内海の豊かな自然、子ども世界の楽しさと残酷さ、母への愛、差別への異議申し立て、誠実に生きることの意味など、さまざまな要素が作品世界に持ち込まれていますが、図式的で性急な解決は求めず、あくまで少年の周囲の世界を描写することによって、静かに表現しています。
 この作品世界が、どこまでが作者の実体験に基づくものかわ分かりませんが、ある程度の創作上の工夫が見られます。
 主人公は9歳ですが、山下自身は1950年には13歳になっていたので、このような事件をもう少し成長した視点で眺められたことと思います。
 それを9歳の少年に仮託したことによって、作品により奥行きと普遍性を持たせることができたのではないでしょうか。
 ところで、この本は1985年の出版ですが、私の読んだ本は翌1986年で9刷です。
 このような普通の男の子を主人公にした「文学的な」作品が、一定の読者に受け入れられる土壌があったことに、80年代の児童文学の出版状況の豊かさが感じられます

海のコウモリ
クリエーター情報なし
理論社
コメント
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