現代児童文学

国内外の現代児童文学史や現代児童文学論についての考察や論文及び作品論や創作や参考文献を、できれば毎日記載します。

シンドラーのリスト

2020-05-16 10:32:11 | 映画
 1993年に公開されたアメリカ映画です。
 監督のスティーブン・スピルバーグが、念願のアカデミー作品賞と監督賞を受賞しました(他に五部門でも受賞)。
 第二次世界大戦において、アウシュビッツで虐殺される運命だった1100人ものユダヤ人の命を救った、オスカー・シンドラーの実話に基づいています。
 この映画の特に優れている点は、主人公のシンドラーを初めから聖人君子として描かずに、派手好きで好色な俗物が金儲けのためにユダヤ人を自分の工場の労働力(ユダヤ人だと安く使えるため)として利用したとして描いていることでしょう。
 それが、過酷なユダヤ人弾圧(かなり残酷なシーンが頻出します)を目撃して、その過程で彼がユダヤ人に同情するようになる過程を丁寧に描いて、ホロコーストの恐ろしさを糾弾するとともに最後の救出シーンを感動的に演出することに成功しています。
 ただ、終戦後のシンドラーは、あまりにユダヤ人目線で神格化されすぎていて、こうした問題を客観的にしか見られない日本人からすると、ややできすぎなような気もします。
 もっとも、スピルバーグはユダヤ系アメリカ人なので、ラストの描き方(シンドラーに救われたユダヤ人の生存者たちが子どもや孫たちと伴にシンドラーの墓を詣でて、彼らが現在は6000人以上になっていることを告げる)は譲れなかったのかも知れません。
 難役のシンドラーを演じたリーアム・ニーソンと、実質的に工場を差配してシンドラーのユダヤ人観を変えるきっかけを作った役のベン・キングズレー(「ガンジー」(その記事を参照してください)でアカデミー主演男優賞を受賞)の演技も見事でした。






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桐野夏生「顔に降りかかる雨」

2020-05-16 09:40:18 | 参考文献
 1993年に出版された、女流ミステリー作家の第一人者である作者のデビュー作(それ以前に他の名義で多数の著作があるようですが)で、第39回江戸川乱歩賞の受賞作です。 
 思いがけない事から、親友の女性による一億円持ち逃げ事件(しかもヤクザの金)に巻き込まれた女性主人公が、不本意ながら父親の昔の仕事である調査探偵をやる羽目になります。
 殺人、セックス、性倒錯、フェティシズム、死体愛好、バブル崩壊後の新宿、壁崩壊後のベルリン、ネオナチ、ヤクザ、企業舎弟など、スキャンダラスな題材を散りばめて、読者を飽きさせません。
 解説の香山二三郎によると、そのころミステリー界でもL文学化(女性作家による女性を主人公にした女性読者のための文学、詳しくは関連する記事を参照してください)が進んでいたようなので、特にマニッシュな装いと行動をする主人公と、その裏返しのような女性性を武器にしてのし上がった親友の造形は、女性読者には魅力だったことでしょう。
 また、親友の愛人で、主人公とも性的関係を持つ、東大全共闘出身の渋いイケメンも、主人公の相手役として用意されています。
 ただ、ジェットコースターのような二転三転するストーリー展開は、女性読者だけでなく男性読者も十分に楽しませてくれます。
 しかし、最後の事件の種明かしと、それにさらに重ねたどんでん返しは、ほとんどが主人公の長ゼリフによる説明によるもので、かなり強引で性急な感じがしました。
 もしかすると、江戸川乱歩賞の応募規定の枚数に合わせるために端折ったのかも知れませんが、加筆訂正して単行本するときには、もう少し丁寧に手を入れてもらいたかったと思いました。


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桐野夏生「グロテスク 」

2020-05-16 08:59:17 | 参考文献
 2001年から2002年にかけて週刊文春に連載され、2003年に出版された桐野夏生の代表作のひとつです。
 超一流私立大学Qの附属女子高校に入学した四人の少女に待ち受けていた、過酷なまでの階級社会と、そこで生き残るために行った四人それぞれの生き方と、その結果として社会に出てからのより過酷な階層社会で彼女たちが直面したグロテスクな事件を描いています。
 他の三人よりも1歳年少な、ハーフの超絶な美少女のユリコは、成績が達しないのに桁外れの美貌を評価されて帰国子女枠で中等部の三年に編入して、同級の男子生徒を女衒として使って、その美しさを武器に学園内の男たち(大学生や教員も含めて)を虜にして、夜の商売をすることによってサバイブします。
 彼女と対象的に地味な姉は、猛勉強して高等部から入学しますが、驚くほど露骨な階級社会(本当のエリートは小学校から入学した生え抜きの裕福な家庭の子どもたちで、中等部から入った子たちが一番優秀(もちろん彼女たちもそれなりに裕福な家庭の子です)で、高等部から入った子たちはどちらにもあてはまらなくて最下層に位置しています)に絶望し、妹とは逆に目立たないことでサバイブしようとします。
 姉と同様に高等部に入った和恵は、それでも懸命に努力して頑張りますが、みんなの軽蔑といじめの対象になり、一時期拒食症になってしまします。
 中等部から入学したミツルは、圧倒的に優秀で、一見楽々と学年でトップの成績を取り(その裏で壮烈な努力をしています)、東大医学部に合格して、この階級社会をドロップアウトします。
 社会に出てからの四人を待ち受けていたより過酷な社会を、作者は、当時のセンセーショナルな事件である東電OL殺人事件(東京電力に努めていた慶應義塾大学出身のエリート女子社員が、渋谷で夜の女をしていて殺されてしまった事件です)をベースに、オウム真理教の事件も加味して、自在にグロテスク(醜くもあり、美しくもあるとしています)に描き出しています。
 ユリコは歳とともに醜く太ってしまい、モデル、高級クラブのホステス、普通のホステス、熟女専門店のホステス、夜の女と変遷を重ねたあげくに、客の中国人に殺されてします。
 和恵は、一流建設会社に入社しますが、総合職(そのころにはそういう言葉はありませんでしたが)の女性社員としての差別や偏見のために、しだいに精神を病み、再び拒食症になってガリガリに痩せるとともに夜の女になって、ユリコと同様に殺されます(同じ犯人が疑われますが、断定はしていません。そのあたりは、現実の東電OL殺人事件の判決が二転三転していたことが影響していると思われます)。
 ミツルは、東大の医学部で自分の限界を知って自分より優秀な男性と結婚しますが、その後母親の影響で夫ともにカルト教団に入信し、大量殺人事件に加担してしまいます(作者がこの事件にはあまり興味がなかったのか、彼女の書き方が一番いい加減です)。
 ユリコの姉はその後も地味に暮らしていましたが、ひょんなことから、ユリコたちと同じ夜の女になります。
 センセーショナルな事件やグロテスクな場面が頻出していますが、作品の根底には、美しさ、学校の成績、家柄、男性への忠実度などの、様々な評価基準で競争させられている現代の若い女性たちの姿をデフォルメしながら描き出し、そのような社会を構築している男性たちを、作者は鋭く糾弾しています。
 なお、舞台になっているQ女子高校は、小学校と中等部と大学が共学で高等部だけが別学であること、父兄が非常に裕福であること、東電OL殺人事件の被害者の出身校などから、どうしても慶應義塾女子高等学校を連想させてしまうのですが、文庫版の解説を書いた文芸評論家の斎藤美奈子のその学校出身の知人によると、書かれているとおりの世界だったそうです。


グロテスク
桐野 夏生
文藝春秋
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桐野夏生「ハピネス」

2020-05-16 08:54:54 | 参考文献
 銀座に近い湾岸部にあるタワーマンション(高層階の分譲の部屋は億ションでしょう)を舞台にした、五人のママ友の話です。
 「VERY」という三十代後半から四十ぐらいまでの専業主婦を対象にした女性誌に連載されたので、読者対象を絞り込んだつくりになっています。
 舞台のタワーマンションや登場人物のファッションやグッズ類の説明は、具体的なブランド名も含めて異様に詳しく書かれています。
 そういった情報は、おそらく雑誌の編集側から提供されているのでしょうが、それらの物などの細かい差異で五人の登場人物を階層化しています。
 作品の題材も、雑誌の読者が関心のある、ママ友の軋轢、他の配偶者との不倫、主人公の秘密の過去、離婚の危機、嫁姑問題、有名私立幼稚園への「お受験」、車、ファッション、アクセサリー、ネイル、エステ、ホームパーティなどが、ふんだんに盛り込まれています。
 しかし、そのどれもが中途半端でご都合主義に書かれています。
 例えば、五人のうち三人は分譲マンション棟住まいなのに、主人公は賃貸棟(と言っても家賃は月23万円ですが)ですし、もう一人などは全く別のマンションです。
 そんな五人がママ友になるのは現実には不自然なのですが、ママ友になったいきさつは全く書かれていません。
 三人対二人の対立的構図を描くために恣意的に設定したのでしょうが、あまりのご都合主義に苦笑せずにはいられません。
 読者対象が絞られている雑誌の連載としてはそれでもかまわないでしょうが(どうせ肩の凝らない読物が期待されているでしょうから)、不特定の読者を対象とする単行本としてはどうかなと思います。
 巻末には、「単行本化にあたり、大幅に加筆修正しました」と書かれていますが、本当かな?と首をかしげてしまいます。
 かつて「OUT」などの優れたエンターテインメントを書いていた作者にしては、ずいぶんお手軽な作品を書いたもんだと慨嘆しました。
 児童文学の世界でも、雑誌に連載されたり、編集者に読者対象を絞り込まれたり(例えば小学校低学年向きなど)、枚数を指定されたりすることもあります。
 そういった出版社の注文に対して巧みに書き分けるのがプロの作家なのでしょうし、彼らにも生活があるのでそういった仕事を完全には否定しません。
 しかし、そういった作品の大半は、たんなる消費財として、すぐに忘れ去られてしまうことが多いようです。

ハピネス
クリエーター情報なし
光文社
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桐野夏生「だから荒野」

2020-05-16 08:52:32 | 参考文献
 どこにでもいるような、サラリーマンと、専業主婦と、大学生と高校生の息子の、四人家族の崩壊と再生(のきざし)を描いた作品です。
 手あかのついたようなテーマですが、一流のエンターテイメント作家の腕前がいかんなく発揮されています。
 デフォルメされた登場人物、荒唐無稽な設定、ご都合主義のストーリー展開など、典型的なエンターテインメント作品の書き方なのですが、それぞれ一ひねりしてあって読ませます。
 登場人物は、主人公を家事もパートも容姿も中途半端なダメ主婦に設定して、一方的ないい役にせずに敵役の夫や息子たちと、うまくバランスを取っています。
 設定としては、東京から長崎への主人公の移動は自動車を使っているのでロードムービーを見るような趣がありますし、面倒くさい地域コミュニティの問題、核兵器や原子力発電所の問題、老人問題などが、うまくちりばめてあります。
 ストーリー展開としては、主人公のダメ専業主婦と俗物的なサラリーマンの夫の視点を、章ごとに使い分けているので、複層的になっていて読者を飽きさせません。
 惜しむらくはラストが駆け足になっていて、結末がすとんと落ちてこない点が難かもしれません。
 児童文学の世界でも、このような身近な世界を使って読み応えのあるエンターテイメント作品を書く余地はまだ十分にあると思われます。

だから荒野
クリエーター情報なし
毎日新聞社
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桐野夏生「OUT」

2020-05-16 08:50:57 | 参考文献
 日本推理作家協会賞を受賞した作者の代表作の一つです。
 殺人、死体解体、死体遺棄といったショッキングな事件が次々と起こり、それに巻き込まれた女たちと男たちのキャラクターもデフォルメされて鮮やかに描かれている一級のホラーミステリーです。
 最後の主役の男女の対決はやや作りすぎのきらいはありますが、おおむね楽しめます。
 事件や人物だけでなく、背景になる深夜の食品工場、歌舞伎町のクラブ、バカラ賭博、街金などがしっかりとした取材でリアリティをもって描かれていることも、作品の厚みを出しています。
 児童文学の世界では、怪談や妖怪などを題材とした怖い本は腐るほどあるのですが、この作品のような本格的なホラーミステリーは開拓の余地があると思います。

OUT 上 (講談社文庫 き 32-3)
クリエーター情報なし
講談社
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