現代児童文学

国内外の現代児童文学史や現代児童文学論についての考察や論文及び作品論や創作や参考文献を、できれば毎日記載します。

ハスラー2

2020-07-14 11:22:06 | 映画
 1986年公開の、アメリカのビリヤード映画です。
 1961年公開の「ハスラー」の25年後の続編です。
 前作で、伝説のハスラーに挑んだ若き天才プレーヤー役を演じたポール・ニューマンが、現役を引退して(やり手の酒のセールスマンになっています)、今度はトム・クルーズ(「トップ・ガン」で売り出したばかりです)演じる若き天才プレーヤーのマネージャーになって、金儲けを狙います。
 わがままな若者(とその恋人)とぶつかりあっている間に、ビリヤードへの情熱を取り戻していって現役に復帰するというのは、よくあるストーリーですが、トーナメントでの二人の対決にひと工夫(準々決勝であたった二人の試合はべテランが勝つのですが、それは掛け金を儲けるるために若者が仕組んだ一人八百長だったのです。それを知ったベテランは準決勝を棄権して、プライベートな真剣勝負を若者に挑むところで映画が終わります。これが本当のカムバックだということがわかる鮮やかなラストです)がされています。
 この映画の渋い演技で、ポール・ニューマンは、何度もノミネートされて逃してきたアカデミー主演男優賞を獲得しました。
 ちなみに、この映画をきっかけにして、日本でもプールバーなどのビリヤードができる場所があちこちにできて、私も久しぶりにプレイするようになりました。
 大半は、ポケットとかプールとか呼ばれるボード上の六ケ所に穴が空いたビリヤード台で、私が学生時代にやっていた俗に四つ玉と言われる赤白四個のボールを使うキャロム・ビリヤードの台は少なかったです。
 映画では9つのボールを使うナインボールというゲームでしたが、私がやっていたのは15個使うゲーム(エイトボール?)でした。




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逆走

2020-07-14 10:39:02 | 作品
 ママの運転する車が、駅前の広いロータリーにゆっくりと入っていく。まだ時間が早いせいか、ロータリーにはほとんど他の車はいなかった。客待ちのタクシーが、ポツンと一台止まっているだけだ。
 塾へ行くときには、いつもママが駅まで車で送ってくれる。修平の家から駅まではバスで十分ぐらいだったけれど、この時間帯は本数が少なかった。
「それじゃ、帰りの時間はLINEでね」
 修平が後ろの席のドアを開けたとき、ママが言った。連絡するのはいつもの決まりきったことなのに、ママは必ずこう確認する。帰りは、塾を出たときに、家族のLINEで連絡することになっていた。その時間に合わせてスマホで電車の到着時間を検索して、ママはまたこの駅まで車で迎えに来てくれる。
「わかった。じゃあ、行ってきます」
 これもいつものせりふ。四年生になって塾へ通うようになって以来、こんなママとのやりとりが、ずっと繰り返されている。
 階段を下りる前に、修平は後ろを振り返った。
 ママの車は、ロータリーをまわって大急ぎで引き返していく。これから、にいさんやパパの夕食の準備をするのだろう。
 修平は、ハンバーグとサラダの早めの夕ご飯をすでに食べていた。これから、九時過ぎまで、がんばって勉強をしなければならない。修平が受ける私立中学の入試は、もう五ヵ月後に迫っていた。
 修平修司の第一志望は、東大合格者数一位の中高一貫校だ。二つ年上の兄の優治は、この学校に見事に受かっている。だから、修平はかなりプレッシャーを感じていた。
 優治が六年生の時には、おかあさんは駅ではなく塾まで直接車で送り迎えをしていた。
優治が塾で勉強している間、おかあさんはそばのファミレスで、本を読んだり、スマホを見たりしながら、塾が終わるのを待っていた。この習慣は、優治が志望校に合格するまで続いた。
 でも、修平の場合は、六年生になっても駅までしか送ってくれなかった。これは、おかあさんの二人に対する期待の大きさの違いかもしれない。このことも、修平にとっては、けっこう負担になっていた。
 たしかに、修平は優治よりはだいぶ成績が悪かった。そのために、かなり偏差値の低い滑り止めも含めて全部で五校も受験する予定だった。優治の時は、滑り止めも含めて二校に願書を出しただけだった。
 二人の最終目標は、大学受験の時の東大合格だった。東大はおとうさんの母校だったし、父方の親戚には東大を卒業したり現在通ったりしている人たちが多かった。そのため、優治と修平を東大に入れることは、おかあさんにとっては至上命題だったのだ。そのため、修平は、私立大学の付属校は受けない予定になっていた。

 駅のホームには、修司が乗る上りの方には、もう待っている人がいた。
 でも、反対の下り側にはいつものように誰もいなかった。私立中学生や高校生たちの通学と、逆方向になるからだろう。だから、車内もガラガラのようだった。
 塾の帰りには、通勤客がメインなので、下りの電車もけっこう混み合っていた。塾の勉強でくたびれているのに座れないこともあった。
 もう九月もなかばだというのに、今日は暑い一日だった。修平は、プラスチックのベンチに腰をおろした。
 バッグから、KIOSKで買ったダイエットコークを取り出す。
 シュッ。
 キャップをひねると、炭酸の泡の音がした。
 ゴクゴクとのどを鳴らして、一気に三分の一ぐらいを飲み干す。
「プハーッ」
 冷たさと炭酸とで、のどがキューンとする。いっぺんでかわきがいやされた。
 ホームの時計を見上げると、五時二十二分になっている。発車時刻が近づいているので、まわりに人が増えてきた。
 まだ電車到着を知らせるランプは点いていなかったが、修平はダイエットコークのボトルをまたバッグにしまうと、ベンチから立ち上がった。

 それから、少し時間がたった。
 でも、発車時刻をすぎているのに、上りの電車はなかなか姿を見せなかった。それどころか、電車の到着を知らせるランプさえまだ点いていない。
 待っている人たちが、ザワザワしはじめていた。時計を見ると、もう5分も遅れている。
 みんな、列車の来る方向をながめていた。近くにある高校の生徒なのか、同じ制服の人たちが多い。
 その時、ようやく駅員のアナウンスがホームに流れた。
「……、途中のM駅で人身事故が発生したため、上り電車は運転を見合わせています。お急ぎのところ、まことに申し訳ありませんが、……」
(人身事故かあ)
 アナウンスを聞いて、修平は嫌な気持ちがした。
「人身事故って、本当は飛び込み自殺のことなんだよ」
って、塾で同じクラスのキーちゃんから聞いたことがある。今日も、M駅で誰かが飛び込み自殺をしたのかもしれない。その人はどんな悩みを抱えていたのだろう。
 もし、飛び込み自殺だとしたら、電車のチェックなどでかなり時間がかかるだろう。当分、上り電車は来ないかもしれない。
「あーあ」
 まわりの人たちからもあきらめのようなため息が聞こえてくる。中には電車に乗るのをあきらめたのか、エスカレーターへ乗って上へあがっていく人たちも出始めた。
 アナウンスによると、いつ発車するか見込みがまだ立たないとのことだった。このままだと、塾に遅刻してしまうのは確実だった。
(後から一人で教室に入っていくのか)
 そう思うと、なんだかうんざりした気分だった。
 みんなが一所懸命に勉強している時に、後ろのドアからソッと入っていく。先生は説明を一瞬止めて、修平に静かに席に着くよう促すだろう。何人かの子どもたちは、それに気づいてこちらを振り返るかもしれない。

 と、そのとき、今度は録音されたアナウンスがホームに流れた。
「まもなく下り線に電車が到着します。黄色い線まで、……」
 電車が停まっていたのは上り電車だけで、下りはまだ動いていたのだろう。
 修平は、ホームの反対側にまわった。ホームから体を乗り出して、電車の来る方向をながめた。
 ファーーン。
 運転士が軽く警笛をならした。知らず知らずのうちに黄色いブロックを超えていた修司に対する警告だろう。あわてて体を引いた。こんな所で事故ったら眼もあてられない。
 もし、電車にはねられていたら、やはり「人身事故」として処理されるのだろう。
そして、明日の新聞の地方欄に、
『小学生が飛び込み自殺、中学受験を苦にしてか?』
と、見出しに書かれてしまうかもしれない。
 やがて、ウグイス色の電車がホームにすべり込んできた。だんだんにスピードが落ちていく。それにつれて、なぜか修平の心臓はドキドキしてきた。
(この電車に乗ったら、どうなるのだろう?)
 急に、今日だけは塾へ行きたくなくなった。
 完全に停車すると同時に、電車のドアが開いた。パラパラと、数人の乗客が降りてきたけれど、乗る人はだれもいない。
「まもなく発車します」
 ピリピリピリ。
 ドアが閉まる寸前に、は反射的に電車に飛び乗ってしまった。 

 電車はゆっくりとスピードをあげていく。車内は思ったとおりガラガラで、修平は七人がけの広い座席を独り占めしていた。
 上半身をひねって窓の外を見ると、見慣れぬ風景が流れていく。いつもとは逆走しているわけだ。修平はこちらの方向の電車には、あまり乗ったことがなかった。
 修平は、そのままぼんやりとその風景をながめていた。もう夕方なのにカラフルな洗濯物が干されたままになっているマンションや、ところどころに古い建物があるだけの広い敷地の工場などが続いている。
 電車は、見知らぬ駅にいくつかとまった。腕時計を見ると、六時を過ぎたところだ。塾では、一時間目の授業が始まっているだろう。
 修平はまた、少し薄暗くなり始めた外の風景をながめながら、いつのまにか最近の自分のことを考えていた。
 三ヶ月前に少年野球チームをやめてから、塾での修平の成績は着実に上がっている。野球のために今までは出られなかった火曜と木曜の特進クラスや、土曜や日曜の模擬テストを、受けられるようになったせいかもしれない。
 修平の入っていた少年野球チームは、五月の郡大会で敗れてしまって、夏の県大会への道は閉ざされてしまっていた。それをきっかけにして、修平はチームをやめたのだった。
 本当は、六年生は毎年秋の町の大会まではチームに残ることになっていた。そのため、このときにやめたのは、修平一人だった。修平は、五番でサードという主力選手だったので監督やコーチは残念がっていたが、最後には受験勉強をがんばるようにと励ましてくれた。
 少年野球をやめたおかげか、最近は塾の勉強に百パーセント集中できていた。

 修平の通っている塾では、成績別にクラスが分かれている。全部で七クラスがあってAから始まるアルファベット順になっている。ただし、国立や最難関私立を受験する一番上のクラスだけは、Sクラスと呼ばれていた。もちろん、スペシャルのSだ。
 少年野球をやめるまでは、修平は上から三番目のBクラスか四番目のCクラスにいた。
 それが、今では上から二番目のAクラスまであがっていた。そこは、私立大学の付属校や難関私立向けのクラスだった。
 でも、修平の、いやママのといった方が正しいかもしれないが、第一志望校は、東大合格数一位の最難関私立校だ。そのためには一番上のあのSクラスへ入らなければならない。
 この間の、塾の三者面談では、今の成績ではまだ合格は難しいといわれている。第二、第三志望も、東大に合格者を出している中高一貫校だった。そこだったら、たぶん大丈夫だろうというところまではきていた。
 最近の修平の唯一の息抜きは、一日三十分の携帯ゲームだ。今は、恋愛シミュレーションゲームをやっている。ゲームの中では、仮想のガールフレンドである美月と付き合っていた。画面を通して美月と会話している間だけは、修平はホッとできた。
 塾のクラスに、美月によく似た女の子の薫がいた。修平は前から薫に声をかけたいと思っていたが、大事な受験前なので我慢していた。それに、薫は女子校を、修平は男子校を受けるので、中学になったらどうせお別れなのだ。

 T駅で、たくさんの人たちが乗り込んできた。高校生たちにまじって、サラリーマンやOLも増えている。みんな勤めの帰りなのだろう。そろそろ、帰宅ラッシュの時間に近づいたのかもしれない。
 外はだんだん暗くなり始めている。修平は、もう風景を眺めることもせずに、まっすぐ前を向いて腰をおろしていた。
 電車は、修平が乗った駅からどんどん遠ざかっていく。
 それに連れて、修平は自分の日常生活、特に塾を中心とした生活から離れられたような気がしていた。そう思う少しだけ気分が軽くなった。
 とうとう電車が終点の駅に着いた。大勢の人たちが我先にと降りていく。
 でも、修平はそのまま座っていた。
 電車は車庫に入らすに、折り返し運転になるらしい。修平は、そのままこの電車で引き返すことにした。
 その時、アナウンスが流れた。
「お急ぎのところ、まことに申し訳ありませんが、M駅で発生した人身事故により、上り電車はダイヤが大変乱れております。時間調整のため、しばらく発車を見合わせます。また、状況がわかりしだい、随時お客様にお知らせいたします」
(どのくらい遅れるのだろう。あまり遅くなって、塾が終わる時間を過ぎたらまずいな)
と、思った。おかあさんに、塾をさぼったことを感づかれてしまうかもしれない。

 しばらくして、電車はようやく逆方向に走りだした。修平はホッとした気分だった。
 でも、まだノロノロ運転だ。まあ普通に走ったのでは、自分が降りる駅に早く着き過ぎてしまうので、修平にはちょうど良かったけれど。
 修平はもう一度振り返って外を眺めた。空はもう真っ暗になっていて、建物の明かりが輝いている。
 電車は、また人々を乗せたりおろしたりしながら、ゆっくりと走っていく。修平は、もう外を眺めることなく、ぼんやりと腰を下ろしていた。
 電車は、修平の乗った駅へどんどん近づいていく。それにつれて、修平の気分は、いつもの塾中心の日常のものに戻っていった。
 修平が降りる駅にもうすぐ到着するとき、スマホで時間を見た。うまい具合にちょうど塾が終わる時刻だった。
(迎えに来て)
 修平は、ママ宛てに帰りのLINEを送った。これなら送った場所はわからないから、ママにはどこに行っていたかはわからない。
 電車が修平の降りる駅に着いた。修平はゆっくりとホームへ降り立った。
 ドアが閉まって、電車はまた走り出した。
 修平は、ホームから走り去っていく電車を見送った。
(明日からは、またあの塾に向かう電車に乗るのだろう)
 そう思いながら、修平はゆっくりと階段を登り始めた。

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