「割り算をする時には、……」
担任の吉田先生が、教壇で算数の授業をしている。三年二組の教室では、みんなが熱心に先生の説明を聞いていた。
そんな中で、洋治だけは、授業に集中できないでいた。洋治は、机の中からそっと人形を取りだした。テレビの戦隊物、ゴーゴーファイブのゴーゴーレッドの人形だ。
洋治は、人形を教科書の陰にそっと隠した。
(良平)
洋治は心の中でつぶやいた。良平というのは、洋治の弟だった。
洋治は、この人形のことを、良平だと思って大事にしている。いつでもどこに行く時でも、この人形を持っていた。
学校に行く時には、ランドセルに入れている。
学校に着くと、ランドセルから机の中に移した。
そして、帰りは、またランドセルに戻した。
家に戻ると、自分の勉強机の上のいつもの場所に飾っている。
家の外に行く時には、ポケットの中に入れて持っていく。
本当の弟の良平は、享年病気でOK死んでいた。
亡くなる一年前に発病してから、良平はずっと病院にいた。
毎日、学校の帰りに、洋治は病院にお見舞いに行った。
おかあさんは、病院で良平に付き添っている。家に戻っても誰もいないので、自然と洋治も病院へ行っていたのだ。
夕方になると、おとうさんもやってきたので、良平の病室はまるで自分たちの家の居間のようだった。
夜の八時に面会時間が終了すると、三人はおとうさんの運転する車で家に戻った。それから三人の遅い夕食が始まるのだ。
休みの日にも、一家で洋平の病院へ行くことが多い。
そんな時は、昼食も病院の食堂で食べていた。
ゴーゴーレッドの人形は、その良平の形見だ。良平は、このテレビの戦隊物の大ファンだった。病室のベッドのまくら元には、いつも五つの人形が置いてあった。
ゴーゴーレッド、ゴーゴーイエロー、ゴーゴーピンク、ゴーゴーブルー、ゴーゴーブラックだ。
良平の病室にも、テレビがあった。専用のカードを差し込むと千円で十時間見られるやつだ。
毎週日曜日には、良平は病室でもゴーゴーファイブを欠かさず見ていた。病院に来ていた洋治も、良平と一緒にゴーゴーファイブを見た。
その時、良平はまだ幼稚園児だった。病室には、幼稚園の先生や友だちもお見舞いに来てくれた。
良平は、ゴーゴーファイブがいつか病気をやっつけてくれると、最後までかたく信じていた。
良平のお通夜には、近所の人や幼稚園の友だちがたくさん来てくれた。
近所の自治会館にささやかな祭壇が作られた。黒い枠に囲まれた写真の中で、良平がほほえんでいる。いつもの少しはにかんだような笑顔だ。
花に囲まれた小さな棺が悲しい。良平は、まだこんなに小さかったのだ。
洋治は、両親と並んで、入り口でみんなにあいさつをしていた。その間も涙が出て止まらなかった。
「石川くん、元気を出してね」
洋治の担任の吉田先生がなぐさめてくれた。
良平の主治医だった渡辺先生も来た。
「力が及ばなくて、…」
先生は、まだ謝罪の言葉を口にしていた。
翌日の告別式にも、みんなが来てくれた。
最後に、おとうさんが、みんなにお礼のあいさつをした。その横に並んだ洋治は、懸命に涙をこらえていた。
火葬場で、洋治は良平と最後のお別れをした。
待っている間、親戚の人たちは待合室でビールを飲んでいる。おとうさんとおかあさんは、みんなにビールをついで回っていた。
洋治の眼の前にもジュースが置かれている。
でも、洋治は一口も飲めなかった。
時間がきて、みんなで良平の骨を拾った。良平の骨は真っ白だった。そして、悲しいほど少ししかなかった。
良平が亡くなって、洋治は両親との三人暮らしが始まった。
食卓には、良平が入院するまで使っていた子ども用のいすがそのまま残されている。
いつも、三人で黙って食事をしていた。
洋治には、今でも良平がそばにいるような気がする。良平は、いつも陽気に笑い声を立てていた。
新しい仏壇が買われ、良平の位牌が真ん中に置かれている。仏壇は居間の窓際に置かれた。良平がいつでもみんなと居られるようにするためだ。
仏壇の隣には、今でも祭壇が飾られ、良平の大きな写真が置かれている。祭壇には、良平が好きだったリンゴやバナナ、チョコレートなどが欠かさず供えられていた。もちろん、大好きだったゴーゴーファイブの五人の人形も一緒だ。
洋治は、そこからゴーゴーレッドをそっと持ち出した。そして、その人形が良平だと思うことにしたのだ。なんだかそうすると、良平を失った悲しみが少しだけ減るような気がした。
そして、人形は学校へも持っていくようになった。
洋治は、良平が死んでから、他の人としゃべれなくなってしまっていた。
学校にはもう友だちはいない。洋治はいつも教室に一人でいる。机の中にそって入れてあるゴーゴーファイブの人形を、覗き込むようにして眺めていた。
(なんで死んだのは、ぼくではなく良平だったのだろう)
良平はいつも明るくて、家でも幼稚園でも人気者だった。良平は、誰とでもすぐに友だちになった。
(それに比べれば、ぼくなんか、人見知りをするし、人気もない)
良平が死んでから、洋治の家は火が消えたようだった。おかあさんもおとうさんも、良平を失った悲しみから立ち直れていないでいた。そんな雰囲気を、洋治には取り戻すことができなかった。
(良平ではなく、ぼくが死ねばよかったんだ)
きっと神様は、ぼくと良平を間違えてしまったのだ。
(ぼくが死んだら、誰か悲しんでくれるだろうか)
いつもそう思っていた。
担任の吉田先生が、教壇で算数の授業をしている。三年二組の教室では、みんなが熱心に先生の説明を聞いていた。
そんな中で、洋治だけは、授業に集中できないでいた。洋治は、机の中からそっと人形を取りだした。テレビの戦隊物、ゴーゴーファイブのゴーゴーレッドの人形だ。
洋治は、人形を教科書の陰にそっと隠した。
(良平)
洋治は心の中でつぶやいた。良平というのは、洋治の弟だった。
洋治は、この人形のことを、良平だと思って大事にしている。いつでもどこに行く時でも、この人形を持っていた。
学校に行く時には、ランドセルに入れている。
学校に着くと、ランドセルから机の中に移した。
そして、帰りは、またランドセルに戻した。
家に戻ると、自分の勉強机の上のいつもの場所に飾っている。
家の外に行く時には、ポケットの中に入れて持っていく。
本当の弟の良平は、享年病気でOK死んでいた。
亡くなる一年前に発病してから、良平はずっと病院にいた。
毎日、学校の帰りに、洋治は病院にお見舞いに行った。
おかあさんは、病院で良平に付き添っている。家に戻っても誰もいないので、自然と洋治も病院へ行っていたのだ。
夕方になると、おとうさんもやってきたので、良平の病室はまるで自分たちの家の居間のようだった。
夜の八時に面会時間が終了すると、三人はおとうさんの運転する車で家に戻った。それから三人の遅い夕食が始まるのだ。
休みの日にも、一家で洋平の病院へ行くことが多い。
そんな時は、昼食も病院の食堂で食べていた。
ゴーゴーレッドの人形は、その良平の形見だ。良平は、このテレビの戦隊物の大ファンだった。病室のベッドのまくら元には、いつも五つの人形が置いてあった。
ゴーゴーレッド、ゴーゴーイエロー、ゴーゴーピンク、ゴーゴーブルー、ゴーゴーブラックだ。
良平の病室にも、テレビがあった。専用のカードを差し込むと千円で十時間見られるやつだ。
毎週日曜日には、良平は病室でもゴーゴーファイブを欠かさず見ていた。病院に来ていた洋治も、良平と一緒にゴーゴーファイブを見た。
その時、良平はまだ幼稚園児だった。病室には、幼稚園の先生や友だちもお見舞いに来てくれた。
良平は、ゴーゴーファイブがいつか病気をやっつけてくれると、最後までかたく信じていた。
良平のお通夜には、近所の人や幼稚園の友だちがたくさん来てくれた。
近所の自治会館にささやかな祭壇が作られた。黒い枠に囲まれた写真の中で、良平がほほえんでいる。いつもの少しはにかんだような笑顔だ。
花に囲まれた小さな棺が悲しい。良平は、まだこんなに小さかったのだ。
洋治は、両親と並んで、入り口でみんなにあいさつをしていた。その間も涙が出て止まらなかった。
「石川くん、元気を出してね」
洋治の担任の吉田先生がなぐさめてくれた。
良平の主治医だった渡辺先生も来た。
「力が及ばなくて、…」
先生は、まだ謝罪の言葉を口にしていた。
翌日の告別式にも、みんなが来てくれた。
最後に、おとうさんが、みんなにお礼のあいさつをした。その横に並んだ洋治は、懸命に涙をこらえていた。
火葬場で、洋治は良平と最後のお別れをした。
待っている間、親戚の人たちは待合室でビールを飲んでいる。おとうさんとおかあさんは、みんなにビールをついで回っていた。
洋治の眼の前にもジュースが置かれている。
でも、洋治は一口も飲めなかった。
時間がきて、みんなで良平の骨を拾った。良平の骨は真っ白だった。そして、悲しいほど少ししかなかった。
良平が亡くなって、洋治は両親との三人暮らしが始まった。
食卓には、良平が入院するまで使っていた子ども用のいすがそのまま残されている。
いつも、三人で黙って食事をしていた。
洋治には、今でも良平がそばにいるような気がする。良平は、いつも陽気に笑い声を立てていた。
新しい仏壇が買われ、良平の位牌が真ん中に置かれている。仏壇は居間の窓際に置かれた。良平がいつでもみんなと居られるようにするためだ。
仏壇の隣には、今でも祭壇が飾られ、良平の大きな写真が置かれている。祭壇には、良平が好きだったリンゴやバナナ、チョコレートなどが欠かさず供えられていた。もちろん、大好きだったゴーゴーファイブの五人の人形も一緒だ。
洋治は、そこからゴーゴーレッドをそっと持ち出した。そして、その人形が良平だと思うことにしたのだ。なんだかそうすると、良平を失った悲しみが少しだけ減るような気がした。
そして、人形は学校へも持っていくようになった。
洋治は、良平が死んでから、他の人としゃべれなくなってしまっていた。
学校にはもう友だちはいない。洋治はいつも教室に一人でいる。机の中にそって入れてあるゴーゴーファイブの人形を、覗き込むようにして眺めていた。
(なんで死んだのは、ぼくではなく良平だったのだろう)
良平はいつも明るくて、家でも幼稚園でも人気者だった。良平は、誰とでもすぐに友だちになった。
(それに比べれば、ぼくなんか、人見知りをするし、人気もない)
良平が死んでから、洋治の家は火が消えたようだった。おかあさんもおとうさんも、良平を失った悲しみから立ち直れていないでいた。そんな雰囲気を、洋治には取り戻すことができなかった。
(良平ではなく、ぼくが死ねばよかったんだ)
きっと神様は、ぼくと良平を間違えてしまったのだ。
(ぼくが死んだら、誰か悲しんでくれるだろうか)
いつもそう思っていた。