現代児童文学

国内外の現代児童文学史や現代児童文学論についての考察や論文及び作品論や創作や参考文献を、できれば毎日記載します。

安田夏菜「むこう岸」

2022-05-01 17:19:32 | 作品論

 第59回の日本児童文学者協会賞を受賞した作品です。

 男女二人の中学三年生が主人公で、二人が交代してそれぞれの視点で物語を語っていきます。

 男子は、東大合格で有名な中高一貫校の勉強についていけず、中学二年末で自主退学して公立中学(地元ではドロップアウトしたことがばれてしまうので、わざわざ電車で離れたところにある学校に通っています)に転校してきました。

 女子は、父親がなくなり母親が精神的な病気で働けないので、生活保護を受けています。

 彼女は、生活保護を受けていることがみんなに知られて差別されますが、ガッツがあるのでそのことには負けていません。

 ただし、高校へ行ってからもバイトやそれを進学のために貯金することができない(その分が支給から減らされる)し、大学や専門学校へ進学できない(彼女は看護師志望です)と知らされて(実はいろいろな例外や裏技があってどちらも可能なのですが、制度が複雑なためにケースワーカーから正しくサポートされていない)、やる気を失っています。

 ひょんなことから、二人は知り合って、女子が面倒を見ている中一のアフリカ人を父に持つ巨漢の男子生徒(勉強から完全に落ちこぼれ、みんなと口もききません(筆談をしています))を、男子がボランティアの家庭教師をすることになります。

 さまざまなトラブル(男子と中一の男の子が酔っ払いにからまれる。その酔っ払いに三人がマスターの好意で居場所にしていたカフェーを放火される。学歴至上主義で無理解な男子の父親とそれに黙従している母親。すべての家事や妹の面倒などだけでなく精神的にも女子にもたれかかって生きている母親など)を切り抜けながら、二人は徐々に生活保護についての知識を深め、女子の将来の展望(バイトでお金をためて、高卒後も進学ができる)が開けてきます。

 それに伴って、受験勉強によって失われていた、「知りたい」「そして、その知識を誰かの役に立てたい」という真の勉強への情熱を、男子も取り戻します。

 正直言って、物語づくりはあまりうまくなく、男子の両親や女子の母親も定型化されていますが、この物語を通して貧困やヤングケアラーの問題を取り上げ、特に生活保護への偏見を取り除いていこうとする作者の情熱は強く感じられました。

 

 

 

 

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