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・・・🌺 春はそこまで 🌺・・・

鹿俣山(新関東百)

2021年07月25日 | 関東百名山

9:20 JR上越線沼田駅(後ろの山は子持山=関東百)

関越バスで70分登山口になる「玉原センターハウス」へ

10:40 探鳥路入口(登山口)

ブナ平(ブナの森)経由して鹿俣山へ   

ノリウツギ

ホトトギス

今日の脇役キノコ達です

ブナの木目

木の肌には、不規則のようでいて決まった模様のリズムがある。

長い間生きてきた歴史が幹に刻まれている。

耳をあてると木の話が聞こえてくる。【埴沙萌著植物記より】

  

下は枯れても生きてます 

コブは細菌🦠と戦った証

ブナの林床はチシマザサに覆われ花は驚くほど少ない

食べられそうですね、無数の小さい虫が飛んでいました

11:10 ブナ地蔵(分岐)

ブナ地蔵(名付けて妙👏 👏 👏)

食べられる?いや食べられない

チシマザサの狩り払われた登山道

チシマザサ:ネマガリダケ

イネ科のササ。北海道,本州の日本海側の山地落葉樹林下に大群落をなしてはえる。

茎は高さ1〜2mで無毛,葉は狭楕円形でつやがあり,まれに紫色の花が開く。

クマザサに似るが,茎は上部で分枝し,葉は白い縁どりがない。

たけのこは山菜として食用。

ニガナ

ゲレンデをします

ヨツバヒヨドリ

ヤマハハコ

ボタンズル

  

上州三峰山     子持山

ガクアジサイ

アジサイは野山に自生しているガクアジサイをもとにして日本で作られた。

大きな花びらのように見えるのは愕(がく=花びらを支えているもの)

この花には、雌しべや雄しべがないので実ができない、飾り花だ。

もうすぐ山頂

登山道で旧知のH野さんと再会(関東百の仲間です)

ギンリョウソウ見っけ

12:20 鹿俣山あいにくの空で眺望はなし、埼玉県からきたご夫妻と談笑

 昼を食べて12:35 降りました

鹿俣山:1637m(新関東百)

沼田市と水上町の境、南西斜面には玉原スキー場がある。

12:50 シャクナゲ群生地

日が差してきました

朴の木

一旦ゲレンデへ出てまた森の中へ

クランク 

13:20 探鳥路分岐

13:40 ラベンダーパークBSへ無事下山

(ラベンダーパーク駐車場はこの賑わい)

15:20 沼田駅へ戻ってきました、🥵 (´Д`υ)アツィー 🥵

👺 👺 👺

天狗像の由来です

迦葉山、弥勒寺(みろくじ)沼田市街地から北方約16キロメートル、

 武尊山系に連なる深山幽谷の浄域にある。

迦葉山の中峰堂には、日本一の大天狗面(顔の丈:6.5m、鼻の高さ:2.8m)と、

交通安全を祈願して作られた「交通安全身代わり大天狗」(顔の丈:5.5m、鼻の高さ:2.7m)

 が安置されています。【沼田観光協会】

  歩程:標高差396m、約7km、3時間

 9:20 JR沼田駅 =10:30 センターハウスBS ⇒10:40 探鳥路入口(ブナ平) 

  ⇒11:10 ブナ地蔵 ⇒12:20・35 鹿俣山・昼食 ⇒12:50 シャクナゲ群生地 

  ⇒13:20 キヤンプ場分岐 ⇒13:40 ラベンダーパークBS =沼田駅

     新関東百 7/10 鹿俣山 完登


霧ヶ峰(車山)

2021年07月18日 | 日本百名山

 

妙な言い方だが、山には、登る山と遊ぶ山がある。

前者は、息を切らし汗を流し、ようやくその頂上に辿りついて快哉を叫ぶという風であり、

後者は、歌でもうたいながら気ままに歩く。

もちろん山だから登りはあるが、ただ一つの目標に固辞しない。

気持ちのいい場所があれば寝転んで雲を眺め、わざと脇道へ入って迷ったりもする。

 当然それは豊かな地の起伏と広濶な展望を持った高原状の山であらねばならない。

霧ヶ峰はその代表的なものの一つである。 【日本百名山:深田久弥】

梅雨の明けた7月17日「霧ヶ峰」へ田﨑さんと遠征してきた。

今日は「特急あずさ」で茅野駅へ

10:20 茅野駅から車山高原へ向かいました。

11:25 車山高原(三度目になります)

蓼科山と北八ヶ岳です

カキツバタ

信濃自然歩道が整備され、大周りを強いられます(スキー場内は歩けない)

ヨツバヒヨドリ

カワラナデシコ

右奥が車山です

シシウド

ウツボグサ

甲虫も元気でした

表示板

ハクサンフウロ

タカネコウリンカ

ニッコウキスゲ(柵内に保護されて意外と少ない)

ドームのあたりが山頂(リフトを乗り継いでも行けます)

最後の急登を行く田﨑さん(背中が丸いぞ・・・・・。)

車山神社

・・・・・・。

12:35 車山、360°の眺望

車山:1952m 南側山腹をビーナスラインが通る。

茅野方面からみると「大八車」に似ているからこの名がある。

霧ヶ峰湿原は植物群落として天然記念物に指定されている。

八ヶ岳

右)雲をかぶった雪のない夏の🗻

南アルプス

左)中央アルプス 右)北アルプス 右手前)鉢伏山

槍ヶ岳(提供田﨑)

イブキジャコウソウ

シナノキンバイ

12:55 車山肩へ下ります

車山肩

13:25 車山肩~車山湿原を通り、車山乗越へ

バイケイソウ

イブキトラノオ

蝶々深山:1836m(寄りませんでした)

🦋 🦋 です

13:45 車山乗越 

山彦尾根を行けば南の耳~北の耳~男女倉山を経て八島湿原へ

陽ざしが強い

ウスユキソウ

ミヤマキリンソウ

14:35 車山高原ビジターセンターへ戻りました

高原に咲いている花は数が少なかったのが意外でした。

梅雨明けの主役は間違いなく「青い空と白い雲」

🌻  🌹  🌼

  行程:標高差351m、8km、約3時間

  10:20 茅野駅BS =車山高原BS ⇒11:35(信濃自然歩道・中信高原ルート)

   ⇒12:18 車山乗越 ⇒12:35・12:55 車山・昼 ⇒13:25 車山肩

   ⇒(車山湿原) 13:45 車山乗越 ⇒14:35 車山高原BS


おばあちゃんと遠足:49

2021年07月14日 | おばあちゃんと遠足

7月11~12日、一年ぶりの「おばあちゃんと遠足」は奥下田「観音温泉」へ

https://www.kannon-onsen.com/

特急踊り子号で伊豆急下田へ

マイクロ🚍で25分「観音温泉」へ  

お洒落な調度品

ひつじ草(睡蓮)👆11日15:30

翌日咲いていました 👆12日9:00

夕食、久しぶりに豪華な食卓でした

 お造り(3人前)

趣があります

♨  ♨  ♨

温泉は:自家源泉かけながし、強アルカリ(ph)美肌の湯

効能:アルカリ性が皮膚表面の脂肪を分解して、脂肪酸ナトリウムを生成。

 これが石鹸と同じ役割をするので、入浴しただけで汚れを落とす効果がある。

 肌がツルツル、スベスベして爽快感がある。

まろやかな味のする飲泉水でもありました。

女将の好み?蘭がいたるところに・・・・。

 (^o^)ノ < おやすみー 

 館内に鳥が歩いてました

豪華な 朝 食 

蓮の蕾

蓮の葉模様、何やら家紋にありそうな・・・・・。

10:00のバスで下田駅へ戻りました。

⛩  ⛩  ⛩

伊豆急下田駅で3時間あったので、

マイクロバスの車窓から気になっていた円錐形の綺麗な山

(大汗をかいて)下田富士:191mを  してきた。

(山頂に鎮座する)浅間神社参道

右)拝殿 左)龍爪神社の祠 拝殿の後方から山頂へ続く30分ほどの山道。

「山の神」

ここから山道

八合目に祠、フェンス脇には「女人禁制」の石碑が

岩場から臨む🗻方向

11:00 富士浅間神社(山頂)

唯一目立った 

 寝姿山 

11:30 東西方向(下田駅)から見ると、南になだらかな山。

大汗をかいた約1時間のミニハイキングでした。

🎹  🎹  🎹

10日(土)twins3回目のピアノ発表会

プログラム

ヒナボウ

メイちゃん

生長を感じた演奏会でした     


梅雨前線・停滞

2021年07月08日 | 日記

<梅雨前線の停滞>

関東地方の梅雨入り宣言は6月14日(平年より一週間遅い)

にもかかわらず梅雨明けのような日が続いていたが本格的な梅雨の空に・・・

登山への足も停滞、自然には勝てないので晴登雨読

加藤廣さんの作品に凝ってます。

加藤廣:1930~2018年

東京大学法学部卒。

中小企業金融公庫、山一証券を経て経営コンサルタントに。

2005年、長編時代小説『信長の柩』にて文壇デビユー、

『秀吉の伽』『明智左馬助の恋』に至る「本能寺三部作」はいずれも

ベストセラーに・・・・・。

                     【家康に訊け】帯より抜粋

📚  

加藤史観

秀吉の出自は「山の民」という。

起源を平安時代の藤原氏の末裔に連なるという高貴な部族。

中央での権力抗争に敗れて丹波に逃げ込んだ一門の系統。

この部族は自分たちの出自について口外せず、口も団結も固い。

三代までは、十二歳からの二年間、丹波で集団学習を受けることを義務づけられている。

ただの気が利く若者ではなかった。

                    【信長の血脈より】

巷間伝えられる秀吉像は(1536~1597)

尾張中村の足軽・木下弥右衛門と百姓の娘との間に生まれた

(異説もある)今川家の飯尾豊前守の家来・松下之綱に奉公した後、

織田信長に仕える。機知に富む。

               【日本史ものしりハンドブック】

まさに異説に光明を与えた作家。

【空白の桶狭間】では「桶狭間の戦い」はなかったと推理する。

永禄3年(1560年)5月、愛知県の桶狭間で織田信長が今川義元を、桶狭間で

奇襲をかけ葬り去った戦い。

と学んだが、実際の合戦はなく秀吉が「山の民」を使い今川義元を討ち取った

と推理している。何故??????が多い史実に新しい解釈を与えた作品だった。

45歳の今川義元が天下取りを目指し京への道で、

何故桶狭間みたいな場所で休憩をとっていたのかは誰も説明できない史実に

明解な回答を準備してくれた。

興味のある人、詳しくは本で確認してください。

📚   📚

作家の浅田次郎さんがこんなことを云っていた。

ノンフィクションなら歴史書を読めばいい。

小説は「やられたな・・・こんな解釈もあったか?」と思わすのがいい作品だと。

📚  📚  📚

司馬遼太郎さんの本を読むと、作者は「現場にいたのか?」とさえ錯覚するような

詳細を表現している。

加藤廣さんも、古書を資料を分析・調査し、新たな(大胆な)史実を推理、

提供してくれる。

惜しい作家を失ったようだ。

 

🚋  🏔  ⛰  🗻  🚌  

今年の夏山

☢大キレット☢  厳しいカモ

アサヨ峰(山梨百、三百名)南アルプス早川尾根

蓮華岳・針の木岳

霞沢岳(二百)北アルプス

💉

今日はこれからワクチン(ファイザー)1回目の接種