アートの材料は何も物質的な材料である必要はないわけで。
彼にとってはそれは人の感情でも、音でも、人工知能でも、テクノロジーでも、エネルギーでも、何だっていいのだ。。。
今回参加させていただいたプロジェクト、フランスで飛ぶ鳥を落とす勢いで活躍されているアーチスト、Charlie Aubry の「思い出の交響曲」
今回、彼が目をつけた材料はなんと「老人たちの記憶」。私たちプロフェッショナルの音楽家が即興演奏によりそれを揺り起こし、その音楽にインスパイアされて老人たちが絵を描き、その絵を今度は音楽院に持って行って、子供たちがそれを楽譜と見立てて即興演奏をするという、三重構造の末に出てきた音が素材となっている。
それはそれだけでは芸術とは呼べないモノだけど、彼の手にかかると、それは真っ暗な船の中で、美しいアートに変貌した。
老人たちが描いた絵を「楽譜」に見立て子供たちが即興
それは、まるで現代版のおとぎ話のように私には見えた。そこは現代のアリスの不思議の国。記憶と音と光と闇の交差する異世界。
L’installation sonore « Symphonie des souvenirs » est ouvert (entée libre!) jusqu’au 2 Juillet A la pop 61 quai de la Seine 75019 Paris
今日、多様性が叫ばれているけど、それを飛び越えて繋げられる本物のキャパを持った人は少ない。コラボ、とか言って表面や建前でやって、結果全然芸術的に評価できないものが多い。
しかしシャルリーさんはそれを見事にやってのける。人間の多様性は彼にとってアートの材料の宝庫のようだ。空を飛びながらひょいひょいっとそれらを見つけて繋げてしまう。
今、世の中はグローバリゼーションにより、私たちは伝統を喪い、肥大したテクノロジーの奴隷になって、根っこのない綿毛のように、溢れる多様性の中をふらふらと彷徨っている。
そういう時代に、それを悲観するでもなく、楽観するでもなく、逆にそれ自体を全部飲み込んでアートで表現してしまうという、私が身をもって戦って来たこの課題に肩透かしの答えを与えるかのような、その発想力に最初は圧倒された。
しかし、彼の仕事に関わる中で、私に出来る役割があることが分かってきた。それは個人個人の素材を最大限に引き出す現場での作業__それには、これまでの長い経験で培った勘が役に立った。
老人たち、音楽院の子供たちを人間的に理解し、音楽的に即興で自分をできる限り出させる。瞬間瞬間のフィーリングをキャッチし、かつ各自のエゴに傾きすぎないよう、グループ内での関係性を細かく修正する。
Générations(世代)を音にTisser(編み込む)する、というプロジェクトの核心、まさしく音に生命力を編み込む作業だった。
空を飛び回ることはシャルリーに任せて、シャルリーは私に地下で繋げる作業を任せる、この辺の呼吸がピッタリと合った。
最初は手探りで始まった現場だったのだけれど、数ヶ月にわたるセッションの後、先日ファイルコンサートで、子供たちが初めて老人たちに直に出会って、目の前で彼らの絵を即興で音に表したとき、彼らの間に深い交流が芽生えたのが分かった。これには、このプロジェクトに関わった全ての人たちが感慨を覚えたと思う。
老人ホームコンサートのひとこま
そして何よりそのあと、今年初めての、どこまでも青空の突き抜ける夏日に、船上で自分達を即興という表現で解放した時の子供たちの清々しい表情といったら!自由即興とは、こんなに素晴らしいものだったのか、と逆に私が教えられたほど、忘れられない瞬間だった。
この日はパリで数百というイベントが行われるnuit blanche(白夜)と呼ばれる特別な日だったのだけれど、前衛船ラ・ポップ船内作品展示の我々のオープニングコンサートは、なんとル・モンド紙推薦イベントのベスト10に選出されたのだそうな。
私の中で、まさしく伝統から現代への変換の過渡期に出会ったシャルリー。
またこれからも絶対一緒にやろう!シャルリーとはそう約束して別れたのでした。
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