2度にわたる緊急事態宣言により、COVID-19の感染拡大の元凶にされた夜間の飲食業界の人たちは、「俺たちの業界を助けてくれる族議員がいないから、目の敵にされている」と嘆いていた。
確かに観光業関連は自民党の幹事長という大物がついており、莫大な税金を使って国民を動かしたのだが、その結果が急速な感染者増加になったことは言うまでもない。
コロナ禍で犠牲になった業種は飲食業界だけではなく、例えば「冠婚葬祭」関連でも大きな影響を受けている。
「冠婚」も「葬祭」も人が集まらなければ成り立たない。
昨年は結婚式を延期した多くの若い人たちがいたらしいのだが、COVID-19に感染して亡くなった人は、遺族や親族に見送られることなく火葬されたという。
そんな状況を考えると3年前に老人施設で亡くなった母が、もっと長生きして昨年まで施設にお世話になっていれば面会もできずに亡くなって見送ることもできなかったと考えてしまう。
そんな亡母の誕生日が2月6日であり、1925年生まれで生きていれば今年96歳となる。
その亡母は鹿児島県奄美大島諸島の「徳之島」に生まれた。
生まれた村の近くにはの大相撲の初代「朝潮太郎」の生家があったらしい。
3人の兄と3人の姉妹たちも皆な徳之島生まれだが、中学校を卒業すると地元には高校がないため島を後にした。
オジサンは新婚旅行に初めて徳之島にやってきた。
当時は自営業を営む亡母の従兄弟たちが住んでおり、黒糖酒(焼酎)を作っている親族の酒造会社の車を借りて島巡りをしたことを覚えている。
その頃は観光らしものがほとんどなかったが、半世紀近くも経つと大きく変わるものである。
とりあえず「徳之島」の歓観光案内から代表的な個所の写真を集め亡母の供養にしたいと思っている。
徳之島町・金見崎ソテツトンネル
伊仙町・徳之島なくさみ館
天城町・犬の門蓋
天城町・ムシロ瀬
伊仙町・犬田布岬
徳之島町・畦プリンスビーチ
今年の(少々気が早いが)年末年始は「徳之島」で過ごすのもいいかと思っている。