新・定年オジサンのつぶやき

残された日々をこの世の矛盾に対して勝手につぶやきます。
孫たちの将来に禍根を残さないよう、よき日本を「取り戻したい」。

1930年代の近畿地方-1

2020年09月11日 12時01分02秒 | 芸術

オジサンにとって「近畿地方」に対しては強烈な印象は少ない。
 
この地方に属する「大阪」などは関東の住人からみれば「関西地方」という認識しかなかった。
 
しかし、よく調べてみるといろいろと興味深い事実が明らかになった。
 
『関西』と『近畿』 何が違う?」によれば、「関西とは「近江逢坂関以西の地」、「鎌倉時代以降は鈴鹿・不破・愛発(あらち)の三関以西の諸国」、「箱根関以西の地」とある。いずれも特定の関所より西の地域だ。

近畿とは「皇居の所在地に近い国々の意」という語源の後に「畿内とその付近の地方」とある。畿内は大和、山城、河内、和泉、摂津の5カ国。近畿地方は「京都、大阪、滋賀、兵庫、奈良、和歌山、三重の2府5県を含む地域」を意味する」らしい。
 
  
  
また、「関西と近畿の地域区分の違い」では、かなり機械的というのか、さまざまな呼び方が存在するらしい。
 
関西(2府4県)
「関西」の定義は明確には存在しない。一般的には近畿地方のうち2府4県(滋賀県、京都府、大阪府、兵庫県、奈良県、和歌山県)を指すことが多い。 
   
近畿地方(2府5県)
近畿地方とは、日本の地域区分で広く用いられている「八地方区分」の一地域である。三重県、滋賀県、京都府、大阪府、兵庫県、奈良県、和歌山県の2府5県で構成される。
 
明確な定義は存在しないというが、明らかな違いは「三重県」が入っているか否かということになる。
 
さらには、「奥が深くておもしろい!『関西』と『近畿』の違い」というサイトでは、そもそも「関西」は江戸時代から、「近畿」は明治時代から使われている言葉なのだが、詳細な解説を省けば、結論的に言えば、やはり「三重県を」含むか含まないかで関西と近畿と使い分けられているらしい。  
   
ということで、今回は残念ながら「三重県」の名所が含まれない昭和初期のころの「1930年代の近畿地方」の懐かしい写真を、今日から連続で、国会で新総理大臣が首班指名される16日までお届けするので、いつもの「つぶやき」はしばらくお休みします。 

【1930年代の近畿地方-1】 
 

滋賀・三井寺
  

滋賀・彦根城井伊家庭園
 

滋賀・彦根城賤ヶ岳
 

滋賀・比叡山延暦寺
 

滋賀・琵琶湖名所1 

コメント (2)    この記事についてブログを書く
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2 コメント

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Unknown (ニガウリ)
2020-09-11 21:50:12
貴重な写真ですね。でも写真の説明書きが小さくてぼやけていて読めないのが残念ですね。何とかならないものでしょうかね。
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Unknown (さらり)
2020-09-11 16:24:49
滋賀 三井寺の左下画像は堅田の浮御堂っぽい感じがします
返信する

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