新・定年オジサンのつぶやき

残された日々をこの世の矛盾に対して勝手につぶやきます。
孫たちの将来に禍根を残さないよう、よき日本を「取り戻したい」。

精神鑑定が必要なのは安倍官邸

2019年03月17日 11時41分09秒 | 安倍晋三

内閣記者クラブとは大手マスメディアの政治記者の集まりだったが、そこに地方紙(?)の社会部の女性記者が登場したことから、官邸の醜い素顔が世間に露わになった。
 
その立役者が、東京新聞社会部の望月衣塑子記者、2児の親でもある。
 
彼女は、若い頃、母様の手引きによって演劇の楽しさに魅せられ、一時は舞台女優になろうと思ったこともあったという。
 
さらには、「大きな声。人に見られていても物怖じしない度胸。そして感情移入しやすい性格。演劇を通して身についたものは、その後に志した新聞記者の道でも私を支えてくれている」と、ある雑誌のインタビューで語っていた。
 
舞台女優にはならなかったが、首相官邸という舞台では「演劇を通して身についたもの」を縦横に生かして、今まで御用記者連中相手に一方的に政府見解を通達し、不都合な質問などさせなかった菅義偉官房長官を徹底的に質問攻めにしてきた。
 
それに対して、官邸は記者クラブにあたかも「望月記者を排除」させるかのような文書を送り記者たちを委縮させ、望月記者には質問の途中で度々質問を遮るという妨害行為を平然と行ってきた。
 
そんな望月記者を孤立させず、全ての記者に対する大きな危機感を持ったマスメディアで働く労働組合が主催して、寒風吹きすさぶ官邸前で600名を超える集会を行ったのが3月14日の夜だった。
 
現職の記者も多く参加していたが、主催者側と当該の東京新聞以外からは、毎日新聞の記者が発言していた。
 
『知る権利守ろう』首相官邸前で抗議集会」(毎日新聞)
 
こんな現場の様子も動画に残っている。  
 
さらにフリージャーナリストも、「マスコミ労組が史上初の官邸前抗議 『望月記者を孤立させるな』」と発信していた。
 
  
官房長官会見の理不尽さを訴える望月記者を大勢のカメラが追った。=14日夜、官邸前。撮影:取材班=  
 
  
安保法案を「戦争法」と呼んで削除を求められた福島みずほ議員と望月記者。闘う2人のツーショットだ。=14日夜、官邸前。撮影:取材班= 
 
この晩の集会後、翌日には再度望月衣塑子記者が菅義偉官房長官に質問していたが、その質問に対する回答には多くの批判が集まっていた。

 

もはや、気に食わない記者イジメという範疇を超えて、「望月イジメは氷山の一角 表には出てこない言論弾圧の陰湿」ということになろう。
 
上記の記事から言論弾圧に対する事実を関係者らのコメントから紹介しておく。
 
「官房長官会見は記者クラブにとって政権からの『業務連絡』のようなもので、すっかり行政機関の広報部に成り下がっていた。そこへ社会部記者の望月さんがやって来て、官邸と記者クラブの関係に風穴をあけたわけです」
「政治権力というのは、どの国でもメディアを懐柔し、コントロールしようとするものです。それを是とするわけではありませんが、だからこそメディアは権力との距離を保つべきだし、特権を享受してはいけないのです。加えて、官邸が官僚の人事権を掌握した結果、官邸に権限と情報が集中し、一元的にメディアを操れるようになったことも大きい。つまり、今回の問題は『望月記者VS菅官房長官』という矮小化された話ではないのです。安倍政権でメディア操縦のひな型が出来上がってしまった。この構造を変えない限り、次の政権でも同じようなメディアコントロールが続くでしょう」(ジャーナリストの神保哲生
 
「当時、『報ステ』では私だけではなく、メインのコメンテーターだった恵村順一郎さん(朝日新聞論説委員)と番組プロデューサーもクビになりました。そういう意味では、15年は官邸からメディアへの圧力が表面化した年と言えるかもしれません」
「前川さんがそうでしたが、官邸は『放置すれば世の中を騒がせる大きな動きになる』と思ったら、その人物を絶対に許さない。ネガティブ情報を流し、社会的な信用を落とし、メディアがまともに相手にしないようにさせるのです。そして“見せしめ”にすることで、官邸に従わなければ自分たちも同じ目に遭うと思わせ、記者も官僚も黙ってしまう。これが常套手段です。安倍政権の最大の特徴であり怖いところは個人攻撃をして個人を抹殺すること。望月さんは東京新聞が一緒に官邸と戦ってくれているのでまだいいですが、官邸は彼女についてもネガティブ情報を流しています」(元経産官僚の古賀茂明
 
「岸井さんの私的な勉強会に突然、菅官房長官がやって来たそうです。岸井さんは政治記者ですから、菅さんとは知らない仲ではないが、菅さんは最後までいて、『いい話を聞かせていただきました』と言って帰った。これはある種の『脅し』ですよ。『人脈も含め、あなたのことは何でも分かっている』という恐ろしさがある。この出来事の後、くだんの意見広告で岸井さんは名指しで批判された。個人をターゲットにしたもので嫌な感じでした」(評論家の佐高信
 
官邸における記者会見では、国民が知りたいことを代表して菅義偉官房長官に質問していると言った記者に対して、「国民の代表」とは選挙で選ばれた国会議員だと言わんばかりの姿勢を示していた菅義偉官房長官。 
 
やはりこれは異常であると思っていたら、同じ思いをしていた人がいた。
 
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<(日曜に想う)国民を代表しているというなら 編集委員・大野博人」>
 2019年3月17日05時00分 朝日新聞DIGITAL
 「国民の代表」とは選挙で選ばれた国会議員だ――。
 首相官邸が東京新聞記者の質問を制限した問題をめぐり、官邸側がそんな見解を示した。記者が会見に出ているのは民間企業である新聞社内の人事の結果だとも。国民の代表たりえないという主張のようだ。
 この見解について重ねて問われた菅義偉官房長官の言葉には迷いがない。
 「見解って、事実は事実じゃないでしょうか」
 よく似た考えの持ち主が19世紀のフランスにもいた。ナポレオン3世だ。あまりにも有名な英雄のおいということもあって大統領に当選し、さらにクーデターで皇帝になった人物である。報道機関についてこう言い放ったそうだ。
 「私は選挙で選ばれた。だが、記者たちは選ばれたわけではない。報道を制限するのは、民間企業が権力を持つのを防ぐためだ。代表として選ばれた者たちによって表明される人民の声だけで政治をするためだ
 この理屈が今の民主主義もむしばんでいると指摘するのはフランスの歴史家、ピエール・ロザンヴァロン氏だ。やはり選挙で選ばれたトルコのエルドアン大統領やロシアのプーチン大統領を例に挙げる。「彼らも新聞をしめつけるときに『メディアは正当で民主的な制度や仕組みを批判するからだ』と言います」
 日々問われるべき政治家の正統性の有無を、選挙の結果だけに押し込めようとする病理。ふらつく民主主義の「松葉杖」としてカウンターデモクラシーという考え方を提唱している。
    
 ・・・中略・・・
 多くの国で民主主義が迷走している。排他的な大統領が選ばれたり、ポピュリスト政治家が支持を拡大したり、国民投票が混乱をもたらしたり。民主的な仕組みが問題を解決するより深刻化するような例が続く。
 ロザンヴァロン氏ら内外の多くの識者が原因と考えるのは「代表制」の機能不全だ。人々は自分たちで選んだ議会が自分たちを代表していると感じられない。
 近年の各国での世論調査でも、議会や議員、政党への信頼度はきわめて低い。代表されないことにいらだつ人々は建設的というより破壊的な主張の政治家に1票を投じて憂さを晴らす。あきらめた人々は投票所に足を運ぶことをやめる。
 「国民の代表」が代表できていない現実。にもかかわらず、選挙で選ばれたのだから民主的な正統性を独占できるという政治家のナイーブで傲慢(ごうまん)な認識。それが危機を招いている
 政治家は「国民の代表」を自任するならば、毎日こう自問しなければならない時代のはずだ。
 自分はほんとうに代表しているか。
 官邸の反応には、その苦悩がまったく見えない。
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「権力は腐敗する、絶対的権力は徹底的に腐敗する」とは、イギリスの歴史家・思想家・政治家のジョン=アクトンの言葉。
 
まさに安倍政権はこの言葉を地で行っているようであり、「自分はほんとうに代表しているか」という苦悩がまったく見えない官邸には「精神鑑定」が必要ではないだろうか、とオジサンは思う。
  
    


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