新・定年オジサンのつぶやき

残された日々をこの世の矛盾に対して勝手につぶやきます。
孫たちの将来に禍根を残さないよう、よき日本を「取り戻したい」。

ダーティーな政治家だった安倍晋三」がよりましに見えてしまうほど危うい日本

2022年12月01日 12時04分48秒 | 岸田統一教会内閣

遂にオジサンの机の前の毎月のカレンダーが今年最後の1枚となった。
 
すでに北海道では本格的な冬になっているようだが、関東南岸部は比較的穏やかな気温が続いている。
 
遥か遠く離れた中東の小国では気候の影響だけではない熱い戦いが繰り広げられている。
 
明日の未明にキックオフされる「日本vsスペイン」戦の結果次第では「日本のW杯は終わった」ということになりかねない。
 
そうなれば、当然ながらおなじみの「次期監督問題」が持ち上がることが予想される。
 
そんな問題が起きないことを祈るばかりである。
 
さて、一般国民が税務署に確定申告する場合は、「所得の過小申告」は当然ながら許されないことは誰でもが知っていることである。
 
しかしどうやら国会議員ともなれば、「記載漏れ」や「過少申告」が見つかっても「単なるミス」で済ませられるらしい。
 
岸田首相、選挙費記載せず 政治資金報告書不備相次ぐ
 
内閣のトップがこんな無様なので、自民党議員連中はもっと悪質なことを平然と行っている。
 
自民・薗浦健太郎衆院議員の関連政治団体、パーティー収入4000万円少なく記載か
 

自民党の薗浦健太郎衆院議員(50)(千葉5区、当選5回)が関連する政治団体が、政治資金パーティーの収入について政治資金収支報告書に約4000万円少なく記載していた疑いのあることがわかった。東京地検特捜部は、政治資金規正法に違反する疑いがあるとみて、薗浦氏の公設第1秘書から任意で事情聴取を実施。秘書は過少記載を認めたとみられる。
 薗浦氏の資金管理団体「新時代政経研究会」の収支報告書によると、同研究会は2018~20年に計6回の政治資金パーティーを東京都内のホテルで開催し、計4362万円の収入があったと記載。17年と21年は記載がなかった。同研究会は薗浦氏が代表、公設第1秘書が会計責任者を務めている。
 また、薗浦氏の関連団体で、公設第1秘書が会計責任者を務める「そのうら健太郎後援会」も19年9月、千葉県内のホテルで政治資金パーティーを開き、317万5000円の収入があったと記載。20年と21年は記載がなかった。
 特捜部は、これらの収支報告が実態を反映していなかった可能性があるとみて調べる。
 薗浦氏は05年の衆院選で初当選し、外務副大臣などを歴任。現在は衆院法務委員会の筆頭理事を務めている。
 薗浦氏は30日、報道陣の取材に応じ、「ずさんな処理が明らかになり、お騒がせしていることをおわびしたい。チェックが不十分だった。専門家に過去の収支報告書を点検してもらう」と述べた。その上で、政治団体の会計処理について「毎年、収支報告書を提出する際に2、3分程度(秘書から報告を)受け、『しかるべくよろしく』と言っていた」と説明し、過少記載の金額は「僕自身が把握していない」とした。自身の関与については「過少に申告したとの認識はない」と否定した。
首相「説明責任果たしてもらう」
 岸田首相(自民党総裁)は30日午前の参院予算委員会で、「直接の報告は受けていないが、説明責任を果たしてもらわなければならないと強く思っている」と述べ、党側に事実関係を報告するよう指示する考えも示した。

  
 上記の記事は讀賣新聞記事なのだが、この衆院法務委の与党筆頭理事の立場の薗浦健太郎は元読売新聞記者であった。  
 
 
 
東京地検特捜部が動いていることからかなり悪質性が高い事案となりそうである。
 
岸田文雄の常套句の「説明責任」だけではなく国会議員としての責任を明確にすべきであろう。
 
それにしても、国会議員連中の不祥事が後を絶たない。
 
元毎日新聞のジャーナリストの尾中 香尚里は、諸悪の根源は議員の「世襲」にあると指摘していた。
 
首相も大臣も世襲ばかり。危機感も人材も足りぬ自民党が衰退させた日本
 
■岸田内閣辞任ドミノと世襲
わずか1カ月の間に3人の閣僚が辞任に追い込まれた岸田政権。早くも「4人目は選挙運動員買収疑惑の秋葉賢也復興相か」という声が、まことしやかに囁かれている。
しかし「4人目」の可能性を考える前に、筆者は「3人目」の交代劇に、ある種の深い感慨を抱いた。政治資金問題をめぐって寺田稔総務相が更迭され、後任に松本剛明氏が就任したことである。
松本氏と言えば、自民党から一度は政権を奪った民主党の閣僚経験者であり、一方で父親が自民党で閣僚を務めた世襲議員でもある。政権にとって危機的なこの状況で、こういう人事をやれてしまうのは、岸田文雄首相の危機感のなさなのか、それとも自民党の人材難なのか。
いくつかのメディアが松本氏について「元外相」と紹介した。確かにその通りだ。しかし、松本氏が外相を務めたのは、自民党の政権ではない。民主党の菅直人政権である。
2011年3月、菅内閣で外相を務めていた前原誠司氏に、在日外国人から政治献金を受け取っていた問題が発覚。前原氏は同月6日に辞意を表明し、翌7日、副大臣だった松本氏が外相に昇格した。
政党が異なるとは言え、松本氏にとって今回の総務相就任は、またも前任者の辞任に伴うピンチヒッターという形になった。「何と因果な」と思ったのは筆者だけだろうか。
そして、自民党的な目線では、松本氏は自民党議員(それも閣僚経験者)の父を持つ世襲議員だ。
松本剛明氏の選挙区である兵庫11区は、中選挙区時代には剛明氏の父松本十郎元防衛庁長官と、戸井田三郎元厚相の二人が、自民党内で激しく争っていた。小選挙区制で初の選挙となった1996年、剛明氏は十郎氏の後を継ぎ兵庫11区からの出馬を目指したが、自民党はベテランの戸井田氏を公認した。戸井田氏は選挙期間中に急死し、次男の徹氏が補充立候補した。
剛明氏は無所属で出馬し、小選挙区で徹氏に敗れた。無所属候補は比例代表で復活できないため、剛明氏は議席を得られなかった。
次の2000年衆院選で、剛明氏は民主党から出馬。徹氏を破り小選挙区で初当選した。
中選挙区時代であれば、松本氏が無所属でも下位で当選し、自民党の追加公認を受けることも可能だったかもしれない。だが、1選挙区に1人しか当選しない小選挙区では、このやり方は取れない。松本氏が対立政党の民主党からの出馬に転じたのは、こういう事情もあったのだろう。
松本氏のように、小選挙区制導入直後の2000年代前半には、選挙区が空かず自民党から出馬できない保守系候補が、候補者の数が十分でなかった民主党から出馬するケースが目立った。「保守2大政党」を求める当時の政界の圧力のなか、自民党出身議員も数多く所属していた民主党からの出馬は、彼らにとって違和感が少なかったとも言える。
父親が元防衛庁長官ということもあったのか、松本氏は民主党内で、外交・安全保障に通じた政策通として、早くから頭角を表した。政権交代前の2003年には、当選2回で民主党「次の内閣」で防衛庁長官を務め、05年には当選3回で政調会長に抜擢された。
民主党が09年に政権を獲得し、松本氏が前述したような理由で急きょ外相に就任したわずか4日後、東日本大震災が発生。未曾有の大混乱のなか、松本氏は外相として、支援を申し出る諸外国との調整などに奔走した。政権内で大きな経験を積んだ松本氏は、そのまま民主党にいれば将来の代表候補に成長した可能性もあった。
しかし、民主党が下野した後の2015年、松本氏は同党が共産党との連携を深めつつあることへの違和感を表明して同党を離党。17年に自民党入りした。
松本氏のほかにも、細野豪志氏や長島昭久氏など、ほぼ同時期の2000年代前半に民主党から初当選した保守系議員が何人も、松本氏とほぼ時を同じくして、民主党を離れ自民党入りしている。
下野後の民主党が自らの存在意義を模索するなか「自民党との違い」の強調に傾くのは必然と言えたが、民主党の存在意義を「自民党とさほど違わない」ことに置いていた保守系議員にとって、党が居心地の悪いものになっていったことは、理解できないこともない。安易に自民党にくら替えできたのは、民主党時代から「政党ではなく個人の力で当選を重ねてきた」という自負もあったのだろう。
しかし、政権選択をかけて事実上「与党か野党か」の二者択一を迫られる形の衆院選において、2大政党の片方からもう片方へと政党を安易に移動するのは、有権者の負託をあまりにも軽く考えていると言わざるを得ない。
だいたい「保守2大政党なんて成り立たない」ことを理解していない段階で、まず政治センスがない。自らの政治信条に従い、自民党からの公認を得るため臥薪嘗胆するということもなく、ただ安易に「早く国会に議席を得たい」というだけの理由で、敵対政党からの出馬を選ぶ政治家の目指す政治とは何なのか、という気にもなる。
保守系に色分けできる議員は、立憲民主党や国民民主党など、現在の野党陣営にも何人も残っている。しかし、その多くは(すべてとは言わないが)「自民党とは違う社会像を目指す」「政権交代で政治を変える」ことを明確に意識している。厳しい野党暮らしに耐え、政権奪回という「いつ来るかも分からぬ機会に備えて」いる。安易に自民党入りなど考えたりしない。
筆者はそういう政治家の方に信頼を置く。
ともあれ松本総務相の就任は「対立政党に幹部級まで育てられた人材に頼るほど、今の自民党には人材がいないのか」ということを感じさせるに十分だった。あれほど「悪夢の民主党政権」と口を極めて罵っていたのは、一体何だったのだろう。
しかし、このケースは特殊事例ではある。「自民党の人材難」をより明確に示すのは、やはり「世襲」の方だと思う。
今回の報道で驚かされたのが、松本氏が「伊藤博文の子孫」だったことだ。何というビッグネーム。松本氏自身が伊藤博文から代々続いた世襲というわけではないが、一般的なの世襲議員に何か「箔付け」されたような気持ちにもなる。
ビッグネームと言えば、松本氏に後を譲る形で更迭された寺田氏も、義理の祖父は池田勇人元首相。岸田首相が率いる派閥・宏池会の創設者である。
寺田氏に先立ち「2人目の辞任」となった葉梨康弘前法相も、葉梨信行元自治相の娘婿。信行氏も父親の地盤を継いでいるから、3世議員ということになる。「1人目」の山際大志郎前経済再生担当相は世襲議員ではないが、世襲でなかったからこそ、世界平和統一家庭連合(旧統一教会)との深い関わりを必要としたのかもしれない。
このタイミングで発売された中川右介氏の著書『世襲』(幻冬舎新書)は、歴代の首相の「家族関係」を軸に戦後政治史を描いている(ほかにも企業や歌舞伎界の世襲の実態も描いているのだが、とりあえずここでは置く)。
これでもかと言うほど、政治家の世襲に次ぐ世襲の話が延々と続く。頭では分かっていたつもりでも、心底うんざりさせられる。特に「岸信介・佐藤栄作・安倍晋三の一族3名だけで、戦後77年のうち20年も政権の座にあった」という一文にはめまいさえ覚えた。
その「戦後政治世襲史」の最後を飾る岸田首相自身も3世議員。そして首相は10月、この状況で長男を首相秘書官に起用した。
この本は政治家の世襲について「長く政権を握り続け、政府と一体化している自民党固有の現象と言っていい」と指摘。「いまの日本が経済的・外交的に衰退しているとしたら、その原因のひとつは、21世紀になってから世襲政治家が増えたことにある」「政治家の子でなければ国会議員になれず、なれたとしても大臣、総理大臣になれないとなったら、有能な人は参入してこない。いまの政界は、この状況にある」とも記している。
「親ガチャ」の勝ち組である世襲議員が幅をきかせ、世襲でない議員が旧統一教会に頼らざるを得ない。岸田首相は早くも、年内にも内閣再改造することを検討しているようだが、こんな党内環境のなかでは、何度改造を繰り返しても、失敗するのは目に見えているのではないか。

 
かなり前から指摘されてきている「世襲議員」たちなのだが、世襲であるがゆえに「家業を継ぐ」というたんなる「政治屋」という屋号をもつだけの国会議員が闊歩しているのが永田町界隈なのであろう。
 
3世議員の「岸田家」の4世となるべく岸田文雄は長男を首相秘書にしたのだが、最近はどうやら風向きが変わってきたようだ。
 
岸田総理の「長男・翔太郎氏」のその後…父の支持率低下で「なんだか変わってしまった」 
     
■官邸の「泰時」と呼ばれて
最終回が迫るNHK大河ドラマ『鎌倉殿の13人』で高い人気を誇るのが、坂口健太郎演じる北条泰時である。主人公・義時の長男で、陰謀渦巻く鎌倉幕府の中、実直な性格で異彩を放つ。
いま官邸で「泰時殿」と呼ばれているのが、岸田首相の長男で、政務担当の首相秘書官に抜擢された翔太郎氏(31歳)だ。
政権が地盤沈下を始めたこともあり、岸田首相は「後継者の翔太郎くんを早めに官邸に入れて、実地で経験を積ませることにした」(自民党岸田派所属議員)。性格は泰時と同様、素直だというが……。
「2ヵ月が経つけれど、正直、秘書官として機能しているとは言いがたい。前任の政務担当秘書官である山本高義さんは寡黙な人だし、他にも周りは木原誠二(官房副長官)さんや嶋田隆(筆頭秘書官)さんら大物ばかりで、緊張してきちんと引き継ぎすらできていない」(岸田首相の後援会関係者)
■支持率低下で萎縮してしまった
慶應大学法学部を卒業後、三井物産に勤めた翔太郎氏は、バドミントン部で活躍した体育会系。
「飲み会が好きでノリがよく、友達の結婚式で仮装を披露して盛り上げ役になったり、'20年に岸田事務所の公設秘書になってからも記者とよく懇親会を開いたりと、お父さんより明るい性格で周囲から好かれていました」(前出・岸田後援会関係者)
しかし、10月4日に秘書官に就くやいなや「身内びいきだ」「堂々と世襲か」と猛批判にさらされた。支持率低下にも拍車がかかり、すっかり萎縮してしまったという。
「かつて田中角栄元首相は、長女の眞紀子さんが20代の頃から官邸や事務所に置いて『俺を見て人間関係と人脈の作り方を学べ』と教えた。でも岸田首相は、まず自分がそれをできていないのだから、翔太郎くんに教える以前の問題です」(前出・岸田派所属議員)
のちに執権となり「御成敗式目」を制定した泰時は、日本史に大きな足跡を残すが、そもそも岸田家と北条氏を比較するのはおこがましい話か。

 
はっきり言うが、「岸田家と北条氏を比較するのはおこがましい話」であることは言うまでもない。
 
最後に、岸田家3世の岸田文雄は、この人に言わせれば「安倍晋三より危うい」という。
 
広島瀬戸内新聞ニュース(社主:さとうしゅういち)
 
【改めて軍備倍増を所与とする与野党多数派を批判する】
国会で議論することもなく、軍事費倍増へ。
ある意味、安保法案のときの安倍政権よりもたちがわるいことを岸田政権はしようとしている。
そして、このままいけば、立憲民主党も含めて軍備倍増やむなし、ただし増税でそれをまかなえという方向に行きそうだ。
他方で、安倍派がお金を刷って軍備増強を、という方向に行きそうである。
そもそも、軍備倍増で、日本の安全が守られるのだろうか?
否。
自分たちで食う食料の3割強しか作れない。
原発が54か所もある。
そんな国が戦争できるのだろうか?
敵基地攻撃能力?
日本を倒すのにはミサイルはいらない。
食料を締め上げればおしまいだからだ。
あるいは、原発を攻撃されても終わりである。
防衛労働者の給料引き上げは物価上昇に見合って必要だろうがそれで増える防衛費など微々たるもの。
本丸は、武器である。武器を倍増したところで守れるのか?
ということだ。
現状でも世界5位とも6位ともいえる軍事大国が日本だ。
ここは、外交をもっと柔軟にやるべきだろう。
この点でも岸田さんは心もとない。
安倍さんはある意味、ダーティーな政治家だったことと裏腹にイランなどいわゆる欧米白人国家と反目する政府とも付き合う柔軟さはあった。
今の岸田さんはある意味、欧米主流に「名誉白人」のように持ち上げられて喜んでいるだけに見える。
そこに、大きな危うさがある。日本は非白人国家に囲まれているのだ。
故・安倍晋三さんより危うい岸田総理とさえいえるのだ。
        
 
「安倍政権よりもたちがわるい岸田政権」であるがゆえに「ダーティーな政治家だった安倍晋三」がよりましに見えてしまうほど危うい日本の現実をなのだが、もう後がないのかとあきらめるわけにはいかない、とオジサンは思う。 

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