尹東柱(ユン・ドンジュ)の伝記・安素玲「詩人/東柱」に、1940年晩秋、延禧専門学校(現・延世大学校)3年在学中の尹東柱が京城・長谷川町(現・小公洞)の府立図書館で本を借りた後、友人2人と付近の茶房で話をしていたところ、いきなり入ってきた特高刑事たちに検挙されて西大門警察署に連行されるという場面があります。同年<国民総力朝鮮連盟>の結成とともに各大学の自治会は解散され、学生たちが自動的に新組織の連盟員とされましたが、これに対する学生たちの抗議の声を抑えるべく弾圧を強めていた特高の網に引っかかったのです。捕まった東柱たちは起訴までは行かなかったものの、<不穏書籍>を所持していたことを理由に2週間ほど拘留されてしまいます。
※この「詩人/東柱」は史実に則った小説ですが、作者が参考としたと思われる詳細な評伝・宋友恵「尹東柱評伝」(藤原書店)にはこのエピソードは載っていないので、創作なのか史実としての裏付けがあるのかは不明です
で、東柱が拘留から解放されて外に出ると、心配していた寮の友人たちが駆け寄ります。
ところがその時、特に親しくしていた1年生の鄭炳昱(チョン・ビョンウク)が発した言葉が・・・。
“언니!”(オンニ)
・・・なんだ、これは? 男が男に対してオンニとは!
韓国語初級のテキストには基本事項のように「オンニ=妹が姉を呼ぶ言葉」と出てるではないですか。
続けて読むと、すぐ後に次のように書かれています。
炳昱は、故郷の家で言うように東柱をオンニと心をこめて呼んだ。
炳昱の故郷は慶尚南道の河東。ということは慶尚道の方言?
一応電子辞書を引いてみると、「プライム韓日辞典」には、
妹が姉に対して、また弟が兄に対しての心安い呼び方。
「朝鮮語辞典」には、
①妹が姉を呼ぶ語、また女性が自分よりやや年上の女性を親しく呼ぶ語:お姉さん、姉さん。
②<幼>弟が兄を呼ぶ語:兄さん。
とあります。なんだ、わりと普通の使い方みたいです。
<ナムウィキ>の「언니」の項目(→コチラ)でも、
元来は同じ性別の年上の兄弟/姉妹を示す言葉である。つまり男子の間でも使える。
とあり「この語はドラマ「推奴(チュノ)」や洪命憙(ホン・ミョンヒ)の小説「林巨正(イム・コクチョン)」、黄皙暎(ファン・ソギョン)の小説「張吉山(チャン・ギルサン)」でも使用されている」といった例が紹介されていました。
推奴(チュノ)」は観てませんが、→コチラのブログ記事によるとテギル(チャン・ヒョク)のことを弟分が「オンニー、オンニー」とよぶのだそうです。
また「卒業式の歌(졸업식 노래)」という歌の冒頭の「빛나는 졸업장을 타신 언니께 꽃다발을 한아름 선사합니다(輝く卒業証書を授与されたオンニに花束を一抱えお贈り致します)」という歌詞中の<언니>がまさにその意味で、女学校ではなくても、性別に関係なく<언니'>と歌っているということも書かれています。
この歌はYouTubeにあったので貼っておきます。力強い男性歌手の歌です。
この「卒業式の歌」については→コチラのブログ記事(韓国語)で説明されています。韓国の<童謡の父>尹石重(ユン・ソクチュン)が作詞し、童謡作曲家の先駆者・鄭淳哲(チョン・スンチョル)が作曲した歌とのことです。(※鄭淳哲の母は東学2代目教主・崔時亨の娘。) この記事でも、「歌詞中に1つ釈然としない点があるが・・・」としてこの「オンニ」について説明しています。国立国語院の「標準国語大辞典」を引き合いにして同性同士、つまり男性間でもOKとし、続けて次のように記しています。
お年寄りの言葉を聞くと、近年まで<オンニ>は年上の兄弟を指す日常的な言葉で広く用いられてきたそうです。特に慶尚道地方では最近までよく使ったのです。むしろ昔は<ヒョン>という言葉はなかったそうです。朝鮮戦争以降もお年寄りが子供の頃は皆<オンニ>で通じたのです。<オンニ>は固有語で<ヒョン>は漢字語ですからね。どう見ても漢字語の<ヒョン>より<オンニ>がより情がこもって親しみ深く感じられます。最近でも男性が兄に<オンニ>と言うとしても間違いではないです。
この記事にしろ<ナムウィキ>にしろ、また冒頭に紹介した「詩人/東柱」にしろ、男が男に対して「オンニ」と呼ぶ例についていろいろ説明を加えているのは、やはり今のふつうの韓国人の多くは「あれっ?」と疑問に思うからでしょうね。もちろん普通だったら「형님(ヒョンニム)」ですからね。あ、鄭炳昱は慶尚道出身だから「행님(ヘンニム)」か。しかし、そう言うと釜山を舞台にしたヤクザ映画で刑期を終えて出所する兄貴分を豆腐を用意して待ち受ける弟分といった感じになってしまいそう?(笑)
この「형님(ヒョンニム)」という言葉も、初級のテキストでは上記「オンニ」と同様に基本事項として「弟が兄を呼ぶ言葉」として出てきます。
ところが、これまた女性が女性に対して用いる場合もあります。コチラについては私ヌルボも知っていました。
「朝鮮語辞典」には、3番目の意味として次のように記されています。
弟の妻が兄の妻を、また夫の姉に対する呼びかけの語:お姉さん。
また<ナムウィキ>には、
この「형님」という単語も、正確に区分すれば「結婚した同性の年上の兄弟姉妹を指す言葉」である
と書かれています。
そして紹介しているのが「시집살이(シジプサリ.嫁入り暮らし)」という伝承歌謡の歌詞。嫁家での生活について訊ねる従妹に、従姉が毎日のつらい暮らしぶりを伝えるという内容で、教科書にも掲載されているそうです。で、その歌詞の最初の方に「형님 형님 사촌 형님 시집살이 어떱데까?(ヒョンニム ヒョンニム 従姉のヒョンニム 嫁入り暮らしはどうですか?)」という1節があります。なるほど、ですね。(歌詞全体は→コチラ参照。)
それにしても、韓国では親戚関係の中での相互の呼称がホントにややこしいですね。いや、「親戚以外でも」ですが、それだけ血筋や上下関係が伝統的に重視されている社会ということでしょうか?
外国人だけでなく、少し遠い親類の呼称となると韓国人自身もよくわからないようで、ネット内でもQ&A掲示板等に質問があったり、詳しく説明した記事もたくさんあります。
たとえば、自分の配偶者の兄弟姉妹、及び兄弟姉妹の配偶者をそれぞれどう呼ぶか? 逆に相手は自分のことを何と呼ぶかという件について、「中央日報」の「夫の妹の夫をどう呼ぶか知ってますか?」という記事(→コチラ)がありましたが、その中の画像を貼っておきます。私ヌルボとしてはわりとわかりやすい図かなと思ったのですが、それほどでもないかも。これは配偶者間を中心にしたものですが、自分の父方・母方それぞれの伯父・伯母・叔父・伯母、その配偶者を呼ぶ場合だとどうなるんでしょうね? まあ実際使う場合はまずなさそうだし、それはまた今度。・・・なんて、あるわけないですねー。(笑)
※この「詩人/東柱」は史実に則った小説ですが、作者が参考としたと思われる詳細な評伝・宋友恵「尹東柱評伝」(藤原書店)にはこのエピソードは載っていないので、創作なのか史実としての裏付けがあるのかは不明です
で、東柱が拘留から解放されて外に出ると、心配していた寮の友人たちが駆け寄ります。
ところがその時、特に親しくしていた1年生の鄭炳昱(チョン・ビョンウク)が発した言葉が・・・。
“언니!”(オンニ)
・・・なんだ、これは? 男が男に対してオンニとは!
韓国語初級のテキストには基本事項のように「オンニ=妹が姉を呼ぶ言葉」と出てるではないですか。
続けて読むと、すぐ後に次のように書かれています。
炳昱は、故郷の家で言うように東柱をオンニと心をこめて呼んだ。
炳昱の故郷は慶尚南道の河東。ということは慶尚道の方言?
一応電子辞書を引いてみると、「プライム韓日辞典」には、
妹が姉に対して、また弟が兄に対しての心安い呼び方。
「朝鮮語辞典」には、
①妹が姉を呼ぶ語、また女性が自分よりやや年上の女性を親しく呼ぶ語:お姉さん、姉さん。
②<幼>弟が兄を呼ぶ語:兄さん。
とあります。なんだ、わりと普通の使い方みたいです。
<ナムウィキ>の「언니」の項目(→コチラ)でも、
元来は同じ性別の年上の兄弟/姉妹を示す言葉である。つまり男子の間でも使える。
とあり「この語はドラマ「推奴(チュノ)」や洪命憙(ホン・ミョンヒ)の小説「林巨正(イム・コクチョン)」、黄皙暎(ファン・ソギョン)の小説「張吉山(チャン・ギルサン)」でも使用されている」といった例が紹介されていました。
推奴(チュノ)」は観てませんが、→コチラのブログ記事によるとテギル(チャン・ヒョク)のことを弟分が「オンニー、オンニー」とよぶのだそうです。
また「卒業式の歌(졸업식 노래)」という歌の冒頭の「빛나는 졸업장을 타신 언니께 꽃다발을 한아름 선사합니다(輝く卒業証書を授与されたオンニに花束を一抱えお贈り致します)」という歌詞中の<언니>がまさにその意味で、女学校ではなくても、性別に関係なく<언니'>と歌っているということも書かれています。
この歌はYouTubeにあったので貼っておきます。力強い男性歌手の歌です。
この「卒業式の歌」については→コチラのブログ記事(韓国語)で説明されています。韓国の<童謡の父>尹石重(ユン・ソクチュン)が作詞し、童謡作曲家の先駆者・鄭淳哲(チョン・スンチョル)が作曲した歌とのことです。(※鄭淳哲の母は東学2代目教主・崔時亨の娘。) この記事でも、「歌詞中に1つ釈然としない点があるが・・・」としてこの「オンニ」について説明しています。国立国語院の「標準国語大辞典」を引き合いにして同性同士、つまり男性間でもOKとし、続けて次のように記しています。
お年寄りの言葉を聞くと、近年まで<オンニ>は年上の兄弟を指す日常的な言葉で広く用いられてきたそうです。特に慶尚道地方では最近までよく使ったのです。むしろ昔は<ヒョン>という言葉はなかったそうです。朝鮮戦争以降もお年寄りが子供の頃は皆<オンニ>で通じたのです。<オンニ>は固有語で<ヒョン>は漢字語ですからね。どう見ても漢字語の<ヒョン>より<オンニ>がより情がこもって親しみ深く感じられます。最近でも男性が兄に<オンニ>と言うとしても間違いではないです。
この記事にしろ<ナムウィキ>にしろ、また冒頭に紹介した「詩人/東柱」にしろ、男が男に対して「オンニ」と呼ぶ例についていろいろ説明を加えているのは、やはり今のふつうの韓国人の多くは「あれっ?」と疑問に思うからでしょうね。もちろん普通だったら「형님(ヒョンニム)」ですからね。あ、鄭炳昱は慶尚道出身だから「행님(ヘンニム)」か。しかし、そう言うと釜山を舞台にしたヤクザ映画で刑期を終えて出所する兄貴分を豆腐を用意して待ち受ける弟分といった感じになってしまいそう?(笑)
この「형님(ヒョンニム)」という言葉も、初級のテキストでは上記「オンニ」と同様に基本事項として「弟が兄を呼ぶ言葉」として出てきます。
ところが、これまた女性が女性に対して用いる場合もあります。コチラについては私ヌルボも知っていました。
「朝鮮語辞典」には、3番目の意味として次のように記されています。
弟の妻が兄の妻を、また夫の姉に対する呼びかけの語:お姉さん。
また<ナムウィキ>には、
この「형님」という単語も、正確に区分すれば「結婚した同性の年上の兄弟姉妹を指す言葉」である
と書かれています。
そして紹介しているのが「시집살이(シジプサリ.嫁入り暮らし)」という伝承歌謡の歌詞。嫁家での生活について訊ねる従妹に、従姉が毎日のつらい暮らしぶりを伝えるという内容で、教科書にも掲載されているそうです。で、その歌詞の最初の方に「형님 형님 사촌 형님 시집살이 어떱데까?(ヒョンニム ヒョンニム 従姉のヒョンニム 嫁入り暮らしはどうですか?)」という1節があります。なるほど、ですね。(歌詞全体は→コチラ参照。)
それにしても、韓国では親戚関係の中での相互の呼称がホントにややこしいですね。いや、「親戚以外でも」ですが、それだけ血筋や上下関係が伝統的に重視されている社会ということでしょうか?
外国人だけでなく、少し遠い親類の呼称となると韓国人自身もよくわからないようで、ネット内でもQ&A掲示板等に質問があったり、詳しく説明した記事もたくさんあります。
たとえば、自分の配偶者の兄弟姉妹、及び兄弟姉妹の配偶者をそれぞれどう呼ぶか? 逆に相手は自分のことを何と呼ぶかという件について、「中央日報」の「夫の妹の夫をどう呼ぶか知ってますか?」という記事(→コチラ)がありましたが、その中の画像を貼っておきます。私ヌルボとしてはわりとわかりやすい図かなと思ったのですが、それほどでもないかも。これは配偶者間を中心にしたものですが、自分の父方・母方それぞれの伯父・伯母・叔父・伯母、その配偶者を呼ぶ場合だとどうなるんでしょうね? まあ実際使う場合はまずなさそうだし、それはまた今度。・・・なんて、あるわけないですねー。(笑)
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