ヌルボ・イルボ    韓国文化の海へ

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[昔の韓国の習慣] 他家を訪問したら、門前で「こちらに出て来い!」と叫ぶ

2013-05-05 23:29:50 | 韓国・朝鮮関係の知識教養(歴史・地理・社会等)
 誰かが門前で、「こちらに出て来い!」と大声で呼ばわったら、家の中の者たちは、いったい何ごとかと色めきたつでしょう。
 ところがこの「こちらに出て来い!」、韓国語で「이리 오너라(イリ オノラ)」は、「両班が他家を訪ねたときに、訪問先の使用人を呼ぶ時に使う言葉」として昔はふつうに用いられた言葉で、時代劇などではよく出てくるので、韓ドラファンの皆さんはおなじみかもしれません。
 <韓国時代劇歴史ドラマ事典>というサイトの中にも載っています。それには「帯同している自身の使用人に言わせることも多い。この言葉自体が命令形であるため、決して訪問先の主人に対して直接使うことはない。」とも書かれています。
 時代劇ドラマの日本語字幕では「後免!」と訳しているのがふつう、かな。「誰かいないか!」とか「門を開けろ!」とかもあるようですが・・・。

 「朝鮮を知る事典」(平凡社)の「あいさつ」の項目には、次のような説明があります。
 訪問するときには、<ケェシムニカ>(いられますか)とか<シルリェハムニダ>(失礼します)とまず声をかける。かつては両班は<イリオノラー>(ここに出て来い)と、まず召使か下男を呼んだものだが、今どきこんなことは言わない。

 私ヌルボは、10年くらい前(?)にある古本(今行方不明)を読んでこの言葉を知ったのですが、それには、李朝の時代が終わってからもかなり長く用いられていたと書かれていまた、と記憶しています。
 また、没落した両班でもう使用人がいなくなっていても、「こちらに出て来い!」という客に対しては、たとえばその家の奥さんが「どうぞお上がり下さい」という言い方はしないで、「「中に入れ」とのことです」と、使用人が主人の言葉を伝えるという形式で客を招き入れるのだ、とも。

 今このようなことを思い起こしたのは、たまたま最近韓国近代小説史上の記念碑的作品とされる李光洙「無情」の最初のあたりを読んでいたら、次のような場面があったからです。

 主人公の青年教師李亨植(イ・ヒョンシク)は、教会の金長老から娘の英語の個人教授を頼まれ、ソウル安洞(現在の安国洞)にある彼の屋敷を訪ねる場面から始まっています。(1916年6月27日という設定)
 金長老は「ソウルのキリスト教会でも両班の資産家として三本の指に入る人物」で、大きな屋敷で「数十人の使用人を使って」います。
 金光鉉という表札がついたその屋敷の門前に着いた李亨植は・・・・というところで原文。

 형식은 지위와 재산의 압박을 받는 듯 한, 일변 무섭기도 하고 불쾌하기도 하면서 소리를 가다듬어, "이리 오너라"하였다. 그러나 그 목소리는 아무리 하여도 뚝 자리가 잡히지 못하고, 시골 사람이 처음 서울 와서 부르는 소리와 같이 어리고 떨리는 맛이 있다.
 "안으로 들어오시랍니다"하는 어멈의 말을 따라 새삼스럽게 가슴을 두근거리면서 중문을  지나 안대청에 오르다.전 같으면 외객이 중문 안에를 들어설 리가 없건마는 그만하여도 옛날 습관을 많이 고친 것이라.

 ※「無情」(平凡社.波田野節子:訳  
 地位と財産に威圧されるような気がして、亨植は畏怖と反感を同時に覚えながら声を整え、
 「ごめんください」と言った。だが、その声はしかにも場違いで、初めてソウルに来た田舎者のようにおずおずとして、どことなく震えていた。
 「お通しせよとのことでございます」
という女中の言葉で、あらためて胸をドキドキさせながら中門を通り、母屋の大庁[母屋にある広い板の間]に上がる。
以前なら外来客が中門より先に入れるはずがなかったが、これだけ見ても昔の習慣は大いに改まったのである。


 李亨植が、はるかに格上の金光鉉元老の屋敷の前でも「이리 오너라」ですからねー。そして中から「안으로 들어오시랍니다」と伝聞形で女中が主人の意を伝えています。
 1916年。「昔の習慣は大いに改まった」というその当時も、この時代劇調のやりとりはまだ続いていたということですねー。
 では、いつ頃まで存続したのか、という点については今後の課題ということにしておきます。

付記:「이리 오너라(イリ オノラ)」という看板を掲げているレストランとかネットショップがあるのは、文字通り「この店に来い!」という意味なんでしょうね。

★ぬんと、→コチラで李光洙「無情」(韓国語)の全文を読むことができます!

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