1970年頃の江原道の小学校の子供たちと1人の「特異な」先生をめぐる物語なのですが、今回はこの小説自体の紹介&感想の記事ではないので、これ以上内容にはふれません。
子供向きの読み物の利点は、早く読めることの他に話し言葉や俗語、ときには方言等の知識が得られるということもあります。この本でも、初めて知った言葉がいくつも出てきました。
次のくだりは、新学期早々の6年生の教室の場面。休み中の宿題を全部やってきたのはクラス1の優等生の他はスジョンだけ。そのスジョンは、前年の秋から母親が心の病を患い、独り言を言いながら外を徘徊するといった状態が続いているため長期欠席していた子供です。担任の先生はスジョンにほうびのノート3冊をあげ、「家で大変なことがあって学校に来られなくてもよくがんばったスジョンに、みんな拍手!」と子供たちを促します。
そこで、次の会話。
自然な日本語に訳すと、およそ次のようなところでしょうか。
「チェッ、自分の母ちゃんが狂ってることもほうびのネタかよ。」
拍手をする時、横の席のキョンジュが「ナイロン拍手」をしているので、ぼくはキョンジュに見ろとばかりにわざと強く手をたたいた。
知らない単語が出てきても、前後の文脈でおおよそ見当はつきます。
즈は電子辞書の「朝鮮語辞典」にはありません。いかにも方言っぽいですが、「あいつ」か「自分」あたりかなと思いつつ→<NAVER辞典>を見ると「‘자기’(自己)の方言(江原)」というのがありました。(左のフックマーク中にある<国立国語院:標準国語大辞典>も同じです。)
벼슬が「官職」を意味することは以前何か歴史関係の本で見た記憶があります。しかし<NAVER辞典>等でもぴったりの訳語がなく、意訳すればこんなところかな、と・・・。
そして問題の「나이롱 박수」ですが、意味はすぐにわかります。「形だけの、気持ちのこもっていない拍手」。
ところが、この言葉は<NAVER辞典>にも<標準国語大辞典>にもありません。ただ「나이롱」について「「나일론」の間違い」とあるくらいです。
※日本語では英語のrもlもラ行で表記されますが、韓国語ではメロン(melon)→멜론のように、語頭でなければ前の字にㄹパッチムをつけて書くことになっているので、nylon(ナイロン)は나일론(ナイルロン)と表記するのが正しく、나이롱は日本式発音に基づく昔の表記で、今では誤記とされます。(ちなみに、メロンを메롱と書くと「あかんべー」の意味になってしまいます。下まぶたを引っ張るのは日本独自ですが。)
では、なぜこのように全然関係なさそうな所でナイロンが出てくるのか? いろいろ検索してみると、たとえば(私ヌルボには)おなじみの<ナムウィキ>(→コチラ.韓国語)におよそ次のような説明がありました。
この日本式発音に由来する「나이롱」は、次のような隠語に用いられている。
・本当の病人や怪我人でもないのに恐喝、保険金、(あるいは単に休養?)等の目的で入院している人を<나이롱 환자(ナイロン患者)>という。
・信仰心もないのに宗教活動をする人を<나이롱 신자(ナイロン信者)>という。
・障碍者ではないのに、福祉の恩恵を狙って、障碍の登録をして障碍者のふりをする人を<나이롱 장애인(ナイロン障碍人)>という。
・偽りの(本心からではない)拍手を<나이롱 박수(ナイロン拍手)>という。
ナイロンにこれらの汚名がついた理由は、以前には良い繊維として脚光を浴びたものの、その後他の繊維(各種天然繊維やポリエステル等)との競争で押されがちになり、次第に劣等材料化して、腰が強いという当初の利点がかえって悪いイメージを生むようになった点が大きい。
「ナイロン患者」については、<もっと!コリア>にくわしい記事がありました。(→コチラ。) それによると、韓国の病院にはそんな偽患者がたくさんいるそうですね。「自動車事故で入院した患者のうち、少なくとも10%以上がナイロン患者」だとか。「保険患者の平均入院率が日本より8.7倍高いという調査結果もある」、「特に経営が厳しい病院がナイロン患者の養成にどんどん力を入れる」とも書かれています。ふーむ・・・。
またこの記事では、「上品な装いだが財布の中は空っぽ」の<나이롱 신사(ナイロン紳士)>という言葉も紹介されています。
しかし、これらの言葉が、ナイロンが「나이롱」と書かれていた頃からあったとすると新語ではないのですが、辞書に載っていないのはなぜなんでしょうね?
おまけ。「나이롱 박수」の動画があるので何かと見てみたら、ママが赤ちゃんに拍手して、それを赤ちゃんがまねをしているというものでした。(→コチラ。) ・・・というように、わりとふつうに用いられている言葉のようなんですけどねー。
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