☆土曜日の朝はルイとふたりだけで
土曜日は朝からあいにくの曇天、気分まで灰色に染まりそうな週末のはじまりだった。
早めに起きて、雨が降る前にルイと散歩に出た。家人は、金曜日の夜遅くまで仕事をしていたのでぼくたちが散歩から戻ってもまだ寝ているに違いない。となると、ぼくもルイもすぐに朝食に簡単にはありつけそうにないので、途中のコンビニでハムサンドとトマトジュースを買った。
まだ雨の気配も遠かったし、涼しかったので、いつもの休日より遠くまで足を伸ばしてみることにした。この地にきて10年、シェラやむぎと気まぐれにあちこち歩いてはいたが、住まいから少し離れればはじめての道はいくらでもある。そんな道をたどって歩いた。
だが、それでもいつのまにかシェラやむぎと歩いたことのある道に出てしまう。ふたりの記憶がよみがえるたびに当時を思い出し、つい、ルイから意識が離れそうになる。ルイはまだ油断をすると路面の何か舐めたり、落ちているものをくわえたりしかねない。そればかりか、ただでさえ行動が奔放なのでいつもルイに意識を集中していないと何が起こるかわからない。。
“集中”というとおおげさかもしれないが、シェラやむぎの時代から、散歩のとき、ぼくはできるかぎり視界の片隅に彼らの姿を入れて歩くようにしていた。歩道を平気で突進してくる自転車や、歩道のない路地をわがもの顔で走るクルマからわんこたちを守らなくてはならないし、ときには、悪意あるよその犬の突然の襲撃だってある。
☆シェラやむぎを守らなくては
過去に二度、シェラがそんな犬に襲われ、噛まれたのをぼくは防いでやれなかった。一度はいきつけの公園で飼い主がトイレにいっている間にゴールデンレトリバーが縛られていたリードを解き、のっそりと近づいてきていきなりシェラの背中に噛みついた。幸い、シェラもぼくも寸前に気づき、とっさにかわしたので傷はかすり傷程度ですんだが、ゴールデンにも獰猛なヤツがいるのだと知って愕然としたものだった。仕返しに近くの杭へ飼主も容易に解けない縛り方でリードをくくりつけた。
二度めは、近所の公園の脇を通ったとき、公園の中から躍り出た大きな日本犬が不意にシェラを襲った。シェラのほうも必死に防御したが口のまわりに傷を負った。このとき、ぼくが割って入らなかったらもっと深刻な状態になっていただろう。なぜなら相手の飼い主は犬の名前を呼ぶだけでほとんど制止する意志をみせなかったからである。ちなみにこの公園は犬の入場が禁止されている。
三度目は、それから1年ほどして、同じ公園で、冬の早い夕暮れどき、同じ日本犬が飛び出してきてシェラに襲いかかった。このころは、ぼくも用心していたので相手の犬がシェラに届くより先に撃退できた。見ているだけでなかなか捕まえようとしない飼主にぼくはいった。
「あんた、わざとリードを離したでしょう。これで二度目だよ。三度めはこの犬、殺しますよ」
☆ルイとふたりでキャンプへいったら
わざとシェラを襲わせた――ぼくには確証があった。最初の襲撃以来、散歩の途中で出逢いそうになると、この犬はシェラを狙うようになっていた。シェラもこの犬の姿を見ると怯えた。だからだろうが、70代半ばとおぼしき飼主はわざとぼくたちに近づいてこようとする。またリードを振りほどかれたと弁解しながらシェラを襲わせるかもしれない。すでにシェラを守る自信はあったが、無用なトラブルは避けるべきだし、何よりもシェラが可哀そうなので、彼らの存在に気づくやいなやぼくはいつもコースを変えていたのである。
そんな果ての二度目の襲撃だった。またしても突然だったが、心の備えができていたので余裕をもって反撃できた。激昂はしたが、相手の飼主を殴らずにすむ冷静さを失わなかったのがせめてもだった。
この犬との一件があって、シェラには可哀そうなことをしたが、おかげでむぎは守りきれたし、いまもルイを守ってやる備えを忘れずにいることができる。
土曜日の朝の散歩は、はじめてのエリアと道ゆえの緊張はあったが、小一時間を無事に終わり、近くの公園に戻った。ルイに水をやり、いきがけに買ったハムサンドをパクついた。ふだん、ぼくはルイに自分の食べ物を一切与えていなかったが、このときばかりはルイも空腹だったろうし、ぼくひとりで食べるわけにいかず、パンの部分だけをちぎって与えた。
いずれルイとふたりだけでキャンプにいったら、そうやって食事をすることになるだろう。シェラとふたりだけでいったキャンプからもう15年の歳月が流れてしまった。
曇天の空を見上げながら、遠い昔、シェラとふたりで過ごしたキャンプの日々に想いを馳せる。山梨・道志村の森で、奥日光で、本栖湖で、裏磐梯の湖畔で、あるいはクマの気配に怯えながら水上の山中で……。あのころは、いまのルイのようにシェラも元気いっぱいだった。
まだ雨は降っていないのに、見上げた空がたちまち滲んで見えなくなった。
あんなに楽しかったキャンプですが、キャンプへの意欲がなくなっていました。
GWでも、ルイはいるものの、シェラやむぎがいないのでぜんぜん楽しくなかったのです。
いつまでも、そんなことじゃいけないのはわかっています。
これを書いているいまも、ぼくの部屋へやってきたルイが、椅子の下でなんだか悪さをやっています。
こんなにぼくにベッタリしてくれるルイにもっと目を向けてやろうと思ったところです。
思い出が詰まっているのでしょうね。
淋しさは募るでしょうが、宝物ですね。
これからは、又新しいルイちゃんとの思い出を
いっぱい作っていって下さいね。
お父さんが嬉しそうな笑顔になる時、きっとシェラ
ちゃんもムギちゃんも喜んでくれるでしょう。