「信長の原理」(垣根涼介著 角川書店 2018年8月31日初版発行)を読みました。
信長が生まれ落ちた頃から、本能寺の変で亡くなるまでを書いた本でした。
内容的には通説に近いストーリーの展開でしたが、筆力があるんですかね、なかなか面白く、飽きさせずに最後まで読ませる本でした。
ただ、この本の特徴としては、桶狭間の戦いの場面が、かなりリアルに、現実的に詳細に書かれていることです。
また、尾張一国を平定するまでの過程とその間の各戦いの場面が詳しく書かれていることです。
そして、普通はあまり詳しく書かれていない、信貴山城で平蜘蛛の釜と共に爆死したという松永弾正久秀との関係が詳しく書かれていることでしょうか。
ところで、本の題名の「信長の原理」の「原理」のことですが、それは、信長がまだ幼少の頃、「うつけ」と言われて野山を駆け回っていた頃、蟻の集団を観察していたところ、働く蟻が1:どっち付かずの蟻が3:働かない蟻が1の割合であることに気付いたということからきています。
つまり、蟻の集団は、常に、1:3:1の割合で構成されていて、また、その集団を更に細分化し、働く蟻の集団だけ取り出してみて観察してもその内訳は1:3:1の割合であり、どっちつかずの蟻の集団だけ取り出してみて観察してもその内訳は1:3:1の割合であり、更に、もともと働かない蟻の集団だけ取り出してみて観察してもその内訳はやはり1:3:1の割合だったということからきています。
そのことは、長じて、戦いの場で兵士の働きを観察していても、蟻と同じで、働きの良い兵1:どっちつかずの兵3:逃げ腰の兵1の割合であるに気付いたというところからきています。蟻も人間も同じだということに気付いたということですね。
そして、信長は、どうしてそうなるのかを常に考えていましたが、どうしても分からないで過ぎてゆきます。
ところで、本能寺の変についてですが、この本では、信長から、「徳川家康を謀殺したいが、お前が実行してくれないか」と明智光秀が相談を受けたことから始まったとしています。
その際、明智光秀は、「今はその時期ではないでしょう」と進言し、信長はそれを了承したということです。
しかし、翻って考えるに、そのことは、どんなに有力な武将でも、信長にとって邪魔なものは、その必要がなくなった時点で抹殺されることになるということを明智光秀は悟ります。光秀は、やがては自分も信長に抹殺される運命にあることを悟るわけです。
そこで、光秀は、いずれ抹殺されるなら、その前に、自分が抹殺してやろうと決断したというように書かれていました。まっ、この辺は、通説どおりですね。
以上のように、特に変わったストーリーの本ではありませんでしたが、最後に、信長が、本能寺で、死の直前に、やっと悟ったという部分を次に紹介し、この本の紹介に代えさせていただきます。
そこで、信長は過去へと再び戻っていく。およそ40年も前の記憶へと、自らを埋没させていく。幼い頃、あの津島の岸辺で見た。
ある時、湊からやや南に下った 汽水域に、名も知らぬ魚が恐ろしく大量に浮かんでいた。
その時の会話を、必死に思い出そうとした。
・・・・・たしか、こうだった。
「誰が、殺したのか」
幼い信長は、近くにいた漁師に聞いた。漁師は平伏しながらも答えた。
「恐れながら、誰も、殺してはおりませぬ。」
「では、何故みんな死んでおる」
「自分から、進んで死ぬるのでございます」漁師は声を震わせながら、再び答えた。「この魚は、近頃増え過ぎました。すると彼らは、自ら河口から浅瀬へと乗り上げて、死を選びまする」
そんなものか、と幼い信長は不思議に感じたものだ。
しかし、今この時になってようやっと悟った・・・。かろうじて間に合った。
何故、蟻も人も、働き者ばかりを集めては、やがて働かなくなり、逆に駄目な者ばかり集めても、やがては働くようになるのか・・・。
ようやく分かった。
復元する力だ。
他の生き物同士の拮抗を、常に均して維持しようとする。ある特定の生き物だけを、この世界に突出させない。それ以前の状態に絶えず戻そうとする。人もまた、そうだ。優秀で忠実な人間ばかりが存在する状態を、常に排除しようとする。その無言の圧力が、あまねくこの宇内を覆っている。
だから、敵は光秀であっても、光秀ではない。その背後の遠くに佇む相手は、もっと大きなもの──おそらくは天道などと昔から呼ばれているものだ。
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天道がおれを滅ぼすのなら、それはそれでよい。
ただ、白昼の光の下におれの骨を晒すことだけは、意地でもさせぬ。誰にもさせぬ。絶対に、許さぬ。
おれ一人だけは、死んでも神仏にひれ伏すことはない。
そう改めて感じた直後、切先を腹に突き立てた。
・・・これでいい。
人は死ねば、天にも地獄にも行かぬ。ただ灰燼に帰すだけだ。
おれも、骨一つ残らぬようにして消滅する。
そしてこの下天は、また元の静かなる原理の海へと戻っていく。