セルジュ・ラマの行く末を案じる,ノダ

2009年05月10日 | 歌っているのは?
 そんなわけで,アタマのうしろの左耳裏ッ側あたりをポンポンと叩いたところ出てきたのが,たまたまセルジュ・ラマSerge Lamaだったのである。アタマから,たまたまラマ,というわけである(10回言えば早口言葉か)。 けれど当方,いかんせん彼国の歌謡界についての情報量および理解力が絶対的に不足しているものであるからして,そこからさて何が出てくるか,皆目わかったもんじゃない。ゆえに,これはあくまで個人的で独善的な,偏屈的で頓珍漢な感想である。しかし,私としてはこれだけは断固として言っておかねばならぬ。いわば生きていくうえでの関門隧道,自らへの戒め,ケジメ・ミカジメ・レジュメなのである(100回言えば早口言葉か!)

 セルジュ・ラマはダラクしてしまった。歌に向き合う姿勢,歌心を表現する術がすっかりダラクしてしまった。それがいつの頃からなのか,無知愚鈍な私には窺い知れぬけれども,兎にも角にも歌い手としての道をどこかで誤ってしまった。そのことが今,大変悲しい。

 これでも30年以上も昔には,よく聴いたものだった。ラジオで聞き,それをカセットテープに録音しては何度も聞き,さらには乏しい財布の中身をはたいてLPレコードも何枚か購入し,昼となく夜となく飽きずに繰り返し聞いていた。それらはいずれも20代から30代にかけての若き日のセルジュ・ラマの歌である。 ったく! お互いに若うございました。 そして最近になって彼のステージ・ライブ録音のいくつかを経年的に辿ってみる機会があったのだが,1973年のオランピア,1977年のパレ・デ・コングレ,1981年のパレ・デ・コングレ,1996年のオランピア,2002年のパリ・ベルシーと,ライブでの歌いぶりを追いかけてゆくにつれ,私の内部で淋しい思いがズンズンと増殖していったのである。声量が衰えていったわけでは決してない。歌うことそのものに対する情熱が失せていったわけでも,多分ない。単に何かをカンチガイしていったとしか思えない。年をとるというのは果たしてこういうことなのか。 のか? 一方でこれを,芸風の進化とか,円熟とか,老成とか,枯淡とかにコジツケ解釈して,相も変わらずアタタカク受け入れようとする,私にしてみれば彼のダラクに積極荷担しているとしか思われないオキラクな世間という「身内」もまた確固として存在しているわけであって,そのことにより我が憂愁は一層募るばかりでありました。

 もし彼が私の弟子だったら,あるいは私の生徒であったなら(何という喩えじゃ),さりげなく,しかし毅然とした態度でタシナメテあげよう。 

   セルジュ, いいかげんオフザケはほどほどになさい
   ずっと昔の,おまえの子供の頃を思い出してごらん
   あるいは,ピアフの晩年の歌いぶりに,今いちど耳を傾けてごらん。。。

 でもやっぱり先生の言うことなんか聞かないだろうなぁ,この永遠のヤンチャ小僧は。 ホント,センセイは悲しいよ!


   セ・デジャ・ク・ロン・パンス
   アヴェック・メランコリ
   ク・ス・スラ・ビャント・ビャント・ビャント~ フィニ!


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