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《ジャンヌ叔母さんのアヒル》 を温泉ステージで聞く

2002年07月10日 | 歌っているのは?
 過去の話を一寸蒸し返させていただく。と申しても,毎度の如く20年以上も昔の話などではない。先月の中頃,家族揃って箱根に泊まりがけの温泉旅行に出掛けた折りのことである。

 土曜日の午前やや遅くに自宅を車で出て,国道246号を西へと下り,松田町で255号に移って小田原市内まで行くと,今度は国道1号沿いに進み,箱根湯本を経て,塔ノ沢,大平台とクネクネ坂道を上ってゆき,宮の下の少し先の小涌谷までちょうど1時間と少々。そこが目的地の『小涌園&ユネッサン』という複合温泉施設であった。

 小涌園は箱根のなかでも古くから有名なリゾートホテルのひとつとしてよく知られているが,隣接するユネッサンの方は,今風のスパ・リゾート施設としてごく最近新たに作られたものだ。地中海をテーマにしたアミューズメント仕立てのさまざまな種類の「お風呂」がたくさんある。ジャグジーの泡があっちこっちから吹き出している大浴場を中心として,その周囲には古代ローマ風呂だとか緑のテラス風呂だとか洞窟風呂だとか死海風呂だとかウォーター・スライダーだとか,とにかく手を変え品を変えての風呂また風呂が盛り沢山。ウチの子供らはもう大喜びで,あっちでワイワイこっちでキャッキャッと実に元気よく動き回っていた(その間,少々風邪気味の父親はジャグジーに凭れてグッタリしておりましたが)。

 出かけたのは週末であったためか,施設内は大勢の遊山客で賑わっていた。加えて,ちょうどオープン一周年記念ということで「ホザッピィのフランス祭」なるイベントが開催中であり,週末の混雑を一層助長させていた。その催しの一つとして,ユネッサンの北側にある『サンシャイン湯~とぴあ』のプールサイドに設けられたステージでは「プラス・デ・フェット」という名のフランス人の芸能集団のショーが行われており,大勢の観客を前にして多種多彩な大道芸,サーカス芸が披露されていた。自転車の曲乗り,輪くぐり,綱渡り,火吹き,アクロバット,創作風船作り,パントマイムなどなど,かなり本格的なパフォーマンスの連続で,なかなかに楽しいものであった。輪くぐりをやっていたアルルカンなどは,ドロップアウトしたカルロス・ゴーン?(あるいは,突然はじけちゃったセルジュ・レジアニ!)みたいな,味のある顔つきをしていた。本当のところは,彼らにとっては少々場違いな舞台,不本意な「ドサ回り」なのかも知れないが,それでも高度でスリリングな演技の数々は,国や人種の違いを超えて人々を惹きつける魅力を十分に備えているように思われた。我が家の長男など,ステージの一番前にしゃがみ込んだまま目を輝かせて長いこと飽かずに眺めていた。 

 それにしても,「歌かんけい」のカテゴリに何をグダグダつまらないことを記録しているのか!との誹りを受ける恐れがありそうな話の展開でありますが,まぁ,最後まで読んでいただきたい。

 一寸記録しておきたかったのは,そのショーで見聞した「歌」に関係するエピソードである。いろんな芸人による様々なパフォーマンスの「つなぎ役」として,それぞれの演技の合間に,黒いドレスを着たオバサン,もといマダムの歌い手が前に出てきてはアコルデオンの伴奏でシャンソンを唄っていた。《群集》だとか《パリ・カナイユ》だとか《タンゴの時代》だとか,それなりに,フランスの香りをそこはかとなく漂わせた洒落た選曲であった。なかでも《パリ・カナイユ》なんかは実にピッタリで,そういえば顔つきも何となくカトリーヌ・ソヴァージュみたいなマダムであった。

 そして,ショーのフィナーレでは,出演した芸人一同がステージの前に改めて勢揃いし,観客に向かって深々と一礼したのち,全員で最後の「歌」を唄い出した。それが何と,ジョルジュ・ブラッサンス Georges Brassens《ジャンヌ叔母さんのアヒル》である。


  ジャンヌ叔母さんのアヒル
  お正月に死んじゃった
  でも その前日に卵を生んだ
  凄いじゃないの!

  ジャンヌ叔母さんのアヒル
  卵の上で死んじゃった
  ふわふわした羽毛に包まれて
  そりゃ 綺麗だったよ!

  ジャンヌ叔母さんのアヒル
  たった一羽しかいなかったから
  私たちみんなで
  羽根と卵を もらっちゃおう!

  みんな みんな
  決して忘れはしないよ
  いつまでも いつまでも
  ジャンヌ叔母さんのアヒルのことを,ね!


 まるでシャルル・ペローの世界だ。そんな意味ありげな歌を,サーカス芸の締めくくりに皆で仲良く楽しげに唄うとは。芸術家でもなくでもなく,自らをアヒルに擬しているのか。かなり「したたかな」芸人たちであるとみた。もっとも,これがフランスのサブカルチャーにおける主流,正統的な文化継承ってものかも知れないが。いずれにしても,我々極東の島国の一般民衆たちは,眼前の異邦人たちが一体何の歌を唄っているんだか皆目わからないままに,ただただ歌に合わせて和気藹々と手拍子をし続けるばかりでありました(ま,楽しませてくれた御礼としてはそれで十分でしょうが)。
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