平坦で広々とした農道で,ウィニング・ライドの練習を

2008年04月20日 | 自転車ぐらし
 何日か前に小田急線のことを少し書いたので,それの絡みで沿線ネタをもうひとつ。

 神奈川県西部,小田急線の鶴巻温泉駅と伊勢原駅とのあいだに,走る電車の窓から広々とした平坦な農耕地が一面に見渡せるエリアがある。そこは二級河川金目川とその支川である鈴川,大根川,善波川などによって作られた沖積低地である。

 現在,東京・新宿から神奈川・小田原までの小田急線沿線において車窓から望むことのできる風景としては,土地利用区分から見るといわゆる住居地域,すなわち人々が日々寝食する場所としての「住宅地」の割合が大部分を占めている。その内容については,低層住宅地域,中高層住宅地域,あるいは第一種住居地域,第二種住居地域,準住居地域などさまざまであり,そして当然ながら都心部から離れるに従い,あるいは沿線の途中途中に現れる大小の衛星都市の中心から離れるに従い,住宅地の密集率は低下し,逆に個々の宅地面積は増大する傾向が認められる。ただし,家屋本体の品質に関しては近年では下克上的錯綜が顕著であり,例えば成城学園前の洒落た御屋敷に勝とも劣らない建屋が郊外(イナカ)の裕福農家などで見られたりもする。ただ,土地利用区分から見る限りにおいて全体として住宅地域が大勢を占めていることに変わりはない。とにかく家また家が延々と続いているのだ。

 もちろん,第二次産業としての工業地域・準工業地域ならびに第三次産業としての商業地域,すなわち人々が日々働く場所としての「職場」も沿線景観には少なからず混在しており,前者は都心部から離れるほど立派になり(大規模化し),後者は都心部に近づくほど立派になる(高層化する)。いっぽう,同じく人々が日々働く場所である第一次産業としての農業地域ないし林業地域は,少なくとも沿線から望まれる範囲内ではかなりまれな風景要素である。家庭菜園のようなオアソビ的農地ならあちこちに見られるが,本来の国民経済を支えるべき一次産業としてのキチントシタ農地はほとんど見られない。東京~神奈川ラインとはそういう地域なのである(その点,チバやサイタマ方面とはちょっと違う)。そうしたなかにあって伊勢原・鶴巻温泉間の農耕地エリアは小田急線沿線では特筆すべき景観を形成しているように思う。

 前説が少々長くなった。具体的に申しますと,新宿から小田原方面に向かう下り電車に乗ったときは,伊勢原駅を出たあと進行方向左側の窓から外を御覧になっていて下さい。駅周辺の台地を緩い下り勾配で南西に向かって進んでゆくと,やがて台地を下りた左手線路脇に大きな下水処理場が立地しているのが望まれ,そしてその背後の平坦な低地一帯には広々とした農耕地が展開しているのが見渡せるでしょう。それらの農地は,ずっと遠くに半島状に横たわっているように見える湘南平の丘陵あたりまで続いている。さらにその向こう側は,もう相模湾である。

 また,小田原から新宿方面に向かう上り電車の場合は,鶴巻温泉駅を出たあと進行方向右側の窓から外の景色を眺めていると,低層住宅に混じって高層マンションや中層アパートが林立する丘陵地を過ぎるとすぐに丘が途切れ,右手一帯に農耕地が広がっているのが見渡せる。左側の窓からもそこそこ広い農地が見られるが,そちら側の車窓風景としては,むしろその背後に聳える相州大山のピラミダルな山容の美しさを愛でるべきでしょう。

 このあたりの農業地区は,行政上は伊勢原市,平塚市,秦野市の3市にまたがっている。歴史を遡れば,もともとこの付近一帯の低地はすべて「田んぼ」であり,神奈川県下における主要な水田地帯,いわゆる一面の水浸しであったのだろうと想像するが,高度経済成長以降の農政改革等により水田転作が強力に推し進められた結果,現在では各種野菜,花卉類,果樹栽培などさまざまな畑作が行われているようだ。イチゴのハウス栽培が見られたり,牛小屋などがあったりもする(水田は果たしてどれほど残っているのだろうか?)。そして今の時期,農地のあちこちには菜の花畑がパッチワークのようにちりばめられていて,車窓から眺めると大変のどかで美しい春の風景が展開している。要するに,この金目川沖積低地は現在でも神奈川県内における代表的な「平野農業地帯」なのである。

 ところで,この開けた農耕地一帯は,私が時おり自転車で走っている場所なのであります。自宅からは最短距離(国道246号経由)で約10km,個人的にキライな246号を避けて少し回り道をしてゆくと約15kmほどだろうか。もちろん,そこだけを目的として行くことはないけれども,平塚,伊勢原,厚木,海老名方面へ出掛けた帰路などにちょっと立ち寄って,息抜きがてら畑のあいだの農道を意味もなく走ったりする。アスファルト舗装された農道が碁盤の目のように通じており,また,クルマ(一般車両)もほとんど通らないので,そんな開放的な場所でのんび自転車を走らせると気持ちがとてもリラックスする。 以下は,小田急線のこの区間を毎日電車通学している息子との会話である。


「小田急の鶴巻温泉と伊勢原のあいだに広~い畑が見える場所があるけど,知ってるかい?」

「ああ,知ってる。そこはいつも窓から見てるよ」

「そうかそうか。ワダシは時々自転車でそこに行くんだ。ひょっとして,帰り電車のとき,走ってるのが見えるかもしれないよ」

「えー,何でまた?」

「だって,平らで広々としてるし,道は真っ直ぐでキレイだし,クルマはほとんど通らないし,自転車で走って気持ちいいじゃないか」

「そんだけのことで,わざわざ行くわけ?」

「いや実は,そこの道路で《両手放し》の練習をしたりしてるんだ」

「えー! 何故に?」

「将来,自転車レースで優勝したりしたら,漕ぎながら両手バンザイして手放しでゴールに入らないと格好悪いんだよ」

「その年でレースに出るのかい!」

「この年でレースに出て悪いかい!」

「いや,別に悪くないけど。。。」


 とまぁ,そんな調子でした。どうも息子の方からは相変わらずミットモナイ父だと思われているようだ。会話が何とか成立しているだけでも,これはこれでヨシとすべきなのか,いささかビミョーな親子の断絶状態なのであります。
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