愛宕百韻 賦何人連歌
天正十年五月廿八日 於愛宕山威徳院
(初表)
ときは今天が下しる五月哉 光秀 夏 「五月」
水上まさる庭の夏山 行祐 夏 「水辺」「居所」
花落つる池の流れをせきとめて 紹巴 春 「花」 「水辺」
風に霞を吹き送る暮れ 宥源 春 「聳物(霞)」
春も猶鐘のひびきや冴えぬらん 昌叱 春 「鐘」
かたしく袖は有明の霜 心前 冬 「有明」「降物」「夜分」
うらがれになりぬる草の枕して 兼如 秋 「うら枯れ」「旅」
聞きなれにたる野辺の松虫 行澄 秋 「松虫」「旅」
(初裏)
秋は只涼しき方に行きかへり 行祐 秋
尾上の朝け夕ぐれの空 光秀 雑
立ちつづく松の梢やふかからん 宥源 雑
波のまがひの入海の里 紹巴 雑 「水辺」
漕ぎかへる蜑の小舟の跡遠み 心前 雑 「水辺」
隔たりぬるも友千鳥啼く 昌叱 冬 「友千鳥」跡→千鳥
しばし只嵐の音もしづまりて 兼如 雑 「嵐」「鳴く」→「しづまる」
ただよふ雲はいづちなるらん 行祐 雑 「雲」
月は秋秋はもなかの夜はの月 光秀 秋 「月」
それとばかりの声ほのかなり 宥源 秋 「雁」
たたく戸の答へ程ふる袖の露 紹巴 秋 「降物」(恋呼出)
我よりさきに誰ちぎるらん 心前 雑 「恋」
いとけなきけはひならぬは妬まれて 昌叱 雑 「恋」
といひかくいひそむくくるしさ 兼如 雑 「恋」
(二表)
度々の化の情はなにかせん 行祐 雑 「恋」
たのみがたきは猶後の親 紹巴 雑 「人倫」(恋離)
泊瀬路やおもはぬ方にいざなわれ 心前 雑 「名所」「旅」
深く尋ぬる山ほととぎす 光秀 夏 「時鳥」
谷の戸に草の庵をしめ置きて 宥源 雑 「居所」
薪も水も絶えやらぬ陰 昌叱 雑
松が枝の朽ちそひにたる岩伝い 兼如 雑
あらためかこふ奥の古寺 心前 雑 「釈教」
春日野やあたりも広き道にして 紹巴 雑 「名所」春日野
うらめづらしき衣手の月 行祐 秋 「月」「夜分」「衣装」
葛の葉のみだるる露や玉ならん 光秀 秋 「降物」「草」
たわわになびく糸萩の色 紹巴 秋 「いと萩」
秋風もしらぬ夕や寝る胡蝶 昌叱 秋 「胡蝶」の夢
砌も深く霧をこめたる 兼如 秋 「聳物」
(二裏)
呉竹の泡雪ながら片よりて 紹巴 冬 「泡雪」
岩ねをひたす波の薄氷 昌叱 冬 「薄氷」
鴛鴨や下りゐて羽をかはすらん 心前 冬 「鴛・鴨」
みだれふしたる菖蒲菅原 光秀 夏 「菖蒲」冬→夏 季移
山風の吹きそふ音はたえやらで 紹巴 雑 「みだれふす」→「山風」
閉ぢはてにたる住ゐ寂しも 宥源 雑
訪ふ人もくれぬるままに立ちかへり 兼如 雑 「住ゐ」→「訪ふ」
心のうちに合ふや占らなひ 紹巴 雑 「とふ」→「うらなひ」
はかなきも頼みかけたる夢語り 昌叱 雑 「恋」「うらなひ」→「夢」
おもひに永き夜は明石がた 光秀 秋 「永き夜」「恋」
舟は只月にぞ浮かぶ波の上 宥源 秋 「月」
所々に散る柳陰 心前 秋 「散る柳」(初秋)
秋の色を花の春迄移しきて 光秀 春 「花」 秋→春 季移
山は水無瀬の霞たつくれ 昌叱 春 「聳物」
(三表)
下解くる雪の雫の音すなり 心前 春 「解くる雪」
猶も折りたく柴の屋の内 兼如 雑
しほれしを重ね侘びたる小夜衣 紹巴 雑 「恋」「衣装」
おもひなれたる妻もへだつる 光秀 雑 「恋」「人倫」
浅からぬ文の数々よみぬらし 行祐 雑 「恋」
とけるも法は聞きうるにこそ 昌叱 雑 「釈教」恋文→経文
賢きは時を待ちつつ出づる世に 兼如 雑
心ありけり釣のいとなみ 光秀 雑
行く行くも浜辺づたひの霧晴れて 宥源 秋 「聳物」釣→浜辺
一筋白し月の川水 紹巴 秋 「月」
紅葉ばを分くる龍田の峰颪 昌叱 秋 「紅葉」「名所」
夕さびしき小雄鹿の声 心前 秋 「小牡鹿」
里遠き庵も哀に住み馴れて 紹巴 雑
捨てしうき身もほだしこそあれ 行祐 雑 「述懐」
(三裏)
みどり子の生い立つ末を思ひやり 心前 雑 「述懐」
猶永かれの命ならずや 昌叱 雑 「述懐」
契り只かけつつ酌める盃に 宥源 雑
わかれてこそはあふ坂の関 紹巴 雑
旅なるをけふはあすはの神もしれ 光秀 雑 「神祇」「旅」
ひとりながむる浅茅生の月 兼如 秋 「月」
爰かしこ流るる水の冷やかに 行祐 秋 「冷やか」(初秋)
秋の螢やくれいそぐらん 心前 秋 流水→蛍
急雨の跡よりも猶霧降りて 紹巴 秋 「降物(霧)」
露はらひつつ人のかへるさ 宥源 秋 「降物(露)」
宿とする木陰も花の散り尽くし 昌叱 春 「花」秋→春の季移
山より山にうつる鶯 紹巴 春 「鶯」
朝霞薄きがうへに重なりて 光秀 春 「聳物」
引きすてられし横雲の空 心前 雑
(名残表)
出でぬれど波風かはるとまり船 兼如 雑 「旅」「水辺」
めぐる時雨の遠き浦々 昌叱 冬 「時雨」「水辺」
むら蘆の葉隠れ寒き入日影 心前 冬 「寒き」
たちさわぎては鴫の羽がき 光秀 秋 「鴫」
行く人もあらぬ田の面の秋過ぎて 紹巴 秋
かたぶくままの笘茨の露 宥源 秋 「降物」
月みつつうちもやあかす麻衣 昌叱 秋 「月」
寝もせぬ袖の夜半の休らい 行祐 雑 「恋」
しづまらば更けてこんとの契りにて 光秀 雑 「恋」
あまたの門を中の通ひ路 兼如 雑 「恋」
埋みつる竹はかけ樋の水の音 紹巴 雑 「水辺」(恋離)
石間の苔はいづくなるらん 心前 雑
みず垣は千代も経ぬべきとばかりに 行祐 雑 「神祇」
翁さびたる袖の白木綿 昌叱 雑 「神祇」
(名残裏)
明くる迄霜よの神楽さやかにて 兼如 冬 「神祇」
とりどりにしもうたふ声添ふ 紹巴 雑 神楽→うたふ声
はるばると里の前田の植ゑわたし 宥源 夏 うたふ→田植え
縄手の行衛ただちとは知れ 光秀 雑 縄手(あぜ道)
諌むればいさむるままの馬の上 昌叱 雑
うちみえつつも連るる伴ひ 行祐 雑 「人倫」
色も香も酔をすすむる花の本 心前 春 「花」
国々は猶のどかなるころ 光慶 春 「のどか」
連衆
光秀 十五句 明智光秀
行祐 十一句 愛宕西之坊威徳院住職
紹巴 十八句 里村紹巴、連歌師
宥源 十一句 愛宕上之坊大善院住
昌叱 十六句 里村紹巴門の連歌師
心前 十五句 里村紹巴門の連歌師
兼如 十二句 猪名代家の連歌師
行澄 一句 東六郎兵衛行澄、光秀の家臣
光慶 一句 明智十兵衛光慶、光秀の長子
補注
「新潮日本古典集成」(島津忠夫篇)では、愛宕百韻の日付を五月二十四日とする写本を底本としているが、諸資料の多くは二十八日であるので、こちらに従った。
水上まさる庭の夏山 行祐
花落つる池の流れをせきとめて 紹巴
風に霞を吹き送る暮れ 宥源
春も猶鐘のひびきや冴えぬらん 昌叱
五句は、暮れ→鐘 晩鐘として付ける。「冴え」は、鐘の音の澄みわたること。
かたしく袖は有明の霜 心前
うらがれになりぬる草の枕して 兼如
「うら」は「末」。末の秋で晩秋。袖→枕と付ける。草枕で旅の句
聞きなれにたる野辺の松虫 行澄
「旅寝」の句で続ける。
秋は只涼しき方に行きかへり 行祐
尾上の朝け夕ぐれの空 光秀
「朝け」は「夜明け」前句の場を「尾上(山頂)」として付ける。
立ちつづく松の梢やふかからん 宥源
「尾上」→「松」で付ける。
波のまがひの入海の里 紹巴
「まがひ」は「見分けがつかぬ事」
おもひに永き夜は明石がた 光秀
山は水無瀬の霞たつくれ 昌叱
本歌「見渡せば山もと霞む水無瀬川夕べは秋と何思ひけむ」(新古今、後鳥羽院)
下解くる雪の雫の音すなり 心前
本歌「事にいでていはぬばかりぞ水瀬川したにかよひて恋しきものを」(古今集、紀友則)
心ありけり釣のいとなみ 光秀
本説 前句の賢人を、周の文王に仕えた太公望とする。
石間の苔はいづくなるらん 心前
本歌 「岩まとぢし氷もけさはとけそめて苔の下道道もとむらむ」(新古今集 春上 西行)
天正十年五月廿八日 於愛宕山威徳院
(初表)
ときは今天が下しる五月哉 光秀 夏 「五月」
水上まさる庭の夏山 行祐 夏 「水辺」「居所」
花落つる池の流れをせきとめて 紹巴 春 「花」 「水辺」
風に霞を吹き送る暮れ 宥源 春 「聳物(霞)」
春も猶鐘のひびきや冴えぬらん 昌叱 春 「鐘」
かたしく袖は有明の霜 心前 冬 「有明」「降物」「夜分」
うらがれになりぬる草の枕して 兼如 秋 「うら枯れ」「旅」
聞きなれにたる野辺の松虫 行澄 秋 「松虫」「旅」
(初裏)
秋は只涼しき方に行きかへり 行祐 秋
尾上の朝け夕ぐれの空 光秀 雑
立ちつづく松の梢やふかからん 宥源 雑
波のまがひの入海の里 紹巴 雑 「水辺」
漕ぎかへる蜑の小舟の跡遠み 心前 雑 「水辺」
隔たりぬるも友千鳥啼く 昌叱 冬 「友千鳥」跡→千鳥
しばし只嵐の音もしづまりて 兼如 雑 「嵐」「鳴く」→「しづまる」
ただよふ雲はいづちなるらん 行祐 雑 「雲」
月は秋秋はもなかの夜はの月 光秀 秋 「月」
それとばかりの声ほのかなり 宥源 秋 「雁」
たたく戸の答へ程ふる袖の露 紹巴 秋 「降物」(恋呼出)
我よりさきに誰ちぎるらん 心前 雑 「恋」
いとけなきけはひならぬは妬まれて 昌叱 雑 「恋」
といひかくいひそむくくるしさ 兼如 雑 「恋」
(二表)
度々の化の情はなにかせん 行祐 雑 「恋」
たのみがたきは猶後の親 紹巴 雑 「人倫」(恋離)
泊瀬路やおもはぬ方にいざなわれ 心前 雑 「名所」「旅」
深く尋ぬる山ほととぎす 光秀 夏 「時鳥」
谷の戸に草の庵をしめ置きて 宥源 雑 「居所」
薪も水も絶えやらぬ陰 昌叱 雑
松が枝の朽ちそひにたる岩伝い 兼如 雑
あらためかこふ奥の古寺 心前 雑 「釈教」
春日野やあたりも広き道にして 紹巴 雑 「名所」春日野
うらめづらしき衣手の月 行祐 秋 「月」「夜分」「衣装」
葛の葉のみだるる露や玉ならん 光秀 秋 「降物」「草」
たわわになびく糸萩の色 紹巴 秋 「いと萩」
秋風もしらぬ夕や寝る胡蝶 昌叱 秋 「胡蝶」の夢
砌も深く霧をこめたる 兼如 秋 「聳物」
(二裏)
呉竹の泡雪ながら片よりて 紹巴 冬 「泡雪」
岩ねをひたす波の薄氷 昌叱 冬 「薄氷」
鴛鴨や下りゐて羽をかはすらん 心前 冬 「鴛・鴨」
みだれふしたる菖蒲菅原 光秀 夏 「菖蒲」冬→夏 季移
山風の吹きそふ音はたえやらで 紹巴 雑 「みだれふす」→「山風」
閉ぢはてにたる住ゐ寂しも 宥源 雑
訪ふ人もくれぬるままに立ちかへり 兼如 雑 「住ゐ」→「訪ふ」
心のうちに合ふや占らなひ 紹巴 雑 「とふ」→「うらなひ」
はかなきも頼みかけたる夢語り 昌叱 雑 「恋」「うらなひ」→「夢」
おもひに永き夜は明石がた 光秀 秋 「永き夜」「恋」
舟は只月にぞ浮かぶ波の上 宥源 秋 「月」
所々に散る柳陰 心前 秋 「散る柳」(初秋)
秋の色を花の春迄移しきて 光秀 春 「花」 秋→春 季移
山は水無瀬の霞たつくれ 昌叱 春 「聳物」
(三表)
下解くる雪の雫の音すなり 心前 春 「解くる雪」
猶も折りたく柴の屋の内 兼如 雑
しほれしを重ね侘びたる小夜衣 紹巴 雑 「恋」「衣装」
おもひなれたる妻もへだつる 光秀 雑 「恋」「人倫」
浅からぬ文の数々よみぬらし 行祐 雑 「恋」
とけるも法は聞きうるにこそ 昌叱 雑 「釈教」恋文→経文
賢きは時を待ちつつ出づる世に 兼如 雑
心ありけり釣のいとなみ 光秀 雑
行く行くも浜辺づたひの霧晴れて 宥源 秋 「聳物」釣→浜辺
一筋白し月の川水 紹巴 秋 「月」
紅葉ばを分くる龍田の峰颪 昌叱 秋 「紅葉」「名所」
夕さびしき小雄鹿の声 心前 秋 「小牡鹿」
里遠き庵も哀に住み馴れて 紹巴 雑
捨てしうき身もほだしこそあれ 行祐 雑 「述懐」
(三裏)
みどり子の生い立つ末を思ひやり 心前 雑 「述懐」
猶永かれの命ならずや 昌叱 雑 「述懐」
契り只かけつつ酌める盃に 宥源 雑
わかれてこそはあふ坂の関 紹巴 雑
旅なるをけふはあすはの神もしれ 光秀 雑 「神祇」「旅」
ひとりながむる浅茅生の月 兼如 秋 「月」
爰かしこ流るる水の冷やかに 行祐 秋 「冷やか」(初秋)
秋の螢やくれいそぐらん 心前 秋 流水→蛍
急雨の跡よりも猶霧降りて 紹巴 秋 「降物(霧)」
露はらひつつ人のかへるさ 宥源 秋 「降物(露)」
宿とする木陰も花の散り尽くし 昌叱 春 「花」秋→春の季移
山より山にうつる鶯 紹巴 春 「鶯」
朝霞薄きがうへに重なりて 光秀 春 「聳物」
引きすてられし横雲の空 心前 雑
(名残表)
出でぬれど波風かはるとまり船 兼如 雑 「旅」「水辺」
めぐる時雨の遠き浦々 昌叱 冬 「時雨」「水辺」
むら蘆の葉隠れ寒き入日影 心前 冬 「寒き」
たちさわぎては鴫の羽がき 光秀 秋 「鴫」
行く人もあらぬ田の面の秋過ぎて 紹巴 秋
かたぶくままの笘茨の露 宥源 秋 「降物」
月みつつうちもやあかす麻衣 昌叱 秋 「月」
寝もせぬ袖の夜半の休らい 行祐 雑 「恋」
しづまらば更けてこんとの契りにて 光秀 雑 「恋」
あまたの門を中の通ひ路 兼如 雑 「恋」
埋みつる竹はかけ樋の水の音 紹巴 雑 「水辺」(恋離)
石間の苔はいづくなるらん 心前 雑
みず垣は千代も経ぬべきとばかりに 行祐 雑 「神祇」
翁さびたる袖の白木綿 昌叱 雑 「神祇」
(名残裏)
明くる迄霜よの神楽さやかにて 兼如 冬 「神祇」
とりどりにしもうたふ声添ふ 紹巴 雑 神楽→うたふ声
はるばると里の前田の植ゑわたし 宥源 夏 うたふ→田植え
縄手の行衛ただちとは知れ 光秀 雑 縄手(あぜ道)
諌むればいさむるままの馬の上 昌叱 雑
うちみえつつも連るる伴ひ 行祐 雑 「人倫」
色も香も酔をすすむる花の本 心前 春 「花」
国々は猶のどかなるころ 光慶 春 「のどか」
連衆
光秀 十五句 明智光秀
行祐 十一句 愛宕西之坊威徳院住職
紹巴 十八句 里村紹巴、連歌師
宥源 十一句 愛宕上之坊大善院住
昌叱 十六句 里村紹巴門の連歌師
心前 十五句 里村紹巴門の連歌師
兼如 十二句 猪名代家の連歌師
行澄 一句 東六郎兵衛行澄、光秀の家臣
光慶 一句 明智十兵衛光慶、光秀の長子
補注
「新潮日本古典集成」(島津忠夫篇)では、愛宕百韻の日付を五月二十四日とする写本を底本としているが、諸資料の多くは二十八日であるので、こちらに従った。
水上まさる庭の夏山 行祐
脇は、客人である光秀の発句に亭主である威徳院住職行祐が付けた。この脇は、五月雨が降りしきるその場の情景をもって付けた。五月↓夏山と付ける。眼前にある庭の築山であったろう。
花落つる池の流れをせきとめて 紹巴
第三は、夏→春の「季移り」によって、発句の夏のイメージを春の「花」の光景に転換する。「花」は前句との関係では夏花であるが付句との関係では桜の花である。「花」は一座四句物。
風に霞を吹き送る暮れ 宥源
四句は、「花落つる」→「風」と付ける。「吹き送る」霞が花の薫りを伝えるという意があるのであろう。「吹きおくる嵐を花のにほひにて霞にかほる山桜かな(續拾遺集 如円)」
春も猶鐘のひびきや冴えぬらん 昌叱
五句は、暮れ→鐘 晩鐘として付ける。「冴え」は、鐘の音の澄みわたること。
かたしく袖は有明の霜 心前
六句は、鐘の「響きが冴える」というのを、「寒える」ととり冬に転じる。「かたしく」とは、一人寝をあらわす。有明の月の出る頃。
うらがれになりぬる草の枕して 兼如
「うら」は「末」。末の秋で晩秋。袖→枕と付ける。草枕で旅の句
聞きなれにたる野辺の松虫 行澄
「旅寝」の句で続ける。
秋は只涼しき方に行きかへり 行祐
「夏と秋と行きかふ空の通ひ路はかたへすずしき風や吹くらむ」(古今集 夏 凡河内躬恒)の本歌あり。
尾上の朝け夕ぐれの空 光秀
「朝け」は「夜明け」前句の場を「尾上(山頂)」として付ける。
立ちつづく松の梢やふかからん 宥源
「尾上」→「松」で付ける。
波のまがひの入海の里 紹巴
「まがひ」は「見分けがつかぬ事」
おもひに永き夜は明石がた 光秀
「夢語り」→「明石」は、故桐壺帝のお告げによって須磨から明石へ源氏がおもむいたという、源氏物語の本説をふまえる。「明石」を「夜明かし」にかけているが、光秀の謀反という大事を決行する前の夜の心境ともとれる。
山は水無瀬の霞たつくれ 昌叱
本歌「見渡せば山もと霞む水無瀬川夕べは秋と何思ひけむ」(新古今、後鳥羽院)
下解くる雪の雫の音すなり 心前
本歌「事にいでていはぬばかりぞ水瀬川したにかよひて恋しきものを」(古今集、紀友則)
心ありけり釣のいとなみ 光秀
本説 前句の賢人を、周の文王に仕えた太公望とする。
石間の苔はいづくなるらん 心前
本歌 「岩まとぢし氷もけさはとけそめて苔の下道道もとむらむ」(新古今集 春上 西行)