正真正銘の最西端の島ウエーに来ている。北はマラッカ海峡の西の入口、対岸のちょっと南はマレー半島のペナン辺りである。
10:00発のスピードボートで約1時間、ウエー島に到着、欧米人の客が目立つが日本人らしき人とは一人も会わなかった。聞く処に依ると、シンガポールやマレーシアから釣りのツアーで日本人が来るらしい。
早速、タクシーを借り切って、ホテルに向かいブッキングし、その後13:00には島の観光に出かけた。タクシーの費用は、今日の6時間余りと、明日の朝、ホテルから港までの合計で、50万Rp(4千5百円位)、小さな島で、海岸は殆ど無く、海から直ぐ山になっている、その関係で、津波の被害は1000人程度であったらしく、アチェに比べれば微小扱いで、援助はほとんど入らなかったという。
海はあくまでも澄んでいて綺麗、インドネシアで行ったことがある中で、トップクラス美しい海だと思う。ここまで来る目的はやはりこの海だと思う、ダイビングやシュノーケリングや読書(欧米人のスタイル)で何日も過ごしたい人には快適で、日本人の観光スタイルでは不向きだとお思う。
日本軍が築いたトーチカに先ず、案内された。サバンという一番大きな(といっても小さい)街を通って西へ向かって、いちばん最初の観光地がそこだった。マラッカ海峡を見下ろす高台に、たったの一か所だけ残っていた。錆びた大砲が寂しかった。こんなところまで日本軍が来ていたのかと呆れてしまうが、そんなことを言ったら、ここまでやってきた日本兵に悪いような気がする。彼らが望んできたわけではないはずだから。それにしても、無駄なことがここまで及んでいたのかともったいないと思う。
インドネシアの西の端、1997年にモニュメントが作られた。当時は、訪れる人も多く観光地として賑やかだったろうが、今は、ムニュメントの崩れも激しく、修復もしないのでしょう。肝心な中心に壊れた跡があり、何があったのか想像できない。地球儀でも有ったのでしょうか。この場所の西は、あの2004年12月26日のインド洋の大地震の震源地があるはずだ。
島全体は勿論、インドネシアならどこにでもあるバナナとヤシは自然のままジャングルのようになっている場所もあるが、この島の主な産物はピナンのようだ。例の口に放り込んでムシャムシャしてから、ペッと吐き捨てる赤い木の実である。ヤシの木に似ているようで似ていない。実は、ジャヤプラのように口にすることは無いらしくて何倍も大きい。赤の染料の原料になると聞いた。
滝があったり湖があったり、近場でちょっとした観光地があるが、これも、聞く処に依ると地震と津波の後、湖の水が濁ってしまい、以前は飲み水に使ったり、綺麗な観光地だったが今は、閑散としていた。
この島の売りはやはり素晴らしい海である。
東の端に殆ど近い、パプアのジャヤプラはだいぶ前に行っているので、これで、インドネシアの東西の端へ行ったことになった。
両端、紺碧、ジャングル