南の島の土着民風自由人

自分の生活、計画し実行してきましたが、病気や人間関係など思いがけない障害に遭遇しました。

(^_-)-☆醜い日本人

2012-10-08 20:27:13 | 人間

 1362 自分で会社を興してから、20何年間、色々な人と出会ってきたが、付き合う人々は社長として見るので、取引関係、雇用関係や上下関係、損得関係ははっきりしていた。だから、だれも私に対して文句を言ったり、怒鳴ったりしなかった。そういう経験が私にはないのです。だから、インドネシアで始めて、53歳にして、怒鳴られるということを経験した。大変ショックだった。怒られると、この人、頭がおかしいいんじゃないのと思う。怒られて、なるほどと思ったことは一度もない。
 事実、どう見ても、私のほうが能力は上だし、結果も私のほうが出しているし、第三者からの評価も私のほうが上である。しかし、冷静さを欠いて私を叱る。自分は何様と思っているのでしょうか。総じて、インドネシアで同じ会社で出会った人は怒りっぽい。私より若い人からも怒鳴られた。これには本当に参ってしまった。言って聞かせてやろうと思っても本人冷静さを欠いているし、私の言うことを彼らの能力では理解できないのだから仕方が無い。私に仕事や技術についての知識は全くお持ちでない。本当に参ってしまった。こちらが冷静に受け答えをすると、なお、頭にくるらしい。 

そういう人は私より会社では責任ある立場だし、私が命令や指図(日本へ返すとか、他の人と変えるとか)出来ない立場だし、かといって、直ぐ逃げ出すわけにも行かないので、なお弱ってしまう。
 オタンウータンはインドネシア語で”森の人”ですが、96年からインドネシアで仕事を始めて、出会った人々は私にとって初体験の変わった人が多かった。これが一般社会の普通の人たちかもしれないが、私にとっては、オラヌータンに会うように新鮮だったし、ショックだった。これほど、人間はいろいろな種類があるのかと。余りにも世間知らずだった。
 新任の社長さん、私より10歳若い、どう見ても、動きが悪い、物覚えも悪い、その上、白を黒と言って、インドネシア人を怒鳴りつける。そういう人が、“私と一緒にやりましょうよ”と、上から目線で、いってきた時は、まったく返事にこもってしまった。“良くいいうよ”この人、私と一緒にやれる何も持っていないのに、この発言の裏付けは何だろうと考え込んでしまう。 この人はその後、私の仕事の足を引っ張ることしかしなかった。黙って見ていてくれれば、成果が上がって、その人の手柄になるのだが、そういうことは、自分の立場を悪くするという被害意識を持ってしまうのです。私をうまく使うという人間的容量が無いのです。私が育てている人間を他の部門に異動させてしまった。やはり育てていたQCの担当者を、母親の病気の為に休暇を取って故郷へ一週間ほど帰って、会社を休んでいた。その時に私が日本へ仕事でいっていて、インドネシアにいなかった。インドネシアへ戻ったら、目を掛けていた、その担当者が止めさせられていた。私に何の断りも報告もなかった。それらはほんの一例である。

 

 最近、ゴルフ場で日本人の酔っ払いが、ゴルフ場の人間に暴力を振るって、怪我をさせた。泥酔状態だったと言うが、それで、情状酌量されるものではない。酔っ払っていなくても、暴力をふるう日本人はいる。だから、本当に泥酔だったかどうかも疑わしい。暴力や暴言は恥ずかしいことです。みっともない、日本人の恥だと思う。

 今日の記事とは無関係。昨日の文章と関係あり。

醜い ソンボン 旧日本軍

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