松尾芭蕉は「奥の細道」の道すがら那須高原の殺生石を訪ねている。
日光から黒羽、那須野へと足をのばし、那須野から蘆野の柳(西行の遊行柳)を経て白河の関へと至っている。
野を横に馬引き向けよほととぎす
芭 蕉
殺生石の場所で詠んだ俳句である。
ポカリと浮かんだ雲。
稜線を際立たせ、かつ鮮やかな山を網膜に映し出すのである。
ススキも風情が宜しいではないか。
高原の佇(たたず)まいである。
殺生石の手前に、いま千体地蔵が安置され風雨に淘汰され時間を刻んでいる。
以前は無かったものである。
無かったけれど、硫黄の匂いが満ちるこの場所には誰ともなく石を積んでいた。
その延長なのであろう。
「石を積む誰かと問えり秋の風」
「ススキの穂地蔵の思い風に揺れ」
こうして石を積む。
その延長として地蔵が置かれていったのに違いない。
石を積むのは、供養であり、自己の願望の発露ではある。
「祈りたる地蔵の肩に花ススキ」
新旧おり交ぜて、千体になろうとしている。
厳密に数える必要もない。
その心の在りどころこそが、この空間を祈りの場にしていくのであろう。
時間の風雨は人の心を徹底的に洗ってくれる。
そこに何かを托す。
自然の脅威に畏怖する。
人が作りだした祈りの場は、やがて森羅万象が差配する空間へと転化するのである。
悠久の時間に人は決して遊べない。
学ぶのである。
荒 野人
日光から黒羽、那須野へと足をのばし、那須野から蘆野の柳(西行の遊行柳)を経て白河の関へと至っている。
野を横に馬引き向けよほととぎす
芭 蕉
殺生石の場所で詠んだ俳句である。
ポカリと浮かんだ雲。
稜線を際立たせ、かつ鮮やかな山を網膜に映し出すのである。
ススキも風情が宜しいではないか。
高原の佇(たたず)まいである。
殺生石の手前に、いま千体地蔵が安置され風雨に淘汰され時間を刻んでいる。
以前は無かったものである。
無かったけれど、硫黄の匂いが満ちるこの場所には誰ともなく石を積んでいた。
その延長なのであろう。
「石を積む誰かと問えり秋の風」
「ススキの穂地蔵の思い風に揺れ」
こうして石を積む。
その延長として地蔵が置かれていったのに違いない。
石を積むのは、供養であり、自己の願望の発露ではある。
「祈りたる地蔵の肩に花ススキ」
新旧おり交ぜて、千体になろうとしている。
厳密に数える必要もない。
その心の在りどころこそが、この空間を祈りの場にしていくのであろう。
時間の風雨は人の心を徹底的に洗ってくれる。
そこに何かを托す。
自然の脅威に畏怖する。
人が作りだした祈りの場は、やがて森羅万象が差配する空間へと転化するのである。
悠久の時間に人は決して遊べない。
学ぶのである。
荒 野人